決着
「東の方のゴブリンが傷だらけでここに到着しただと?」
その報告がギルの本部もたらされたのは夜遅くのことであった。その報告を聞いて、すぐにオークが攻めてきたと察してイクザの里に使者を放つ。
「案外動くのが早いな…こちらの狙いに勘づいたのか?何にしても始まったな、戦争が」
その戦力差は拮抗しているか、やや劣勢である。そんな状況で開戦してしまった。しかし、早さを求めて準備をしきれていないのはあちらも同じだろう。
冷や汗を1滴流し不敵に口角をあげる。
「負けたら全部失うぜ。イクザは…こんな状況でも笑えんのかね」
ギルの使者を迎え、すぐに状況を察して部隊を編成する。その数、250体。妊娠中のコボルト、まあキミテだが、もしもの時にはそれを守れるだけの数を遺す、
「行ってらっしゃい、イクザ。絶対に帰ってきてね」
「死ぬつもりは無い。心配するな、お前は子供の事だけを考えていろ」
心配するなと言われても、戦い出すと絶対に退かないのがイクザというコボルトだ。負ける時は死ぬ時に直結するのだから気が気ではない。
「はぁ、私も行ければなぁ」
出陣していくイクザの背中をみて、そう呟く。妊娠中の為にしょうがないのだが、どうも待つのはしょうに合わない。今回は一緒にいてくれたツキも行ってしまった。
「早く一緒に戦いたいね」
お腹を撫でながら、優しそうに微笑えんだのだった。
里と里の距離はそれほど遠くは無い。1日経つと到着して、イクザ達がギルと合流する。
「到着した」
「おう、来たか。丁度いい、こっちもオーク共の動向もだいたい掴めた所だ」
コブリンの索敵部隊がオークの情報を持ち帰ったらしい。
「あいつら、まだ奪った東のゴブリンの里に居座っているらしい。その数は200近い。やられた東のゴブリンの群れはほぼ全滅だ。帰ってきたのは10もいねえ。30近くはやられた」
「それで終わる…はずもないか」
「だろうな。少し立て直してから本格的に攻めてくるはずだ。こちらからすると、里に入られると非戦闘員に被害がでかねねぇ。だから、俺は打って出るつもりだが…どう思う」
「問題は無い。賛成だ。待つのはしょうに合わない」
「……そうこなくちゃな。守りに入ったら多分、終わりだ。一気に攻め滅ぼされるか、数と勢いで攻め滅ぼすかのどっちかだ」
「では早速計画を練る。行こう」
「ああ」
モチとツキ、アルの側近達とイクザとギルが部屋に入り具体的な計画を決めていくのであった。
翌日、東のゴブリンの里にがあった場所に出陣する。この時は神輿は使わず、歩きでの行軍だ。一切の油断はしない。
その代わりに、イクザの装いが新しくなった。ゴブリン達から伝わった装飾品や衣類を作る技術により、飛躍的に技術力が向上したコボルト達が作った衣類は、イクザの要望である簡素なものでというのを無視はしないものの、ギリギリを狙った灰色の毛並みに映える青い短パンと軽い皮の鎧を着せた。
「似合うではないか。コボルト達の技術者も侮れないな」
というのが、ギルの評だが。どうも、あの忍び笑いが引っかかる。モチもツキも着てるっていうより、着せられている感じがすると言っていた。
イクザは身長が130に届かない程の平均以下の身長だ。どうも服を着るとダボダボになり、ぴったりなサイズだと子供用に見えるという。
俺には自慢な灰色の毛並みがあるという呟きは、己でも分かるくらいの見事な負け惜しみであった。
東のコボルトの里に到着するのにそれほど時間はかからなかった。予想通りゴブリンは全て殺されている見たほうがいいだろう。里にはオークの姿しか見えないのだから。
「……来たか!コブリンとコボルト達よ!よく来た!我はこの群れを率いる長のギビデだ!そしてこの者はオーク族の偉大なる最強の戦士、クザク!」
