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初めての死闘

2話です。結構話によって文字数にだいぶ偏りがあります。


 コブリンも人間と同じで顎にクリーンヒットしたらかなり効くらしい。顎を打ち抜かれたゴブリンは、横に吹き飛ばされて倒れ、ピクリともしなくなった。


「フゥー」


  深く息を吐いて、もう一体のコブリンの方を向く。上半身の腕力ならばゴブリンの方が強いが、下半身はコボルトの方が強い。伊達に逃げ足が速くないのだ。


「ガァ!」


 仲間がやられた事に動揺しているようで、動きが鈍い。ならば今のうちに片をつけると、今度はコブリンの胸当たりを押し蹴る。


「ガハッ!?」


 コボルトの脚力から繰り出される一撃に大きく吹き飛ばされるコブリン。しかし、これは見た目は派手だが威力は対して無い攻撃だ。ただ、その場から退かすだけの攻撃だと思っていい。


「行けっ!」


 ねぐらの道を塞ぐコブリンはもういない。イクザが叫ぶまでもなく走り出したコボルト達。どこまでも己の生に貪欲だ。


「……おかしな奴…」


「お兄ちゃん!速く!」


 次々に逃げ出すコボルト達。その中に、モチとツキもいた。こちらを見て、逃げる脚を緩める兄にツキが背中を押す。


 もう、ねぐらに誰もいないだろうと思っていたイクザであったが。誰よりも逃がしたい者がその場に残っていた。


「…グルルゥ。何をしている…速く逃げろと言っただろうが!!キミテ!!」


「あの…え?闘ってるの…コボルトが?…いや、それより、イクザ!ねぇ!一緒に逃げ「うるさい!!速く行け!」


 無性に腹が立つ。何のために命を張っているのか。それを理解していないのかと。というより、コボルトが戦っていることに頭が追いついていけていない。思考がフリーズして、身体が動かなくなっていた。


 ただ、それでも1人で逃げるのではなくイクザと一緒に逃げるのだという思いは変わらない。だからこそ、待ったのだ。


「い、嫌…一緒に…」


「この…馬鹿が!俺が!何のために!」


 耳をぺたんとして、初めてみるイクザの本気の怒声に萎縮し怖くなるキミテ。涙が溢れて止まらなくなり、ダッと走り出す。


「イクザの…馬鹿ぁ!」


 キミテが、その俊足を存分に発揮して数秒もしないうちに逃げる仲間の集団に合流する。それを見届けたイクザの頭にゴッという音と共に鈍痛が走り、生暖かい血が額から流れ落ちた。


「コボルト風情が…よくも」


 それは、二体目のゴブリンが投げた石であった。胸を苦しそうに抑えて立ち上がり、棍棒を構える。


「…コブリンも大差無いことは分かった。来い、貴様の意識も刈取る」


「足技にさえ、気を付ければコボルトなんて怖くはねぇんだよ!」


 左手に持った石を投げつけ棍棒で殴りかかってくる。石は頭を横に移動するだけで避けて、迎え撃つ。


「…試してみるか?」


 タッタッと足で軽くジャンプしながらリズムを刻み、俗に言うファイティングポーズで構える。コブリンの振り回される棍棒を後ろへのステップで躱して、軽いジャブを2発放つ。


「シュ!」


  自然と口から出る鋭く空気を吐く音。それと共に放たれたジャブは顔面を捉える。振り下ろした棍棒を再度振りあげ、次の攻撃に移ろうとした瞬間を捉えた。それはコブリンの攻撃の起点である、出鼻を完全に潰した。


「……ン…ガァ…」


 軽いとはいえ顔面に当たった攻撃は驚きと共に目の前を一瞬ブラックアウトさせ、動きを完全に止めた。ニヤリと、顔がにやけるの止められない。この、()()()、瞬間はゾクゾクと背筋が歓喜に震える。最高にドーパミンが出て、最高にハイになり、最高に感覚が研ぎ澄まされ、最高に気持ちがいい。


 こんな感覚は初めてのはずなのに、酷く()()()()


「けーおーッ!だ!」


 一瞬で勝負が決まるりんぐ上の戦いでこの間は致命的だ。イクザは大きく前に出て身体をバネのように引き絞り、上半身の単発攻撃最強のインパクトを誇る、右ストレートをゴブリンの顔面に命中させた。


 ぐろーぶ、のしていない右手には鼻の骨を折り、メキメキという頭蓋が軋む音を確かに感じた。そして、顎を打ち抜いた瞬間とは別に、これも意識を刈り取った確信があった。


「……グ…ガァ…ァ…」


 棍棒を取り落とし、仰向けに倒れるコブリン。これも起きてくる気配はしない。完全なノックアウトである。


「フゥー!」


 息を吐き、右腕を高く上げる。コブリンを降した、しかも二体も。


「やれる…俺は…強い…!」


 コボルトは逃げるだけの存在でも、最弱でもない。少なくとも身体はそうだ。それが証明された。


「っと、そうだった。まだ、コブリン共はいたな」


  里が襲撃されている。突発的に見つかったという感じではない。事前に見つけ、計画を立てていると考えて間違えないだろう。


 敵コブリンのリーダーは優秀だ。単純な者が多いコブリンでは里を見つけたら1人でも乗り込んでくる。要は馬鹿が多い。二兎追うものはなんたらという言葉は知らない種族と言ってもいいのだが、それが無く、計画的行動できているなら。


