同盟と群れの吸収
「コブリンの群れの使者というのはお前か?」
里の前に立ち、俺はゴブリンの群れからの使者であると叫ぶゴブリンがいると報告を受けたイクザ。その使者という者を拘束し、イクザの前に出す。
「………」
「何か答えたらどうだ?ゴブリンさんよ」
勿論イクザ1人では無い。周りにモチとツキが身辺警護と情報の共有のためにその場にいた。ちなみに、キミテは暫く妊娠期間のために大人しくしている。
「誰がボスだ?」
「……テメェ…」
拘束されて身動きが取れない状態のはずだと言うのに、その態度はどこまでも不遜であった。まるでこの程度の拘束は無意味で、モチ達を脅威ではないと言っているようなものだ。
「いい。気にするな。俺がこの群れの長をやっている、イクザだ」
「へぇ…お前が……」
ニヤリと笑い、値踏みをするようにジロジロと無遠慮に見る。その態度にモチが余計にイライラとするが相手にそれを気にする様子は無い。
「まぁ、及第点か。ちなみに俺がどんな用向きで来たか分かるか?」
「テメェ!いい加減にしろよ!」
ついにモチがキレる。肩を怒らせてコブリンに近寄ろうとする。不遜な態度で怒ったというより、イクザを及第点だと侮辱したことによって堪忍袋の緒が切れたのだ。
「モチ!いい!気にするな!」
「だが…」
「俺がいいと言っている。これ以上言わせるな」
「…分かった」
その様子に、口笛を吹いてふざけた様子で賞賛する。
「ほう、凄いじゃねぇか。自分より強い奴を完全に従えているなんて。教えて欲しいねぇ、その手腕を」
イクザの眉がピクリと動く。一目見ただけで、モチがイクザより強いと看破した。それだけで只者ではない事はわかる。
「最初の質問に答えよう。同盟か?」
「へぇ?どうしてもそう思う」
「最初は停戦かと思った、それか降伏。俺達は自惚れ抜きでそれほどゴブリン達の群れをいくつか追いつめている。しかし、お前は違う。お前のような力のあるコブリンがいる群れは知らない。つまりまだ争っていない勢力だ。そこから来る使者ならば宣戦布告か同盟くらいしかない。後は消去法でわざわざこの森で宣戦布告などしないだろ?なら、同盟だ。目的の方は詳しくは分からないがな」
「…クックックッ…ハッハーハッハ!最高だ!お前!頭もだいぶ切れる。及第点と言って悪かったな、文句無し満点だ。その通り、目的は同盟だ。ただ、まぁ一つ外れているとしたら」
麻縄で拘束された上半身を力ずくで解く。コブリンにしては大きな外套きてフードまで被っていた為によく顔が分からなかったが、それも脱ぎ捨てた。
「俺がその群れのボスだってことだ」
その格好は、コブリンにしては酷く人間じみてあた。装飾の施されたズボンに虎の皮のような模様の腰巻、引き締まった筋肉にベストを羽織り、コボルトではないもっと大きな生き物の犬歯が目立つネックレスをつけている。
「んん?あぁ、これかぁ?俺はゴブリンの王になる者だからなぁ!格好には気をつけないといけねぇ」
ふふんと得意げにその自慢の服を見せびらかす。その様子に悔しそうに唸るモチ。
「イクザ!俺達も着飾るぞ!」
「一々張り合うな!面倒くさい!」
とは言えコブリンのきらびやかな装飾に悔しさを感じるのはイクザも同じだ。あれだけの装飾品を作れるだけの群れを率いているということを暗に伝えているのだから。
「…話を元に戻す。同盟の件だ」
「っと、そうだったな。俺達の群れはな数は多いがろくな戦闘員がいねぇ。そのおかげでほかの群れに襲われても反撃出来ないことだって多い。だが、この服を見てもらえれば分かる通り技術者は多い。そこでだ、最弱と言われたコボルトをここまで質の高い戦闘員にした手腕と育成法を持つお前らと、高い技術力を持つ俺達。いい関係になれると思うぜ?」
「なるほどな。……その技術は惜しいが、断る」
「…理由を聞いてもいいかい?」
「その同盟はすぐに破綻し、お前らに潰されるからだ」
質は低いが数が多いコブリンの群れと、質は高いが数の少ないコボルトの群れ。利点は質の高さしかないのだ。その利点をコブリン側に伝えた時点で、相対的にアドバンテージが消える。そうなれば同盟など出来るはずもない。同盟とは力の拮抗するものにしか有り得ないのだから。
