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天気の話?


私は晴れた日が嫌いだ。


「マチコちゃん、朝よ、いいお天気…」


母は毎朝、低血圧の私を起こしに部屋へやって来ては、南向きの窓のカーデンを開いて、薄暗い部屋と私に陽光を浴びせかけた。


本当は目覚まし時計や、母が階段を登って来る音で、もっと前に目が覚めているのだが、

朝は起きられないのだと、

ただ駄々をこねたかった。

学校や仕事のために暖かい布団から出なければならない理不尽さを、母に訴えたかった。


母だけは無条件で私の気持ちを理解してくれた。


私は中学生の頃に原宿でスカウトされて、

有名な雑誌のモデルになった。

手足が長い自分の体型は嫌いだったし、

モデルなんて職業にまったく興味は無かったが、母が「せっかくだから、やってごらん!」

て、私より喜んでいたので嫌だったらすぐ辞めるつもりではじめた。


最初の頃は、母が仕事を休んでまで

マネージャーさんみたいに撮影現場までついて来てくれた。


多少不安もあったので、母がいると安心できた。


仕事に慣れてくると、

母を(うと)ましく思って、

もうついて来なくて良いって、

言ったような気がする。



国見(くにみ)さん、まだ、幻聴が聞こえます?───」


精神科医の声がどこか遠くから聞こえた。

幻聴(げんちょう)”?


これは、現実?


「───お母さんの声はまだ聴こえる?

