訓練の成果とオーク
それから1週間経った。イクザの群れから最低限の護衛を残して、動けるものをギルの群れに合流させた。ギルの群れのコブリンの数は150体ほどだが、戦えるものは半分以下。さらに、そこから強いものなど20もいない。
逆になぜこれ程偏っているのか疑問なくらいだ。それに数は多いためにその領地も広く、よくこれだけの戦力で持たせたと言いたい。多分だがギルとアルの2人がそれを補ってきたのであろう。
あの2人はこの群れからすると異質だ。その強さもあり方も。イクザもギルの底は知れないのだから。
すぐにコブリンとコボルトの合同訓練が始まった。監督はギルのそこそこ使える20体とこちらの精鋭コボルトだ。
予想通りコボルトはゴブリンを見て泣きそうになりながら、にげようとしても後ろには訓練中は鬼より怖い教官達が目を光らせている。
そしてそれも、厳しい訓練で隣にコボルトがいるのかコブリンがいるのか分からなくなる。真に恐ろしいのはコブリンではなく、目の前にいる教官達だと理解するのにそれほどの時間はかからなかった。
3日目ではコボルトとコブリンが肩を貸しあい、互いに抱き合って悲鳴をあげる姿が各所に見られた。
そうして更に1週間が過ぎて初めての狩りの日が訪れたのであった。
「やっとだ。やっと!これで成果を出せばあの地獄の訓練は終わる!」
「……やってやる。やってやるやっ…」
やはりコブリンとコボルトでは若干の、好戦さに差が出る。コブリンは素直に結果を出してやると気合を入れるが、コボルトは戻るのは嫌だが戦うのも怖いという感じの者が多い。違うのはイクザが群れから連れてきた新世代だけ。
「明日か…待ち遠しい」
「早くぶっ殺してぇなぁ」
「うっ…右手の封印が…」
ウキウキ、ワクワクとまるで遠足前のように目を光らせる。これらはコブリンよりも好戦的だ。
「明日この数で一気に潰す訳か。よい、よいぞ!これぞ王の戦い!」
「戦いというか、蹂躙に近いな」
「王の戦いは常に勝利だ。ならば結果的に蹂躙になるから何も変わらん」
「なるほど、そういうものか」
「あぁ!そうだ!」
少なくともギルの中ではそうであるようだ。明日、比較的に大きなゴブリンの群れを攻めかかる。数は100以上いるらしいが…こちらは初陣が多いとはいえその3倍。負ける道理はなく、ちゃんと歴戦の者も投入する。なるべく若い者に手柄を分けるように言ってある為に、本当に監督役くらいの役割だが。
勿論イクザとギルもでる。この日の為にギルが気合を入れて作った神輿があるという。それには椅子が二つあり、ギルとイクザ用らしい。いらねぇ…と思ったのは口には出さないが、せっかく作ったのだ。今回だけはそれに乗るようにする。
「いざ、出陣だ!進め!」
「……結構眺めはいいものだな」
神輿上ではしゃぐギルと、見晴らしのよさが思ったより気に入ったイクザ。この神輿は次の日には無くなっているだろうと言う皆の予想に反し、案外長持ちする事になるとは、この時は誰も思わなかった。
それは正しく蹂躙であった。力の拮抗は僅かな時間、それより先は完全な虐殺劇。
「そろそろ辞めさせよ。皆殺しにしては意味が無い」
降伏勧告の使者を送り、暫くして長だというものが出てきてギルに臣従した。その間、出陣してから約3時間。まだ日が登りきっていない時間である。
「ハッハーハッハ!素晴らしい!素晴らしいぞ!イクザ!貴様は最高の同盟相手だ!我は幸運であったわ!」
ひとしきり高笑いをした後、まだ時間があるという理由で次のコブリンの群れへ群れを進めるのであった。