「やっぱり…お前は優秀だ。だが、俺も優秀だ。お前の心配する所をキチッと潰せる情報をプレゼントしてやるよ」
同盟を締結するにあたってネックなのが数の違い。
「俺らはこの森のお前ら以外のコボルトの群れをいくつか知っている。その場所も大体だが把握出来ている。それらの全てを取り込めたらお前らは俺らより大きい群れになるだろうよ」
「………」
それは…確かに喉から手が出るほど欲しい条件だ。それが本当なら飛躍的に群れを大きくできる。
「それに、だ。もう一つあんだよ、この同盟を受け入れる気にさせる情報が」
「…それは?」
「俺らコブリンが争っている所より更に東に位置する魔の森の中央でオーク共が勢力を伸ばし初めた。東側に位置するゴブリンの群れがいくつか潰されている。あいつら、近いうちに来るぞ」
オーク前世の記憶では、豚の魔物で雑魚という扱いではない中級の魔物という扱いだ。この世界では知らないが、少なくともゴブリンやコボルトよりは強いのであろう。
「だから俺は早急に森のゴブリンを纏めてオークと戦争しなければならねぇ。…オークは強い、コブリンならそこそこ強いの5体でやっと一体のオークと互角ときてる。コブリンを総動員しても勝てるか分からねぇんだ。もっと言えば、そん時にはお前らに構ってる暇なんて無い。どうだ?これで安心したか?」
「………あぁ。全ての不安材料は消えた。数個の条件をのみさえすれば同盟を約束する」
「…それは?」
「簡単な話だ。その他の群れのコボルトを先に俺らの傘下に加えてから俺らが、戦闘技術を伝える」
「わかった。それだけなら問題は無ぇ」
「なら、同盟は締結された。よろしく頼む、コブリンの王」
「ギルだ。コブリンの王は名前じゃねぇ。よろしく頼むぜ、コボルトの王イクザ」
互いに近づき、固く握手を交わす両者。この同盟は当初2人が思っていたよりも遥かに長い物になるなど、この時にはまだ分からない事だった。
ゴブリンのギルが率いる群れの支配地の近くにイクザとモチは来ていた。他にあるといういくつかのコボルトの群れと接触するために、ギルともう一体の身体の大きなコブリンの案内を受けていた。
もう一体のコブリンの名はアルというらしい。ギル曰く、無口で余り感情を表に出さないがその実力は信頼出来るらしい。要は、ギルの信用できる側近だ。
「あそこらへんだ」
「本当におおまかにしか知らないのか…」
「俺はともかく、他のコブリンじゃ追いつけないからな。別に狩ってもたいして実入りがねぇし、無視してる」
そこは森の中にしては少し開けた地形で、足が速いコボルトからすると逃げるのに適している。広さもそこそこで、なるほどここだったらいくつかのコボルトの群れがあるという話も信憑性がある。
「じゃ、後はお前らがやれよ。俺は里に戻る。終わったら教えてくれ」
俺はそこそこ忙しいと言いながら、自分の群れへ戻っていく。戦闘技術を教えるのはコボルト達を出来るだけ傘下に収めてからという約束をしたのだ。その間、自らの里で終わるのを待っているらしい。
広い開けた地形を眺め、どうしたものかと悩んでいたが。面倒になり、とりあえず走ることにした。走っていれば何かに会うだろうと。
「とはいえ…これほど早く会えるとは」
走り初めて1分。もう見つけた。探す手間が省けて良かったと喜ぶべきかもしれないが、これほどコブリンの群れに近い距離にいた同族の運の悪さか頭の悪さに微妙な気持ちになる。
「ん?あんた見ねぇ顔だな。どこの群れからはぐれた?」
こちらに気がついたその群れのコボルトの1人がこちらに近づいてくる。同族にはそれほどの警戒心は抱かないのがコボルトだ。
「しいて言うなら西のはずれか」
「西?うちらの群れが1番西のはずれなんだが…?」
怪訝そうな顔をするコボルト。ここ以外にコボルトの群れは無いと思っているらしい。そう考えると元々我々の群れはどこから来たのだろうという疑問が湧くが、どうでもいいかとすぐに考えるのをやめる。
「おい、イクザ。あんまり遊ぶな。おい、そこのお前。ここの群れの長を呼べ」
「なんであんたの命令を聞かなきゃ」