当然こちらの動きは分かっていたのであろう。里で待ち構えて、用意された高台に立つ2体のオーク。一体は長だという、横も縦も長く大きい巨躯のオーク。そして隣は対照的に、オークにしては細いが締まった筋肉にが見え、その双眸は強い力を宿しているのが分かる。
「貴様らは愚かにもコボルトとコブリンという矮小なる種族の分を弁えずに森の中央にまでその影響力を伸ばそうとした。その思い上がり!我が註を下す!行け!戦士達よ」
それを合図に槍を掲げながら咆哮するオークの戦士達。一斉に里を下りこちらに襲いかかってくる。その数180体。
「はっ!よくもまぁそれらしい理由が思いつくものだな!貴様はただこの森の覇権を取るのに邪魔だから俺らを消したいだけだろう!言葉を飾らなくても飾ってもやることは同じで、負ければ全てを失う!勝てば、食糧が沢山ある森が手に入るぞ!行け!俺がいる限り負けねぇ!」
ギルが両腕を広げて魔法陣を出して、向かってくるオークを何体かを黒焦げにして、それを合図に一気にゴブリンが駆け出していく。命など惜しくは無い、欲に塗れた目を隠そうともせずに前に進む。その数220体
「ここで負ければ、また我々は狩られる側に堕ちる。手に入れた権利、誇り、財、全てを失う。己など2度と通せなくなる!それが嫌なら戦え!命を賭けろ!これは、その先に至るための戦だ!」
駆け出すイクザ。先頭を走り出したイクザにモチとツキ、コボルトの戦士達が進む。その目には恐怖があった、負ければ負け犬に戻るという恐怖が。勝利の味を知った、己を通す事の快楽を知った。そしてイクザの言う、その先が知りたい。
それを知るまで終わらせる訳にはいかないのだ。コボルトの夢をイクザは握っている。負けは許されない。それを理解しているから、吼えた。それは逃げることしか知らないコボルトではなく、正しく戦士としてオークに飛びかかっていった。その数250体。
オーク180体とゴブリン、コボルト470体。総勢650体の戦争が始まった。
1時間は過ぎたであろうか。未だに一進一退の攻防を続けていて、戦況は拮抗している。
オーク族は数は少ないがその質は高く、ギルの当初の予想通り5体で一体を抑えるというのは的を射た言葉であった。多分、まともに訓練もせずにぶつかっていたら、鎧袖一触。すぐに負けていたであろう。
今、一進一退の攻防が繰り広げられているのはコブリンとコボルトの質が高いおかげだ。何とか三体に一体を抑えれている。
そして際立つのはイクザ、モチとツキ、ギルとアルの働きだ。この数人でオークを25以上倒している。
だが際立つ働きをするのはイクザ達だけではない。オークの長は奥でふんぞり返っているが、クザクと言うオークは凄まじい勢いでコボルトとゴブリン達を蹴散らしている。
あれ1人に何度も戦線を下げざるおえなくなった。
互いに多い死傷者をだしながら、終わりの見えない戦いは続いていく。
「……ギルか。どうだそっちは」
「悪くはねぇ、良くもねぇが」
「同じだ。このままではどこまでも消耗戦が続く。面倒だ、そろそろ終わらせたい」
「奇遇だな。俺もだ。行くか?」
「行く。俺は戦士を貰うぞ」
「ふん、最初からそれが目的だろう。顔が笑っている。まぁ、俺もあの偉そうにしている奴を貰う」
「ギルも最初からそれが目的だろ、ずっと見てる」
「ハッ!」
互いに走り出す。向かう先にいるのはそれぞれの強敵。戦を終わらせに、互いが定めた獲物に向かって走る。
「モチ!ツキ!露払いを頼む。俺はあそこに行く」
「はいよ、リーダー!」
「しょうがないわね!」
イクザに並走する2人。クザクに達するまでに越えなければならない壁は2つ。
「ここは俺が引き受ける!行け!」
モチが一つめの敵の密集地をこじ開けて、足止めをする。返事をする暇も惜しく先に足を進める。
