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△3四猛豹(もうひょう)


 思っていた以上に、体の方にもダメージは行っていたようだ。


 諸々後の翌朝、ベッドからまともに起き上がれないほどの全身の筋肉のこわばりと痛みに、おっ、おひょおうっ、みたいな野太い咆哮が思わず口を突いて出てしまった。


 もともとは二間続きの大部屋を、板戸で仕切っているだけが我が兄弟の部屋であり、お互いの物音もよく通る。5時くらいに起きて昨日の主だった対局の自己検討をしているだろう弟に、兄貴朝から何すっきりしてるんだよ、と思われたかも知れない。


 まあいい。上半身にほどよい負荷を掛けてくれるギプスを軋ませ、特製学生服を身につける。いつも通り入念に柔軟を行うが、やはり体のほうぼうが重く硬い。調子に乗って初体験のマシンで無茶したせいなのか、その後の「対局」で、ほぼ活躍しなかったものの重いスーツを纏ってそれなりに動いたせいなのか、それともさらにその後の「説教」による精神への執拗なメンタリックアタックによる余波なのかは判別できない。多分それらの複合によるものとは思うが。


 そんなコンディションだったこともあり、今日は走らずに学校まで行くことにした。微妙に疎外されてる感のある朝の食卓をやり過ごし、早めに家を出る。学校までの道々、考えなければならないこともあった。


 ミロカさんの事だ。いや、考えなくてもいいのかも知れないけど、とにかく昨日、苦し紛れにした「告白 (のようなもの)」が受け入れられ……たのだろうか、そこもいまいち判然とはしなかったのだけれど、今後どう対応したらいいのか、全くの不透明であるわけで。


 ……このままバックれるのがいちばん良い方策かもなあ、との思いが僕の冴えない頭脳を巡る。ミロカさんは正直弩級の美少女であり、この僕が付き合うことなどフィクションの中でも昨今は難しいレベルであることは疑いようもないが、あの名状しがたいメンタルが、僕をいちいち真顔にさせてしまうわけで。もう無かったこととして済ませることはできないものだろうか。


 いやでも学校は違うけど、あの「アジト」に行けば顔は合わせるだろうし、連絡先も交換しちゃったし……捌ききれないほどの「どうしよう」が頭に充満しかけてきた時、ふいに前を歩く制服の後ろ姿が目に入った。


 知ってる佇まいだった。ぱさぱさの長くも短くもない黒髪。ガリガリだけど上背は182の僕と大して変わらないくらいある。僕の……小さい頃からのご近所だ。


 知らん振りで走って通り過ぎるか、駅まで後ろに張り付いて顔を合わせるのを避けようか迷ったが、昨日寄ってたかってさんざんに凌辱された僕の日常感を取り戻すためにも、少しはまともな人種と言葉を交わしておこうと思って、その背中に声を掛けた。


「お、沖島オキシマっ、今日は対局ねーのか」


 しかし声は上擦る。年頃男女の幼馴染なんてそんなもんかもだが、


「……モリくん、おはよう。学校には書類取りに行くだけ。会館で10時から棋聖があるから勉強に行くけど、余裕でしょ」


 自然で余裕な態度で返されると、自分がとんでもなく卑小に思える。まあこの僕と似たり寄ったりの平凡な顔つきの眼鏡女子とは、棋力に関しては天地の差があるわけで、こいつは特別なんだと思うことで自分を納得させてみる。


 沖島 未有ミユ三段。アマチュアの段位ではない。プロ養成機関であるところの奨励会の、そのまた最上位リーグで人生を賭けてのしのぎを削る、棋界最注目の成長株だ。


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