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▲4四悪狼(あくろう)


「……『ホリゴマ』相手に百十手と聞いた。いったいどうしたというのだね、ミロカくん」


 いつもの地下。「説教部屋」の隣にある、いたって普通の会議室みたいな趣きの二十畳くらいの空間に、僕ら六名全員が集められていた。集合をかけた当の本人、嘉敷カシキ博士は、「コの字」に組まれたキャスター付きの長机の上辺あたりで、そう切り出す。


 その正面に力無く腰かけているミロカさんは、何か普段の迫力も無く、ただただ俯いているばかりだ。本当に、どうしたというんだ?


「……油断した、わけではないと思いたい。が、何か、間合いがちぐはぐに感じられた。こちらの攻撃は踏み込みが甘く決定打を撃ち損ね、逆に紙一重で交わしたと思った相手の攻撃が掠って、あやうく取られそうにまでなった……わからない。うまく説明できない」


 口調はいつもの軍曹調だが、あまり覇気は感じられず、逆に困惑が前面に押し出されているといった感じがする。「ホリゴマンダー」は「二次元人」の中でも最下層、最弱の駒であるはずだ。指し手ものんびりとした印象で、最近の僕ならばひとりでも余裕で相手取ることが出来るくらいの棋力であるのに。


「ミロカの調子が悪かったとか、そうゆうことやないんやな? つまり、何か知らんが奴らの方が変わってるっちゅう……そゆことなん?」


「ああ。それが何かは分からないし、何かしらの得体の知れない『違和感』……そんな言葉でしか表現できないが、確かに、そう感じた」


 流麗な曲線を描く脚を組んでその左方面に座っているフウカさんの問いに、またしても力無く答えるだけのミロカさん。


「指し手傾向とか、着手速度が速まった、というような事はありませんでした。ただ、それだけにこの変化は不気味とも取れます」


 向かって右側の辺にぴんと伸ばした背筋で座っていた沖島オキシマも、口調はいつも通り冷静だが、釈然としない困惑さを紡ぐ言葉に纏わりつかせている。


「……最近の『イド』の沸き方も尋常じゃないっていうか……今のところは何とか捌けてますけど、対処するこちらが疲れもある人間である以上、それも限界があるのでは、と思うんです」


 可憐な声はナヤさんのものだ。だがその口調はやはり重い。確かに。慣れもあってあまり感じなくなっていたけど、一日何度も「出動」となると結構きつい。そのきつさも鍛錬の快感へと変換してしまう僕が言うことではないかも知れないが。


「……難しく考える必要はないんじゃあないかなぁ、ミロカくん。『間合いが変化したように感じた』、それが錯覚じゃないとしたら、いや、『錯覚と錯覚させられている』のだとしたら?」


 波浪田ハロダ先輩が椅子にふんぞり返ったまま、金色の毛先を指で弄びながら、そんな間の抜けた言葉を発するけど。どういう意味だ?


「……まさか」


 しかしその言葉に、ミロカさんは思うところがあったようだ。普段はめったに目を合わせることのない先輩の顔を驚愕の眼差しで見やる。


 先輩は満足そうに、にやりとすると何故か立ち上がって両手を広げてみせた。ミュージカルのような、いやそれは失礼か、学芸会のようなノリだ。もともと芝居がかっている人間がさらにそれを助長するような仕草をすると、何もかもが嘘くさくなるということを、今日僕は学んだ。しかし、


「やつらが実際に大きくなっている、と見るのがいちばん自然さぁ。実際に間合いやら何やらも変化していた、と」


 正直、的を射た答えと思った……口惜しいことに。そしてその証明が真であることが即時示されることにもなるのだが、それが我々にとって何になるのか、いや、かなりの確率で悪いことになるに違いないのだろうが、それはこの時点ではもやもやとしていて、くっきりとは判別できない。「駒」たちがその大きさを増大させていること……それがどうなるのか。もごもごと咀嚼しつつも嚥下できない僕の思考はそこで止まってしまったのだったが、その時だった。


<新宿駅南口周辺にて、『イド』を確認っ!! えっ? これ、これって……>


 突如会議室に響き渡る、もはや耳慣れた警告音。しかしそれに続くオペレーターさんの声は、いつものやる気のない感じとは異なり、何か緊迫感を孕んでいる。場に、得も言われぬ「重さのある空気」みたいなものが淀んでくるかのように。それは、


<目標は98%の確度で『ホリゴマンダー』……しかし、イドの範囲が約600mくらいありますっ!!>


 「二次元人」たちの、本格的な侵攻が始まった瞬間であった。


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