名前を呼ばれたり、階段を登る足音とか、

キッチンで料理する音……」


何か、答えようと思うけど、

涙が出てきて、何も答えられない。


お母さん…


母はもういない。


亡くなったのは、3年前。


私が大学から帰ると

キッチンの床に仰向けに倒れていた。


あの時、私が叫んだんだと思う。

お隣のご夫婦が助けに来てくれて、


そこからあまり記憶がない。


毎朝、思い出す。

母の姿を探すたび、

頭から血を流して、顔を腫れさせて仰向けに倒れている姿が脳裏に浮かぶ。


もう母がいないことを思い出すたび、

何度も同じシーンを思い出す。


うちは父がいないので、

母ひとり()ひとりの家族だった。

母と私は一心同体と言っても良かった。


2人で支え合って暮らしてきた。


だから、ひとりぼっちになった私は、

半分死んだのと一緒だ。


「マチコちゃん、人って、ずっと一緒にはいられないのよ──」


なかなか起きない私に、

自立できない私に、

母はいつも


「──独りで起きられるようにならなきゃね」


そう言って、窓を開け放つ。


容赦なく冷たい風が部屋の中に吹き込む。


私はひとりぼっちになるなんて

想像すらしないで

母に甘えてばかりいた。

母はそれで幸せだったんだろうか

私は母に心配ばかりかけて、

だからバチが当たったのだろうか、

私が悪い娘だから、


もう青い空なんか見たくない。

晴れた日なんて大嫌い。


庭の花も嫌い。

お隣との境界線に大家さんが植えたツツジ。


あの紫色とかピンク色のやつ嫌い。


煙みたいに、夜逃げみたいに、

お隣のご夫婦は居なくなった。


うちの母が亡くなって半年たたない頃だ。


それで、5月の初め、

あの人が引っ越して来た。


引っ越しの挨拶にラスクを持って来た人。


「隣に引っ越して来た、楠木(くすのき)って言います───」


見たこともない綺麗な箱にドイツ語だったか、

フランス語だったかでなんか書いてあった。


色々な味にコーティングされてて、

苺のチョコレートのやつと、

ホワイトチョコレートのやつ、

ラスクらしからぬ奴ら。


「──これ、口に合うかわかりませんけど、

今後ともよろしくお願いします。」

めっちゃ笑顔。

笑うと目が無くなる。

どこかで見たことあるこの顔。

なんかアザとい。

この顔、嫌いだ。


ラスクは、めっちゃ美味しかった。


ラスクの人、

引っ越して来てすぐにうちの庭にまで入って来て、地面に落ちたツツジの花を掃除してた。


「びっくりするじゃないですか!」


いつぶりか、私が他人を怒鳴ったのは、


「すみません、花が落ちてたんで、」


見りゃわかる。

ラスクの人は、んな見りゃわかる言い訳をして


あのアザとい笑顔。

なんか無性にムカついた。


「黙って入んないでください、」


「はい、」


「黙って入られると不審者だと思うんで」


「はい、すみません、つい夢中になってしまって……」


ラスクの人はずっと、

ペコペコ頭をさげて、

私がこんなに怒っているのに

ヘラヘラしやがって、

かわいいチェックのネルシャツなんか着やがって、

朝から、あんな、きれいな格好で掃除すんな。


ムカつく。


こっちは、髪がボサボサだったし

上下スウェットだったし、しかも高2から着てるやつで、ヨレヨレだったし、


ノーメイクだし、他人と会話するとか

ありえない。


後で気付いたけど、その時ノーブラだったし

ムカつく。


「だいたい、その花、邪魔なんで……」って言ったら、


私はノーメイクで怒ってんのに、

何が楽しいんだか、


「せっかく綺麗に咲いてるんで」

って、


だから何?

めっちゃキモいわこの人って思って。


でも、不審者って言ったのはちょっと失礼だったな。

うちの庭まで掃除してくれてたのに、

お礼のひとつぐらい言っておくべきだったか、


でも、それもキモいから辞めとく。




「シゲルさんの話は?」


精神科医は時々突き放した感じで、

嫌な質問をわざとしてくる。

ちょっと冷たい感じだ。

嫌いだ。


付き合ったのは後悔してる。

最初から別に好きと言うわけじゃなかった。

以上。


「したくない、天気の話より興味がない」


「付き合ってたんでしょう?」


「もう忘れた」



でも、あの夜のことは少し覚えてる。


玉頭茂(たまがしらしげる)が楠木さんに暴力を振るった日。


私はいつものように、ツネちゃんのBARでヤケ酒をあおっていた。


いつも(つぶ)れるまで()んで

ツネちゃんに家まで送ってもらう。


でもあの夜は違った。


気がつくと知らない人の背中におぶられていた。

そう言えば“ラスクの人”をBARで見たんだった。

お隣さんだって私がツネちゃんに言ったのか

覚えてないけど、

ツネちゃん、さすがにいつもだと迷惑だったんだろうな。


事情を知って、ラスクに私を送らせたんだ。


あの人の背中、すごく広くて

暖かくて、いい匂いがした。


香水ちょっとつけてたのかなって、

ティファニーみたいな匂い。


加齢臭よりマシだけど。

キモい。

いま考えるとよく我慢できたなと思う。

でも酔っ払ってて歩けなかったし、

正直助かった。

あと、

“おんぶ”されてちょっと嬉しかった。

父以来だったと思う。



精神科医にかからないと

仕事に復帰できないだろうって、

マネージャーが言っていた。


マネージャーに言われなくても、

仕事に行くのはツラい。


TVとかラジオで芸能人と楽しそうに上手にトークしたり、上手に笑ったり、今は無理だと思う。


キラキラしているものが、

いまは、たまらなく嫌いだ。


自分の写真とか映像とか無駄にキラキラしてて

キモい。


「今、いまはツネちゃんと付き合ってるの?」


「たまにタダで泊めてもらうけど、彼はゲイだから───」


この精神科医は、レズかも知れない。

私の恋愛について深く知りたがる。

治療する上で必要だとしても、先週も男性遍歴てきな話を聞かれた。


「───タダって言うか、こないだバイトさせられた、たまには働けって」


その楠木さんがやってる

「Siri ya Dunia」って輸入雑貨のお店。

ツネちゃんがタンブラーを私がよく()るからって、いっぱい買って来るから

運ぶのを手伝えと言われた。


ツネちゃんはどうやら、

楠木さんのことが好きらしい。


私が彼に迷惑ばかりかけているとヤケに怒っていた。


楠木さんは優しくて良い人だと思う。

若干おしゃれで、若干キモい。


私は

ツネちゃんと楠木さんがうまくいけば良いと

思う。


「本当にそう思うの?」


若干どうでもいい。











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