2つ目のクザクの周りにいる兵士達。それをツキが相手をする。
「イクザ!これに生き残ったら私を抱きなさい!」
まさかの唐突な告白に驚くイクザ。
「大歓迎だ!だが、キミテと喧嘩をするなよ!」
更に足を進め、その先にクザクはいた。逃げもせず、こちらを見下ろし待ち構える。矮小なるコボルトの挑戦を受ける強者、と言ったところか。
「………来たか」
「待たせたな…偉大なるオークの戦士」
「その小さき身でここまで来た事は賞賛に値する。だが決して越えられぬ壁があることをその身に教えてやろう。来い」
「あぁ、終わった……見込みあったのに」
神は見ていた。これまでのイクザの活躍を。リーダーに就任した時の演説は心打たれたし、最弱と言われたコボルトを鍛えた手腕は素直に驚いた、そして周りの側近に有能な者が育っていき、ゴブリンのギルというこれもまた面白い男も知れた。
見ていて飽きない最高の玩具であった。でも、それもこれまでだ。あのクザクというオークは、オークの中でも異質な存在。
「僕も随分と前に加護を与えたからね…あれはコボルトの身体じゃあ傷一つ与えられない存在だ…あーあ…やっぱりね」
最高の玩具が消える瞬間はやはり悲しいものがあるのだろう。分かりきった結果に少しだけ、つまらなそうに溜息をついた。
「やはりその程度か。コボルトよ」
「……参ったな。何も効かないとは」
渾身の右ストレートも、蹴りも何も効きはしない。また速さもあちらの方が上で急所への攻撃は当てさせてはくれない。まさに、手も足も出ない状況。
「では…こちらからいかせて貰うッ!」
その動きに、反射で反応するしか無かった。なにせ、目の前から消えたのだから。
「グッ!?」
全身を丸めて槍の一撃の衝撃を和らげようとする。が、それは果たして効果があったのだろうか。膂力だけの攻撃、ただの薙ぎ払いに身体が吹き飛ばされるなか意識が消えかける。
「……ふん、終わりか…他愛も無い」
力なく地に落ちるイクザ。その一撃は確かに力の差を分からせるには充分なものであった。
意識が混濁するなか、少し前の出来事を思い出す。敵のコブリンを倒してもオークを倒しても、一切の力の吸収が無くなっていたことを。
「そこのオークが言っていただろう?コボルトの限界が来たんだ。もう成長はこない。その先なんて無いんだよ。ここで終わりだ」
「………………」
「なぁ、もういいだろう?十分頑張ったじゃないか。俺は才能なんて無いのに、リーダーをやってここまで群れを大きくしてさ。少しくらい失敗しても誰も責めないよ。……逃げよう?キミテが待ってるよ?ツキだって死んだら大泣きだ。モチも……」
「………………」
あぁ、喋っているのは俺だ。目の前で俺が喋っている。コボルトの俺が喋っている。
いつもいつも、俺の中にコボルトはいた。いない時など一度たりとも無い。それが、俺の中で強くなっているのが分かる。じゅくじゅくの、心に広がっていくのが。
「ねぇ…死にたく無いんだろう?」
「…ああ」
「怖いんだろう」
「勿論」
「痛いのは嫌でしょ?」
「当たり前だ」
「じゃあ、逃げよう」
「………それは」
己の空間が、崩れていく。意識が覚醒していくのが分かった。
「ガハッ!グッ…はぁはぁ」
「ほう?まだ、生きてはいたか。ならば、去るがよい。尻尾を巻いて逃げるのだ。それが賢い選択だ。越えられぬ壁があることはわかっただろう?ならば、その分をわきまえて生きればその生、悪いものになる事は無いはずだ」
弱きものには追い打ちはしないとは、つくづく偉大で高潔な戦士だ。己の矮小さが嫌になる。
酷く痛む身体を起こして、焦点の合わない目でクザクを見る。
「……そこに…いるのか?」
「そうだ、回れ右をすれば後ろになる。俺は追わぬよ」