「ねぐらと逃げ道の封鎖…」


 里のねぐらは全部で3つ。一つに二十体程がいて、先程イクザとキミテ達が使っていた比較的に若いコボルトか多いねぐらだ。それは里の奥にあり、それすら塞ぎにきたということは他二つのねぐらはもう絶望的かもしれない。


「……確認が先だな」


  とりあえず、確認しなければ分からない。奥を最初にしたのかもしれない。それに、コブリンの数だって分からないのだ。先程二体を戦闘不能にしたが、それでも10体同時に戦って勝てると思っているほど自惚れてもいないのだ。


 犬死はしたくない。勝てない時は無理に戦わない。その代わりに、1度戦いを挑んだならそれは絶対に退かない。それは、それだけは()()()()()()()


 里の中を移動し他のねぐらの様子を確認してみる。予想通り、二つのねぐらにはコブリンが20体近くいた。また、他の10体はイクザ達のねぐらに向かっているのが見える。大体、一つのねぐらにつき10体が担当すると考えていいだろう。


「………やれる…」


 こちらに向かってくるコブリン10体もまとまって向かっているわけではなく、バラバラに進んでいる。我先にというより、コボルトを逃がさないように広く囲むように進んでいるつもりなのだろう。


  やはり、敵ゴブリンのリーダーは優秀だ。コボルトが戦わないという大前提があるのならば、この戦法は非常に効率がいいだろう。


「ハッ!」


 しかしその前提が崩れれば、それは各個撃破を誘発する非常に脆い陣形だ。その脆弱性を見抜き駆けだしたイクザは次々とコブリンを奇襲、今度は確実にその命を刈り取っていく。


「いいぞ…!」


 その身体は高揚していた。逃げるだけだった生活からおさらばでき、コブリンとの闘争ができるようになった己に()()()()()()()()


「……なんだ。これは」


「…新手か」


  何体目かのコブリンの顔面を蹴り砕いた時に、新手のゴブリンが出てきてその異様な光景に驚き、呆然と呟く。


「…貴様がやったのか?コボルト如きが…」


「試すか?」


 他のコブリン達と同じように構えて、リズムを刻む。目の前のゴブリンは、身体中に傷がある歴戦のコブリンと言った見た目だ。醸し出す雰囲気も、構えも他のコブリンに比べて隙は少ない。


「……珍しいコボルトもいたものだ…しかし、ゴブリンには勝てぬよ()()()


「……ほざけ」


  最初から前に出て打ちかかる。牽制の意味合い左腕のジャブが軽くいなされる。この時点でただのコブリンではない。


「武器を持たぬか。拳だけとは酔狂な」


「それだけではないがな」


 牽制のジャブに、右ストレート。フック、アッパーなど色々と試すが全て躱されるか、棍棒でガードされる。その全ての動きが、最初より速く、鋭くなっているにも関わらずだ。


「これならばッ」


 拳の射程から少し後退し、離ざま蹴りを放つ。それすらも、棍棒によって打ち落とされる。足の膂力ですら、前のゴブリンに負けている。


「…何故、コボルトでは勝てぬと言ったか分かるか?勿論、基本能力は貴様らとはそうたいして変わらんのは分かっている。我々とて、最後の最後で足掻くコボルトに返り討ちに会うことだってあるのだからな。コブリンもコボルトも等しく、弱い」


「………」


「しかし、我々は貴様らとは違って()()()()。死ぬこともいとわず、というより考えつかずに闘いを挑む。それにより我々は敵の命を吸い、強くなっていくのだ。俺もそう、数多の同族の死体を乗り越えこの森で生き延びてきた。それが、逃げ続け成長の機会を失い続けたコボルトに負けるわけがないだろう」


 反論……など、ある訳がない。その通りだ。全くの正論である。前世でも練習をし続けた者が、サボった者に負けるわけが無いのだ。だが、


「それがどうした?俺は俺だ。今、闘っているのはコボルトではない。()()()()


「……己はコボルトではないと?」


「コボルトのイクザだ。だが、()()()()()()()()()()()()()


「……そのようだな」


 種族に囚われて、個人が見えていない。前に立っているのは、闘争を望むイクザという雄。それだけだ。それに、コブリンもコボルトも無いのだ。


「……………スゥ…」


「…………………」


 これ以上、話すことも無い。ここからは、闘争のみが唯一の対話となる。


 予感があった。厳しい戦いになるという。このゴブリンが言う通り、逃げ続けた己の身体能力は敵コブリン劣っている。


 唯一勝てる筋があるとすれば、前世の記憶にあるこの戦い方。それを信じて、()()()()()()()()()()()()()