その日は結果的に四つのゴブリンの群れを傘下に収めることが出来たギル。この調子で行けばあと数日でここら一帯のゴブリンを攻め落とし、束ねることは難しい事じゃない。
「ハァーハッハッハッハッ!」
まさに笑いが止まらないというのを実践して見せるギル。心底楽しそうで何よりだ。
「これからどうする?新兵訓練もおおかた済んだぞ」
「まてまて、もう少し付き合え。勢いがあるうちにコブリンを一気に纏めたい。そっちも、実戦経験を積ませた方がよいだろう?」
「…そうだな」
ギルの言う通りこのような規模の大きな戦闘はそう出来ない。出来るうちにやらせるに越したことは無い。
「それとだ…イクザよ。あの元々コボルト達がいた所を自分の物にしたのだろう?あそこも貴様の領地とするならばオークの脅威は人事ではなくなったぞ」
そうなのだ。やはりコボルト達を全てこちらの群れ里に移動させたいが数が多すぎる上に、食糧が足りない。また、住み慣れた所がいいと言う声も多いのだ。
問題が多いのに無理強いするのはよろしく無い。1番自然なのは住み慣れた所で住んで貰う事なのだが…そうなると対オークというのが人事では無くなるのだ。
「なぁ、イクザよ。少しオーク共の実力を試しに行かないか?」
ニヤリと笑い、そう囁くギル。その顔は王と言うより、悪戯小僧という方がしっくりくる。
「明日またコブリンの里を攻めるのだろう?そんな暇は無いはずだが」
「そのようなもの側近に任せろ。そっちの…モチとか言ったか?あれなら大丈夫だろう。こちらにはアルがいる」
後釜…という訳じゃ無いが、信頼出来る右腕に任せろという事だろう。
「…………………わかった」
考えても考えても、ダメだろうという結論しか出ないが。己の欲望には勝てなかった。近くにいたコブリンに言伝を頼み、夜の森に消えていった。
翌日、里は蜂の巣をつついたような騒ぎになったがそのゴブリンが泣きそうな顔で顛末を喋り、それを聞いてフラッと倒れそうになるモチとアルの姿があった。
「あれがオークか」
「やっぱりデケェな」
ギルとイクザ。2人で森の中央オークの群れの近くまで来ていた。威力偵察という事にしているために、何体か打ち倒すことも出来る。別にどんなに言い訳しても、何かしら怒られるのは決定事項なのだから、好きにやるつもりだ。
目の前には6体のオークの姿が見える。狩りの最中なのだろう。その手には小動物と、果物を抱えている。武器は粗末な槍のような長い木の棒。
「うしっ…俺はあの右の方の3体を殺る」
「わかった。俺は左だな……。いつも思っていたのだが…ギルの得者はなんだ?」
「あ?そうか、まだ見せてなかった。まぁ、説明するより見せた方が早い、行くぞ」
「ふむ、そうか。なら行こう」
軽くジャンプしたり、手をパキパキと鳴らし準備を終えるイクザに、堂々と前に進む。その姿はこれから戦闘に向かうものには見えない。
「ん?なんだこいつら」
「コボルトとコブリン?珍しい組み合わせだな。コボルトはコブリンの配下か?」
「まぁ、俺らの前に現れたのが運の尽きだ。殺して、持ち帰るぞ」
オークはこちらを見つけても特に警戒はしない。それはそうだろう、オークからすると脅威になる存在ではないのだから。
「この油断も戦場では使えそうだな」
「そうかぁ?俺は舐められるのは大嫌いだぞ」
「まぁ、俺も好きではない。ふぅ…今は隠す必要も無いからな。先に行っている」
ダッと駆け出していくイクザ。その動きは、とうに普通のコボルトを超越しオークすら目に追えない速さに至っていた。
「は、速っ、グッッ!」
「まず…一体」
身体を低くして、近くにいたオークに疾走。射程に入った段階で飛び上がり、その顔を両手に掴んで膝を叩きつける。膝は顔にめり込み、即死であろう事はわかった。