「そうか……すまないな。教えてくれて」
「……………何している?」
「続けんだよ。ほら、構えろ」
「正気か?いや…正気では無いな。そうであった。オークに単身で挑むなど正気では出来ないな」
「そうだ、俺は狂ってる。頭のネジが数本抜けてる、そう言われた記憶がある」
お前はおかしい!この、戦闘狂が!これは…いつ言われた言葉であろう。随分と昔なような気がする。それこそ、生まれる前。
フッ…生まれる前?そんなものがある奴が、果たして正気か?正気な訳が無い。そんなのは頭のおかしい奴だ。そうだ、俺は生まれた時からずっと狂人だ。
「……笑うか!この状況で!貴様は!」
仏頂面のオークが驚き、そして大口を開けて笑った。
「なんと剛毅!なんと気高い!そして、見事な狂いっぷりよ!よい!貴様のような戦士が我が里に欲しかったものだ!!」
槍を構えて、こちらを見据える。矮小なるコボルトに宿る、強く気高い魂に敬意を評して本気を出すつもりらしい。
つまり、己が討ち取るに値する強者だとクザクは認めたのだ。
「あぁ熱い。最高にハイだ。気分がいい。どこまでも滾っていくのが分かる」
「………貴様…まだ隠し玉を持っていたようだな」
イクザの身体が蒼く燃えていた。それは魔力ではない。見たことも無い炎。
「これは…」
「あれは…大き過ぎる魂が小さな器から零れてる!?」
時折あるのだ。器に見合わない魂が、その器から零れ落ちる事が。大体、その前に器が進化するものだ。魔物とはそういう生き物である。
「そうだ……忘れてた。イクザには…才能が無かったんだ。進化出来るだけの才能が…」
零れた魂の一部は、その者を表す色と性質を秘めるという。その色は透明な海のように蒼く、静かに揺れている。風に揺られて、木の葉がイクザにかかろうとするが、それが一瞬で灰になって消えてなくなる。
「凄い…熱量。静かに燃える蒼い炎。綺麗だ…」
神が見惚れる。それほどまでに、美しく気高い。そして決して折れぬ不屈の熱。
「………いいだろう。特例だ!そのオークを打ち破れ!そうすれば僕が君の魂に見合った器を用意してやる!魅せてみろ、僕に!その炎の煌めきを!」
神の応援がイクザの加護をより強くして、身体能力が飛躍的に向上した。それを足して、ようやく同じ土俵に立つことができた。
「行くぞ!偉大なるオークの戦士クザク!!」
「来い!不屈の気高きコボルト、イクザ!」
後は文字通り、魂を削る死闘だ。
巨躯をものともしない速い勢いから繰り出される槍の薙ぎ払い、それを右拳で迎え撃つ。
「ぬぅ!」
「ガァ!」
粉々に砕けた槍の木片が飛ぶなか、互いに笑い合う。槍が無くなったオークと、右拳が使えなくなったイクザ。
「ゴラァ!」
「ルァ!」
互いに距離を離すのも煩わしくイクザの左拳とオークの右拳がぶつかる。あまりの衝撃に両者の拳から腕までの骨が折れる感触があり、腕に亀裂が走り血が飛び出す。
「ぬぉォ!」
「グラァァ!」
イクザは両腕を潰したが、オークは左拳が残っている。それを顔面に叩きつけようとするのを、イクザは頭で迎え撃つ。
魂の炎を集めて超高温を作り、その衝撃を受け入れると同時に、オークの左拳を燃やした。
「グォォォ!」
オークは全ての攻撃手段を失った為に、巨体でイクザを押し潰そうとしてくる。オークはその重い身体ゆえに、足腰が丈夫だが安定性を得るために短いのだ。
それを熱された頭の一部で冷静に見つめ、タイミングを見計らって脱力し鞭のようにしならせた蹴りを放つイクザ。
それは己が思い描いた通りの綺麗な軌道を描きながらオークの顎に吸い込まれていき。
「グラァァァァァァァア!!」
森中に響く音を出して、打ち抜いた。
第一章クライマックスですね。少しでも面白いと思っていただけたら感想と評価をお願いしますm(_ _)m