「嫌だってのか…?」
「は、はいぃ!」
ドスの聞いた声で脅すモチ。その相貌と相まって、前世のヤクザみたいなガラの悪さと迫力だ。それに、やられて涙目で駆け出していく。
「…………遅いな…」
その足は遅く戦闘経験など無い事が分かった。他の群れには戦えるものはいないという予想が早くも当たりそうだと、取り込みが楽だと思うと同時に情けない同族に少し悲しくもなったのだった。
「客人というのはお前達か?」
「客ではないがな」
そこに現れたのは、壮年のコボルト。年季の入った皺が顔にいくつか刻まれているが、身体はまだ動くと言った感じだ。
「客ではない?なら…」
「単刀直入に言おう。俺に降れ」
「何を言っている?降るというのは…どういう」
「言葉通りの意味だ。俺の軍門に降れ」
あまりに唐突な降伏勧告に絶句するコボルトの長。頭の中で色々と考えが巡り、最後には顔を真っ赤にして拒否する。
「断る…!だいたい貴様らはどこの群れのものだ!」
「……コブリンや他の種族にもこの位の啖呵をきれれば格好がいいというのに…」
重い溜息を吐くイクザに、更に顔を赤くして吼える。その剣呑な雰囲気に群れのコボルトが心配そうにこちらを見る。
「答えろッ!!」
「そうだな…さっきも言ったが西のはずれの森からだ」
「西の…はずれ…はっ!貴様ら!もしかしてロクダの群れの末裔か!」
ロクダ?なんだそれは。知らないぞと、モチの方を見てみると必死に頭を捻り何かを思い出したようだ。
「……確か…先々代の長が…そんな名前…だった…ような?」
「そうなのか」
変なところで自分達のルーツを知れた。この地からだったらしい。心底どうでもいいが。
「この地から追い出された出来損ないの群れの末裔が!ノコノコと戻ってきて、軍門に降れだぁ!分をわきまえろ!この地には序列があるのだ!最底辺が!調子にのるな!」
「はっ…」
顔を真っ赤にして喋っているなか申し訳ないが、あまりにくだらない内容に笑ってしまった。しかも、これはタチが悪い。笑いは更に大きくなっていく。
「な、何を笑っている!」
「いや、すまない…ックック。あまりに小さく哀れでな」
「こっ…の……これ以上愚弄するかぁ!」
「あぁ、もう面倒だ。これは口で説明するより、壊した方が早い」
「どうすんだ?」
同じく忍びを笑いをしているモチが聞いてくる。そんなのは決まってる。
「潰す」
「はいよ、リーダー」
モチがガラの悪そうな大股で長にズンズンと近づいていく。……あれ、気に入ったのか?
「おい、うちの長はあまりに面倒なのが得意じゃねぇ。手っ取り早くいこうぜ?白黒つける方法をそっちで決めろ。それにこっちが勝ったら降れ。な?」
「ぐっ、顔が近い!いいだろう!この地に伝わる神聖な木ノ下で決める!出来損ないの末裔の貴様では逆立ちしても勝てないだろうがな!!」
逆立ちしたらもっと勝てないだろうと、本当にどうでもいいことを考えるイクザ。しかし意外であった、コボルトにもこのような人間のようなしがらみがあったとは。
「では俺が…」
「いや、待てよイクザ。お前が出るまでもねぇよ。俺にやらせろ、圧勝してやる」
「……任せる」
モチはモチなりにどのようにすればイクザをより強く魅せる事が出来るかを考えている。ここでイクザが出ても圧勝できるが、モチが出て圧勝して見せてイクザはもっと速いのだと言えば、それを見ているコボルトの中で半分神格化される。それを狙っているのを、イクザは感じ取り素直に退く。
「しかし一つだけ言っていいか?」
「ん?なんか言う事あんのか?」
「あぁ、木ノ下についてなのだが…」
群れの者が不安そうに見守るなか、その視線を一手に集めて声を張り上げる。
「我々が勝ったら軍門に降ると同時に、木ノ下を廃止する!これは負け犬の伝統だ!このようなもの魂が腐るだけ!俺の群れにはいらない!」
常々思っていた。逃げ足の速さを競う競技など、コボルトの負け犬根性をより助長するだけ。
「変わりにどうしても決まらないときには両者の合意の元、決闘で決着をつけろ!我々は魔物だ!強き者が我を通せる!」
「あ…あまりにも不敬だぞ!!長く続く伝統が…」
