▲2六白駒(はっく)
「ワイヤー光線」で区切られた「枡目」からは向こうの宇宙空間然とした暗闇と光点が窺えるけど、ガラスかアクリルが張ってあるかのように、そこに降り立つことが出来た。途端に重力が戻ってきたかのような、下降するエレベーターが停止した時のような感覚が体に来る。
「九×九」の「盤上」。そこに僕ら……ミロカさん(スカーレット鳳凰)、フウカさん(グリーン反車)、老若男女警官(玉、金、金、銀、と彫られた黒い金属質の『王冠』のようなものを被らされている)、計七名が、向こう陣営、「二次元人」と対峙する形でいる。
「二次元人」はオーソドックスな、いわゆる「本将棋」の並びだ。その姿は、黒い人間大の将棋駒から鉄骨を組み合わせたような手脚を生やした、やはり何かのイベントキャラ的な外観イメージは拭えないものの、その整然と並んだ陣形から立ち昇るのは、はっきりとした「敵意」であるわけで。
「こ、これは……いったい何だ」
警官の一人、年配の白髪の男性(玉)が、僕らの後方でもっともな疑問を呈するものの、
「……動かんでええでー、適当に囲われといてくれたらそれでよしや」
緑のスーツに身を包んだフウカさんが、軽く振り返りながら後方の四人の警官たちにそう言う。フウカさんは僕らを先手番と仮定したら、「5七」の地点で軽く手首足首を振って体をほぐしている。何か場慣れした余裕、みたいな雰囲気を感じるが。
「……向こうの『利き』に入ることだけは気をつけろ。問答無用の『一手』を放たれたのならば、さしもの我々も防ぐ手立てなく、あっさりと『取られて』しまうからな」
黒い翼を展開したミロカさんが重々しく告げるが、そういう説明は先にしておいてもらいたい。
場には、明らかに重力を孕んでいるだろ、みたいな空気が充満して来ている。何だか胃と食道の間らへんが、締め付けられるような感じがしてきた。
始まる……っ!!
「向こうは律儀に『一手10秒未満』で指してくるが……当然、こちらはそんなルールくそくらえだ。『二手差し』『三手差し』上等。本能の赴くまま、存分に暴れてみせろ、『レッド獅子』」
ミロカさんは「2八」の本将棋でいう飛車の初期位置で、両手に銃を握ったまま、腕組みをして立っている。
その言葉は「8八」に突っ立っている僕に、確かに向けられていた。初めてまともな役職(?)で呼ばれたよ。対局後の折檻を和らげるためにも(いや和らげる必要はあるのだろうか)、やはりここは決めるしかない。
「……」
意識して深い呼吸を繰り返す。実は初めて「変身」したその時から、この「獅子」の中に眠る荒唐無稽な「能力」については、大脳の隙間に直で差し込まれたかのように「理解」を終えていた。
もとより、しょっぱい棋力の僕だ。だが、将棋のルールすらも分からなかった頃、それでも毎日父親と盤面を挟んで、駒を無茶苦茶に動かしながら、遊んでもらっていた時のことを、何故か思い出していた。父さんも僕も笑顔だった。楽しかった思い出として、それは今も僕の頭に残っている。
そんな将棋があってもいい。将棋は無限だ。無限の可能性を、ちょっとねじくれたベクトルに放射しても、いいじゃあないか。
「……フオオオオオオ、オ?」
と、無理くり闘志を滾らせてから突撃を開始しようとした僕の眼前で、既に局面は動き出していたわけで。
「『5三反車成』ぃぃぃぃぃっ!!」
フウカさんの妖艶さを含んだ声が響くや否や、そのしなやかな体躯は四つん這いの姿勢のまま、猫科の何かのように音も無く、激しく前方へと疾駆する。
「!!」
突進の勢いで、眼前の「黒将棋駒」-「歩」に体当たりをかますと、そのまま宙空で後方に身体を捻りながら回転して着地するフウカさん。
その体全体が黒く輝いたかと思うや否や、いくつかの黒い金属質のパーツが周囲の何も無かった空間から突如現れ、その流線形の蠱惑的なボディに張り付いていく。
下半身全体を黒く染め、そして胴の部分にも巻き付くようにして黒いパーツは固定されると、最後に、きゅっとそのウエストの上あたりを締め付けるかのように収縮して、その上に乗っていた弩級の双球を、何故か左右時間差で弾ませつつ強調させる。ぬおッ、おさまれ僕の脈動ッ。
「『グリーン鯨鯢』っ!!」
その収縮刺激に、あん、と少し鼻にかかった声を上げてから、ざっ、とキメのポーズを取るフウカさん。その全身から、光り輝く緑のオーラが爆散する。