不屈のコボルト
「ハッ!他愛も無ぇ」
傷だらけのギルが、オークの長の死体に座りんでいた。その周りいるゴブリン達は掃討戦に移行している。
「あっちも………終わったようだな」
一瞬イクザの声が聞こえた。それから声は聞いていないが、オークが逃げ出してクザクの声も聞こえなくなった。少なくとも、この戦には勝った。
「……死ぬのは許さぬぞ…イクザよ」
その呟きはオークの悲鳴に掻き消され。誰にも届く事は無かった。
「やぁ!やっと会えたね!君からすると始めましてかな?」
「………俺は死んだのか?」
目の前の黒髪の少女はイクザの問に微笑みで返した。
「違うよ。死んだらここに呼ばないさ。君が生きているから呼んだんだ」
「……そうか…何か用なのか?神よ」
「……あれ?…おかしいな。僕、まだ自己紹介してないのに」
「俺に変な力を与え、ずっと見ていた者がいる感覚があったからな」
「なぁんだぁ!つまんないな!驚く顔が見たかったのに!」
そういって、口を膨らませる神様。その仕草は神というより、年頃の少女のようだ。
「十分驚いている。それより、礼を言わせて欲しい。神よ、あなたが与えてくれた力があるから勝てた。己を通せた。……ありがとう」
「…………っ!う…か…………うぅぅ」
何も無い空間から大きな魔女の帽子のような物を出して顔を隠す。
「駄目だ!ダメだダメだ!久しぶりに僕の空間に誰かを呼んだから……」
「……何か気に触ることを言ったか…?」
「な、何でもない!」
大きな帽子で顔を半分隠しながら、こちらを見る。
「すぅーはぁー。すぅーーごほっ!ゲホッゲフッ!」
「……大丈夫だろうか?」
今度は深呼吸して、むせるという神の威信など皆無の姿に素直に心配する。
「………ハァハァ。か、神の威厳が…」
そういうのは正直に言うと最初から無かった。口には出さないが。
「……そろそろ教えていただきたい。ここに呼んだ理由を」
神の醜態をこれ以上見ない為にも、話を先に進める。
「そ、そうだね。おほん。君は才無きコボルトだ」
「…………ああ」
「その矮小なるコボルトという器に君の魂は支えきれなくて溢れだそうとしている」
「……あれは。俺の魂だったのか…」
得心がいった。あの青い炎はそういうことだったのか。
「…あそこが本当の本当にコボルトの限界だという訳だな」
「………そうだね。あの器じゃあその先に行けない」
「そうか………」
「本来は魂が溢れだしそうになったら器が進化するんだ。魂を零れさせない大きな、強力な器にね。それが、魔物なんだ」
「俺は…それが出来ない…のか」
「うん。才能値が最底辺にある君にはね、不可能なんだよ」
「じゃあ…俺ではその先に連れていくことは出来ないのか…」
残念だ。しかし俺の跡を継げる信頼出来る仲間がいる。心強い同盟者がいる。愛する家族がいる。俺が連れていけなくても、それ達が必ず至る。心配は無い。
「わかった。現実は受け入れた。もう、戻してくれ」
引き継ぎ事項が沢山ある。暫くドタバタだろう。
「ふっふっ。引退はさせないよ。僕は君が作るその先が見たいんだ」
「…だから、俺じゃ無理だと」
「そんなことをわざわざ言う為に呼ぶわけないだろう?残念だったね、隠居しそびれて。僕からのプレゼントだ」
パチンと指が鳴らされる。
「なっ!」
次の瞬間身体が燃えるように熱くなる。ガァァ!と声を上げて僅かに気を逸らしていないとアタマがどうにかしてしまいそうになるほど苦しい。
「あ、あれ?随分と難産だね…」
なぜお前が戸惑う!余計に心配になるだろ!と言ってやりたいが口は動かない。身体がメキメキと軋み、骨格から変わっていく感覚がある。
「ま、まあ。多分死なないから大丈夫。苦しいかもしれないけど聞いてよ。僕の力を使って君の才能値を大きく引き上げた。それによって、今にも溢れ出そうな魂に見合うだけの器に変化しようとしているんだけど……君の場合魂と器のギャップがあり過ぎるから時間がかかってるんだと思う」
苦しむイクザを直視出来ずに横を向いて離す神。
「器の進化はね、君が望むように変化する。力が強くなりたい、魔法が使えるようになりたい。能力もそうだけど、外見もだ。君はどんな力、どんな姿を望む?」
「お、俺は……ツ!」
前世の記憶が巡る、人間の身体。高い身長。強くしなやかな筋肉。見切る動体視力。欲しかったもの。それは、前世から今世の分までの全てが巡る。
「……いいよ、頑張ったからね」
その一言を最後に意識が途絶えた。
「………意識が消えたり戻ったり…我ながら忙しい奴だ」
そう喋った瞬間にも変化はあった。己の手を見ると、コボルトの物ではない人間の手だ。
「…………」
スクッと立ち上がりその視線の高さに驚く。180以上はあるだろうか。
すこし構えて攻撃を放ってみる。その拳は空気を切り裂き、パァンという音と共に衝撃波が放たれて岩が砕かれた。
「……いや、変わりすぎだろ」
その呟きは虚しくそこに響くのであった。
イクザは新しく生まれ変わった。姿形は人間のようになり、コボルトの痕跡は灰色の髪の上にある犬耳と尻尾が生えていることくらい。目の色は黒に近いほど濃い紺色に、犬歯が目立つ精悍な顔。180を越える身長に、強い筋肉。そして気が付くのはだいぶ後になるが、背中に大きく神聖文字が刻まれていた。
人にも魔物にも読めないその文字の意味は
「不屈……ふふ、まさに君にピッタリだと思わないかい?」
不屈のコボルト
それは才無き身で足掻き続け、遂に神に見初められた小さき英雄の名。
「さぁ、魅せてくれ。僕にその先って奴を」
ぜんぶ丸投げにしておいてなんですがとりあえず完結です。第1章完結なので、続きは書きます。気長にお待ちいただけたら幸いです。
感想と評価が多ければ早くなるかも|ω・`)