「…ッ!」


 考えるのをやめ、魂の記憶に潜る。冴えていく感覚、動きがコマ割りのように遅く感じ、己の動きの無駄が消えていく。記憶にある、最適な動きに徐々に近づいていく。


「ヌラァ!」


 コブリンもまた棍棒を速く鋭く繰り出す。しかも、どのゴブリンよりもその一撃は重い。記憶の己はこんなもの簡単に避けていたが、まだそこまで達していない為に両腕でガードする。身体が浮き上がり、ガードごしからでも背中を突き抜ける衝撃。


「…まだ…」


 記憶の己はもっと速かった。まだまだ遅い。もっと速く、強く、鋭く、敵の攻撃の射程を抜けて前に出る速さを。


「…まだまだ…」


「ヌッ!?」


 遅れていた攻撃が、噛み合い始めた。棍棒の攻撃を避けて、こちらの攻撃も避けるコブリン。互いが持つ重い一撃を 、耳元で風を切りながら避けていく。時折、必殺の一撃を持つ棍棒と蹴りがぶつかり互いに体制を崩す。


「……お前…痛くは無いのか」


「痛い。でも、それだけだ。支障は無い」


「意味が分からない…」


 棍棒という武器を持つゴブリンと、無手のコボルト。互いにぶつかり合って、互角でもコボルトがダメージを受けるのだ。灰色の毛並みの上からでも分かるほど、赤紫に腫れた腕と足。


 前世の自分なら大丈夫でも、このコボルトの身体はまだ技に慣れていない。そんな技を連発していたら、先に身体が壊れるだろう。


 だが、それを無視して全力を尽くさなければ勝てない相手なのだ。


「…ッ!」


 骨は……ギリギリ折れていない。なら、折れるより先に前に出て勝負を決めにかかる。棍棒を構えて待ち構えるゴブリン。ガードを堅くして敵の攻撃射程に入る。


「終わりダァッ!」


 ゴブリンの会心の一撃は、己の左腕の骨を粉々に砕きその衝撃で顔も右に大きくはねとばされる。意識が飛びかけて、頭が真っ白になる。


 逃げ続けたコボルトの身体では、意識が飛かけるなど初めて経験だ。しかし、魂の記憶はこう告げる。


()()()()()()()()()()、だと。


  目に光が戻った。


「ガルルァァア!!」


  獣の如き声を上げて、更に1歩前に。まだ無事な、右腕で驚くゴブリンの顔面を打ち抜く。


「…ば…かなっ」


 会心の一撃。これで、右腕も力が入らない。しかし、奥の手はちゃんと用意してある。それに、勝ちに()()()感覚があった。


 右ストレートを顔面に受けて後ろに数歩下がる。その位置は()()()()最高の場所だ。


「…ルァ!」


「…グルァ!?」


 無防備な右側の顔を蹴り抜き、耐えきれずに横に倒れる。地面に打ち付けられた身体は一度に起こった攻撃の数々に反応し切れずに、未だに地面に倒された事さえ理解出来ていない。


「終わり、だッ!」


 その倒れた、頭を更に1歩出て蹴り上げる。首の骨を折った感触を感じ、事実首はおかしな方向を向きその身体は動かなくなっていた。


「グラァァァァァアアア!!」


  上がらない腕、それでも雄叫びを上げることで勝利を誇示する。何より自分に勝利を刻みつける。この死闘を制した事を忘れない為に。








「へぇ……珍しいのがいるね」


 その者はなんと呼べばいいのだろう。魔の森より東にいる魔王より、上位の存在。()というのが、一番近いかもしれない。


  この者こそ、コボルト、ゴブリンから最強と謳われる竜種まで、魔族と呼ばれる者達が崇める魔神、邪神と言われる存在だ。


「あのゴブリンは頑張っていたから微小ながら僕の加護を与えていたはず。()()()()にいる魔族なんて、あまりに弱すぎて殆ど加護なんてあげないから、そこそこ見込みあったのに。あのまま行けば、魔王軍の下っ端くらいになれたのかな?」


  楽しそうに、笑う。面白い者を見つけて興奮しているようにすら見える。


「なのに、あのコボルトは単身で倒した。どんなに手品を使ったのかな?あー!勿体ない。もっと速く見つければ良かった!ま、しょうがない。早速、どんなにのか見てみようかな…」


 どれどれと、呟きながら()()()()()()()()()


「なんだこれは…()()()()()()()()。コボルトとしてだけでなく魔術適正、武器適正も…これもこれも…全部」


  愕然とする。このような存在、生まれて今日まで生き残って来れたことが奇跡だ。コボルトとして、足も遅いはず。身体も平均より小さく、間違っても加護あるコブリンに勝てるような存在じゃない。


  なのに、勝った。今、勝利の雄叫びを上げている。満身創痍で、見ているだけで痛々しい身体で、吼えている。


()()()()()()()いいぞぉ!完全に僕好みだ!決めた!名は…イクザ!僕の加護を与える!もっと、僕を楽しませてくれよ!」


 最高の玩具を見つけたようなキラキラ光る目でイクザを眺めるのであった。


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