△3二盲虎(もうこ)
今日のところはもうお開きでいいんではないでしょうか、みたいな二次会終わりのぐどぐど感を全身に纏わりつかせたような僕の提言に、ああそうですね、おつかれさまでした、と、労いの微笑みを見せてくれるナヤさん。幼さの中に秘められた真っすぐさ……それが僕の琴線に、ぽろりろと触れる。
あの素っ頓狂さを無くせば、このコ……いちばんありなんじゃね? とそもそも選択権を持たない僕が、そんな詮無い妄想をしかけ始めた瞬間、医務室らしきところのドアが荒々しく開く。
「……」
案の定、いや案の定って欲しくなかったけど、やっぱりそこにいたのは相当顔に怒りを滲ませたミロカさんだったわけで。いや、内面の怒りや恥ずかしさを渾身の平常心で抑え込もうとしているけど、やっぱりそれが沸き立つように醸されていながら、どこか愉悦と哀しみのようなものも内包するといったような、何とも喜怒哀楽や、その他どの感情にも当てはまらなさそうな、そんな人智を超えた表情をした美麗な少女が、いた。
「……ミロカ」
そのただならぬ妖気を即座に感じ取り、ナヤさんがその元に歩み寄ってその肩に手を掛けようとするけど。
「ナヤ……ドイテ……ソイツ……コ〇セナイ……」
地の底から響き渡るかのようにして発せられたその重低音に、ひぎぃ怖いぃぃ、ヒトの顔をしていないよ怖いよぉっ、といきなり叫ぶと、あっさりと部屋から走り去っていってしまった。え、ちょっと待って。
「……」
残された二人の間に、地球の重力ってこんな重かったっけ、くらいの圧力が均等にのしかかってきた。僕はすかさずベッドの上で正座をし、何かに備えようとする。しばしの気の遠くなりそうな静謐感のあと、ミロカさんが描写の難しい表情のまま、口を開いた。
「……子供ヲ……巻キ込モウトシタ事……ソレハ……反省シテイル……」
感情を押し殺し過ぎて、ひと昔前の機械音声のようになったミロカさんの言葉が、これ以上ない静寂の空間に紡がれていく。ああー、まだ蒸し返すつもりだこのヒト……と、もう僕の方から平謝りに謝って、この場を収束させてやろうか、くらいの思考が大脳に到達しようとした瞬間、
「……今マデ、全テノ対局ヲ問題ナク圧勝シテイタカラ……ダカラ多少『取ラレタ』トコロデ、大勢ニ影響ハ及ボサナイ……ソウ考エテイタ時期ダッタノカモ知レナイ……君ニ諭サレタ時、ソンナ人間トシテノ感情モ抜ケ落チタママ正義ヲ気取ッテタノ? ッテ、片頬ヲ、ブン殴ラレタヨウナ気持チニナッタノ……」
うん、それ比喩じゃないけどね。知っててわざとそういう表現にしてるの? と、問いたいけど問えるわけもない。そんな自問自問状態の僕を置いて、だんだんとミロカさんの表情が、何か込み上げてくるものを堪えているかのような、そんな切なくも美しいものに変化していく。虚空の一点を見つめ続けているその大きな瞳には、きらめく、何かが……。いや、わかってくだされば、それで僕はいいのですよ? しかし、
「でも、私をぶったことに関しては、責任っ、取ってもらうんだからねっ」
しかしあれ? 何か収束気味に思えた場に、再びのテンプレなる火種がっ……? わからないよ、この美麗少女のメンタルわからないよ。涙浮かべながら顔真っ赤、怒ってるんだか、恥ずかしがってるんだか、どちらとも判別できない表情。こいつぁまずい。まずいベクトルに、この場は傾きつつある……っ!! でも僕にそれを止める術はない……っ!!
「……責任取って、この私と付き合いなさいっ!!」
ああー出たよこれ。今日び、どんなフィクションでさえお目に掛かれなくなったその物言いに、僕は現実との境目を再び見失って、真顔で硬直してしまう。