己に流れ込んでくる力もコブリンの数倍。それだけで、どれだけの力を内包していたかわかる。
「こ、この!コボルト風情がぁ!」
「貴様らはそれしか言えんのか」
仲間が殺られればコボルト風情がと叫ぶ。魔物に言葉のレパートリーなど期待しても無駄なのであろうが。
大きな巨体を利用して、イクザを押し潰そうと迫ってくる。
「ガハッ!?」
それを軽く避けて顔を蹴り上げる。顔が大きく上がり、数歩後ろに下がる所の腹に右腕をめり込ませる。しかし、こちらは厚い脂肪の下に秘める筋肉に阻まれて出ごたえはない。
「グヌゥ…貴様ら…本当にコボルトか…」
「他に名称があるなら教えてくれ」
これは実験だ。何が有効で何が効きにくいかを調べ無ければならない。
速さではコボルトに軍杯が上がるが、それ以外は全てオークだ。どうするかと攻撃を避けながら一つずつ試していくのであった。
「ほぅ…やはりイクザは頭がおかしいのだな」
クックと笑いながら、オーク相手に得者無しで戦っているイクザを見て、そう評する。
「…王でも無く戦士でも無い、あれはまるで生粋の格闘家だな。…なんて顔をしているのだ、戦闘狂め」
自分より遥かに大きなオークと戦うイクザの顔は、笑っていた。そのスリルを楽しむように、心から。
「そんな顔をされたら………こちらも楽しくなってしまうだろう!」
フゥーハッハッハッ!と高笑いをしながら両腕を上げる。
「オーク共よ!喜べ!俺は今、気分がいい!その目で俺の全力を見れるのだ!泣いて歓喜して、死ね!」
その背後から10を超える魔法陣が現れる。その魔法陣の光が強くなっていき紅い真紅の火球を放つ。
「こ、こいつ!魔術師だ!不味い!にげ、ロォ!?」
10を越える火球はオークの巨体を焼き、3体を即死させた。
「ふぅむ。塵も残さずやるつもりであったが……」
一瞬で丸焦げにした火力は凄まじいが、流石にオークは大きい。その身体は残ってしまった。
「まぁいいか。おい!そっちはもう終わるか?」
「ぬっ?終わったか。少し待て、すぐに終わらせる」
その言葉通り、ボロボロの2体のオークはすぐにその命を絶たれる。
「すまない、待たせたか」
「いや、面白いものを見れて満足だ」
「そうか。それより、ギルが出したものは…」
「魔術だ。俺は天才だからな、自力で編み出した」
「それは…凄まじい才能だな。それとも、そういうものなのか…少なくとも俺は出来ない」
「俺も俺以外に出来るやつは見た時はねぇよ。つまり俺だけだ。俺が唯一無二の存在。つまり王だ」
「うむ、理論の飛躍が見られるが確かに凄い」
この後、数体のオークを倒した為に警戒が強くなりここらで切り上げることにした。
里に帰った後モチに淡々と説教されたのは言うまでもない。ギルも、無言のアルの圧力に屈してすまないと謝り倒していた。何とも情けない王と長の2人であった。
更に1月が経つ。周辺のコブリンの群れを全て傘下に収めたギルは400超える数のコブリンとそれを養えるだけの領地を持つの王になった。戦闘員も充実し、200を超えるだけのコブリンを動員出来る。
一方コボルトの方も順調に数を増やし総勢400近い数になり、戦闘員は300とコボルト戦闘民族化が着々と進んでいた。また、コブリンからの装飾品の作り方や武器作成のやり方によって別方面からも戦力を増強させていた。
この同盟は両者が思ったより、互いの交流が活発になり仲は良好である。そしてギルとイクザの謎の相性の良さもあいまって互いの苦手を補いながら勢力をかなりの勢いで伸ばしていた。
そんな時であった。オークの集団が攻めてきたのは。