▲1三桂
いきなりのショッキング映像に、小さな画面の出来事であったが激しく動揺してしまう。
「こ、これ……」
何かの作られた映像には思えなかった。だが、現実感も同様に無かった。
金属のパイプの寄り集めのような「腕」を、セーラー服の背中から生やした女子生徒の体からは、血が噴き出すことも染み出すことも無く、その硬直した体は、うっすら光る無数の球体に分裂すると、画面の奥の方へと引っ張られるようにして消えていった。
「『二次元人』に『取られる』と、向こうの『手駒』に引きずり込まれてしまう」
相変わらず、老人の言葉には僕の理解は追いついていかないものの、「失踪事件」の真相がこれとか言わないですよね?
「そして『対局』に敗れると、その『38メートル×35メートル』のフィールドに囚われた20名全員が、『二次元人』として再構成されてしまう」
僕の疑問もさて置きつつ、老人の話は止まらない。その逐一が常軌を逸しているわけで、いやどうしますのこれ?
「奴らの『棋力』は絶大だ。そして何者かに統率されているかのような、足並みを揃えたのびやかな手筋……対する人間たちは、突然わけの分からない状況に引きずり込まれるのだから無理はないが、まともな着手は望みようもない……例えプロ棋士でも。そしてそれぞれが意思のある『駒』であるわけで……バラバラだ。バラバラに惑い動き、そして刺される」
老人は端末をしまい込むと、白衣の懐から何かを掴み出した。
「『二次元人』は我々『三次元人』を取り込み、自らの世界を構築しようと目論んでいる。今は水面下で粛々と進行しているようだが、顕在化した時にはもはや手遅れのはず。ならばどうするか。答えはひとつ」
老人が手を伸ばして何かを突きつける仕草をすると、何だか水戸のご老公を想起させるな……と、早くも現実逃避を始めた僕の大脳だったが、いや、翳すのはお供の仕事だったっけ? と詮無いことを頭に思い浮かべつつ、空想より現実感の無い現実へと何とか意識を引き戻す。
僕の眼前に突きつけられたそれは、見慣れた五角形の、将棋駒の形をしていた。ただ、材質は木やプラスチックとは明らかに異なっているため、少しの違和感を抱く。
黒い金属。先ほどの映像で見た、あの「将棋ロボ」たちのような、そんな感じだった。大きさは手の平に収まるくらいの、よく解説などで使われる、大盤用の駒くらいほど。何だこれ。
「奴らの持つ『能力』を……切り捨てた『要素』を……利用して私が作り上げた。奴らに対抗するための力を得る……二次元の盤上を躍動する戦士へと変身するための名付けて『ダイショウギ×チェンジャー』」
異次元の言葉を紡ぎ続ける老人だったが、清々しいほどに直球な、その名前に何故か強く惹かれた自分がいる。「変身」……ダメな自分から、変われるのならば。
「君に呼ばれて私はここに来た。この『駒』が君へと誘った。可能性を秘めた君よ。最強の戦士、『レッド獅子』となり、奴らを喰らい屠りつくすのだっ!!」
最後高らかに言い放った老人だったが、「レッド獅子」。そのネーミングはどうかと思う。しかし突きつけられている「駒」に記された荒々しい書体の文字もやはり「獅子」。こんなの見たこと無いが。しかし。
その文字が、僕の呼吸に呼応するがごとく、燃え滾る炎のように揺らめき光り輝いているのを、確かにこの目で見た。
僕の運命の歯車が、廻り始めた瞬間だった。