-40- 『ありふれた夏に誓う』
「もうそろそろ、か」
懐かしい風景を車窓の外に見て、自然と笑みがこぼれた。
夏だけど、夏休みではない。そして今度は、この町で住むことになる。
町の役場に就職が決まっており、俺は、大好きな町を直接、建て直すことが出来る立場になった。
夏が終わって、俺は九月から配属になるのだが、その辺はいいだろう。
「空が、高いな」
この風景は壊れていなかった。
パタリ。
俺は一人、本を閉じた。
駅のホームに降り立つと、あの日のような暑さが身体に刻まれる一方、夏なのに、この町はどこか涼しい。コンクリートが少ないからだろう。
駅を出ると、誰もいなかった。
「まさか、また用事とか……」
気になって携帯電話を取り出そうとした時、後ろから肩をつつかれる。
「……!」
振り向くと、少しは大人びた幼馴染の姿があった。
「……菜有」
「ふーくん、おかえり」
「ああ、ただいま」
「……ふーくんっ!」
感極まったのか、菜有は飛びついてくる。
「よかった……! 忘れてなかった」
「あたりまえだ。神経衰弱の時に言っただろ。記憶は得意なんだよ」
「……ふーくんったら」
「もう、お前を待たせないよ」
「うん……っ!」
太陽が、俺達を祝福してくれているようで、雲一つない晴天だった。
――そんな、ここに戻って来た時の事を、今更ながら思い出す。
「新婦、入場!」
教会の扉が開かれて、華やかな音楽が響き渡る。
俺の視線の先には、ウェディングドレスに身を包んだ菜有が、お父さんと一緒にゆっくりと歩き始める姿があった。
ゆっくり。ゆっくりと。
いま、彼女は何を思っているだろう。俺と同じように、あの、忘れてはいけない夏のことを思い出しているのかもしれない。
「ふーくん」
「……菜有」
すぐそばまでやって来た菜有と、俺は正面を見た。
正直、緊張で神父の言葉が耳に入らない。微かに、咲楽達の視線も気になる。
「では、指輪を」
「は、はい」
一度、こんな真似事をしたっけ。まさか、本当にこうなるとは。
震える手で指輪を薬指に通すと、菜有も顔を赤くして俺の指に指輪を通した。
「新郎は、いついかなる時も新婦と助け合い、共に生きていくことを誓えますか?」
「はい、誓います」
「新婦も、誓えますか?」
「誓います」
「では、誓いの口づけを」
改めて向かい合い、緊張してしまった。
深呼吸、深呼吸。
「い、いくぞ」
「うん」
菜有の肩を掴むと、彼女は目を閉じる。
は、初めてじゃないんだ。経験数が少ないって二人に笑われたけど、ここは、気張れ。
『……ふーまくん、菜有ちゃんを待たせないんでしょ?』
「……!」
声が、聴こえたような気がした。
そうだ。もう待たせない。
「菜有、愛してる」
俺は、震えている柔らかな唇に、自分のそれを重ね合わせた。




