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△2三銅将(どうしょう)

「ぼけっとしてんじゃないわよっ!!」


 教科書に載っていそうなほどの定型ツンと共に、そっちの方は規格外だった威力の左中段蹴りが、僕の無防備だった右脇腹に吸い込まれる。


 えっぺんどるふ、みたいな叫びが口から漏れてしまうが、バネ、バネを間に挟んでるから痛いっ。


「はよ行かな、『二十名』の内に入り込めんからなぁ。ま、実戦慣れするには頃合いの相手やと思うで。だいじょぶや。私らがキミをしっかりサポートしたるさかい、気ぃ張らんと楽にいこ」


 一方でフウカさんは優しく僕の背中に指を滑らせて刺激してくるわけで。も、もうこうなったら行くしかない。行くしかないんだっ。


「……」


 分かりやす過ぎるアメとムチだったが、どちらも御褒美としてやる気へと転化させることが可能な僕は、二つ並んで弾む魅力的な桃のような物体を、夢遊病者のように、あうあうと追いかけていく。背後から嘉敷博士が何事かを叫んだようだけど、僕の耳には入らなかった。


 走る。のは日常茶飯な事なので結構自信はあったのだが、前を駆ける二人も相当なものだ。マシンの間を苦も無くすり抜けると、その先に延びる通路に入ってどんどんその背中は小さくなっていってしまう。結構長い。かなりの先までほぼ直線なので見通せるものの、500メートルくらいはあるんじゃないか? と僕は普段の鍛錬によって得られた経験則からそう導き出している。


 どうやら、あの登り棒的な入り口とは異なる出入り口があるみたいだ。まあ当たり前か。ミロカさんフウカさんは髪を、ふぁすふぁす、みたいになびかせながら、行き止まりに見えてきた横開きの扉を目指している。


 二人分の髪の香りなのか、甘い体臭なのか良く分からないし分からなくてもいいのかも知れないけれど、男を奮い立たせるようなフェロモン的な何かに誘引され、僕も三秒遅れくらいでその「扉」にたどり着いた。ミロカさんが横に付けられたパネルのようなものに指を当てている。


「!!」


 ウイン、とかなりの速度で左右に割れるようにして開いた扉の先は、まあ予想通りのエレベーターのハコの中だったわけだけど。こっちから来れば良かったのに、との嘉敷博士に対する憤りは薄れやしない。


「……」


 定員六名、といったところの大きさだったが、これ上昇速度速くない? 不安を感じさせるほどの揺れと軋みを起こしながら、エレベーターは上へ上へと突き上がっていく。


「!!」


 今度はゆっくりと扉は開いたものの、その先の光景は驚くことに、JR千駄ヶ谷駅のホーム下だった。ここ地下無いよね?


「はやく出なさいよねっ」


 ミロカさんに尻を蹴られつつ、その「日常」へとまろび出る僕。もう分からん。何が現実で、何がそうじゃないのかが。


 自失の僕を促すようにして、ミロカさんとフウカさんは律儀に有人改札にて乗り越しの手続きを受けてから、また走り出す。僕も真顔でそれに続く。


改札から左手の方へぐるりと回り込んでいくと、そこはもう新宿御苑の敷地だ。開け放された門を通過し、先ほど「アナウンス」で言っていた「下の池」? だっけ。を目指しているようだ、多分。


「『イド』出現まで、あと三分」


 砂利道を少し走る速度を落としながら目的地近辺へと到着する。楓の木々が池を覆うようにみっしりと緑の葉を生い茂らせている。これ、紅葉の季節に来たらすごいだろうな、と僕はまだ、現実よりの世界の思考にシフト出来ることを自分の中で確認した後、「イド」って何だろう……でも聞いてもしょうがないよね……と、異次元の思考に戻る。


「……要は『二次元人』が湧き出て来るパワースポットみたいなもんや。『38メートル×35メートル』の正方形に近い長方形が、瞬時にこの三次元から切り離され、やつらとの対局の場となる、とまあそんなとこや」


 全く息を切らせてないフウカさんが、くいくいと体の各所関節を伸ばしたり回したりしながら言う。競泳水着(鋭角)にジャージの上みたいなジャケットを羽織っただけというその姿は、やはりまずいんでは無いでしょうか。いや、まずくはないか。全くまずくはない。


「『イド』出現の中心から、『半径約50メートル』、その中でも『最も近くにいた二十人』が、『対局者』としてその『SGフィールド』へ引きずり込まれる」


 僕が考え事をする風を装い、目の前の水も弾ける肢体を網膜に焼き付けていると、僕の右前方で端末の画面を見ていたミロカさんがぽつりと説明をしてくれる。


 なるほど、だからその「イド」とかいう物が現れるところに先んじて馳せ参じ、わざと引きずり込まれるというわけですね。何かもっと効率のいい方法がありそうな気もするけれど、やはり妙案は出て来なかったので、これが最適解なのだろう。それよりも。


「……あの~、『二十人』って、老若男女問わず?」


 池のほとりに視界をやっていた僕は、気になる物を見つけ、そう訊いた。


「……全ての人間だ」


 つまらなそうにだけど、そう応えてくれたミロカさん。でも「全て」って。


 池のほとりの遊歩道沿いに据えられたベンチの上で、幼稚園児と思しき水色のかわいらしい揃いのチョッキみたいなのを来た子供たちの集団が、将棋盤を広げてせっせと対局に興じているのが、僕には見えた。


 ちょっと待てよ、僕らとその集団の他に、周りに人の気配はないぞ?



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