「それが無駄だと言うのだ。伝統、決め事、しがらみ、序列。その全てが悪とは言わない。だが弱き者同士集まりその中で揉め事をやっているのはあまりにくだらなく、小さい!コボルトが矮小なのではない、矮小なのはその弱き心!俺が砕いてやる。その全てを!そして築く!新たな伝統を!強いコボルトを!」
「っ!」
その瞬間この場の視線の全てをその身に集め、本来反論するはずの長すらその目と心を奪われた。
「いま我々それを実践している。証拠を見せてやる。モチ、圧勝しろ」
「クック。はいよ、リーダー」
惚けた目でイクザを見るコボルト達を見て、忍び笑いを堪えているモチが前にでる。
「………ハッ!くっ、夢物語を…。カキ!出てこい!この群れで1番速いお前の力を魅せてやれ」
「……………」
「カキっ!」
「あ、あぁ。わかった」
惚けていたコボルトの集団中から出てくる細身だが、引き締まった筋肉があるコボルト。通りすがるときも、イクザの方を見る。
「いいかカキ!絶対に負けるなよ!貴様が負けたらそいつらの下になる!」
「下にはしない。俺の群れに加えるだけだ」
「黙れ!カキ!頼むぞ!」
適当な木を決めて、互いに軽くジャンプしたり身体を動かす。
「……あなた方は…」
「ん?なんだ?」
「いえ…本気で行きます」
「…お前…いい奴だろ。なんとなく分かる。頑張れよ、俺が勝つけども」
互いにスタート位置についてカキが号令を発する。なるほど、流石は群れ1番なだけはある。その速さは、最初のキミテと同じかそれを超える。だが、それだけだ。
「……お前、才能あるぜ。さて、これでお前らは俺らの群れの仲間だ」
「…やはり手も足もでませんね」
結果はモチの圧勝であった。始まって、コンマ何秒かでカキを抜き去りその差をどこまでも広げていっての勝利だ。
「な…なっ!カキ!貴様!手を抜いたのか!?」
「そんなわけないでしょう。長も見たら分かるはず、あれは僕が走った中で1番速い。それでも負けたんだ」
「ぐぬぬっ!」
悔しそうに唸る長。約束は約束だ。これより、この群れはイクザのものだ。
「これが逃げ続けたコボルトと戦うことを選んだ俺達との差だ。群れを取り戻したくば、戦え。これよりこの群れで始める新しい風習、決闘で俺を打ち倒し、俺を長の座から引きずりおろせ。俺はいつでも挑戦を受け入れるぞ」
「っ!…グゥ!」
膝をつき悔しそうに唸る長だった者。その目には諦めの色は浮かんでいない。再起をはかる雄の目だ。伊達に長はやっていないのだろう。反骨心は普通のコボルトよりだいぶ強い。
こうして総勢50体近い数の群れを傘下に収めた。その群れの元長に案内され、他の群れにも接触次々に軍門に降らせたのであった。
不承不承と言った感じの元長、名はツチというらしいが。3つめの群れからノリノリになってきて、モチと同様に古参みたいな雰囲気を出しながら他の群れのコボルトに説教していた。
あれはあれでこの面倒な、しがらみだらけのコボルト同士の体制を嫌に思っていた所があるのだろう
そうして1日かけて全ての群れを傘下に収める事に成功した。その数は300近い。群れの規模は一気に10倍に増えたのであった。
「ぬっ、戻ってきたか。一つくらいは傘下に収めたか?」
「いや、全部終わった」
「……はっ?」
コブリンの里のギル専用の部屋という所に案内されてそこに入る。ギルは複数個ある群れを傘下に収めるのは短くても1月はかかるだろうと覚悟をしていたが、まさかの言葉にすぐに冗談だと考え直す。
「…ハッハッ!冗談が上手いな!その分だと今日は収穫なしか?」
「俺は冗談好きじゃない。本当だ」
「……馬鹿な…外にいるのか?」
「あぁ、流石にまだこの群れに入る勇気はないから外れにいるが」
「行く…」
部屋から出てイクザの案内の元、外れに到着する。
「なっ……」
「明日からコブリンと一緒に訓練を始める。それでいいか?」
群れの外で蠢くコボルト達の群れ。不安そうな表情を隠せないでいるが逃げ出そうとするものもいない。
「流石の俺も言葉を失う。恐ろしい奴だ貴様は。クック。俺と並ぶ才を持っているらしいな!」
どこまでも自信過剰のギルの高笑いが里に響くのであった。