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One's Summer  作者: 新増レン
一章「曖昧な、あの頃」
4/41

-3- 『変わった者と変わらぬ者』

 

 この町で久しぶりの朝。うだるような暑さで目覚めたのが印象的だった。

 今日も暑くなりそうだ。窓から差す日差しが一層強く感じられる。

 夏だ……。


「お~い、ふーくぅん!」


 ドンドンと扉を叩く音が聞こえる。

「ん~」

「まだ寝てるの? だらしないなぁ~、ふーくんは。開けるよ?」

 返答も待たずに扉が開かれる。そこから現れたのは、普段着の上にエプロンを着た菜有なゆで、片手に調理器具を持っている。

「なんだそれ。まさかとは思うが、料理でもするのか?」

「そうだよ」

 半ば冗談で訊ねたつもりだったのだが、本気の返答に言葉に詰まった。

 しかし、よく考えてみればわかることだ。

 菜有の両親は町の商店を経営しているから、朝から夜までほぼ家にいない。その為、家のことは昔から菜有がしていたし、こうしてエプロン姿で料理をしているのも頷ける。

「……ごめん。手伝うよ」

「~~!? きゅ、急にどうしたの?」

「いや、俺は一応、ここに泊めてもらっている立場だし、それくらい当然だろ」

「……関係ないよ。だって、ふーくんは家族も同然だもん。今呼びに来たのだって、ご飯出来たからだよ?」

 既に、終わっていたようだ。

 どれくらい寝たのかと壁にかけてある時計を見ると、まだ朝の七時だった。

「菜有、何時から起きてるんだ?」

「朝の四時。もう習慣だからね~~」

 昨日は散々失礼なことを考えたが、頭が上がらなかった。

 とにかく着替えを済ませてから、居間に向かうこととなる。


「おぉ……」

 食卓を見て、最初の一言がそれだ。

 完璧な朝食が並んでおり、誰しもがそれに空腹をなじられると思しき光景だった。

「ふーくんはそこね。箸も買っておいたよ」

「そんなに俺が来るのを楽しみにしてたのか?」

「もちろん~~。久しぶりだし、こうやって泊まるのってあまりなかったからね!」

 そうだったかもしれないな。

 しかし、今はそれよりも目の前の朝食に気をとられて仕方がなかった。

 椅子に座ると、香りがよりいっそう届いてくる。

 本当に美味しそうなんですが……。

「これ、菜有が一人で作ったのか?」

「そだよ?」

「料理本も見ずに?」

「あはは。そんなの見てたら、時間たんないよ?」

 菜有は冗談と受け取ったのか、小さく笑った。そして箸を取り、手を合わせる。

「食べよ?」

「あ、ああ」

「「いただきます」」

 感想……驚くほど美味しかった。その一言に尽きる。



 食事も終え、食器洗いも終わり、俺達は一度居間に集まっていた。これからどうするのかという相談だ。

「やっぱり、公園の方に行こうよ!」

「……この歳で、公園か?」

「公園は年齢制限ないよ?」

「そうじゃない。体裁の話をしてるんだ」

「てーさい? どこの地方? 都会では有名なの?」

 あー、頭痛い。

 料理は完璧だったものの、やはり菜有は菜有だった。

 だからこそ、この頭痛も嬉しさの悲鳴に感じられる。

「公園以外だと、神社とか?」

「神社か……」

 小学生の頃、通い詰めるように遊んでいた場所だ。神主がいるわけでもない見放された神社。今思えば、よくあんな場所で遊んでいたものだ。若さは恐れを知らないらしい。

「行ってみるか。……懐かしいな」

「うん。そんじゃ、みんなに連絡しとくね!」

「……みんなって、あそこで集まるのか?」

「その方がウチ達っぽいもん」

「まぁ、そうだな」

「決まり! 連絡しとくから、出かける準備しててね。行けるようになったら呼ぶから!」

「あいよ」

 会議はこれにて解散となった。俺は部屋に戻り、待機するだけだ。

 部屋に敷きっぱなしになっていた布団を片付け、することもなく寝転がった。

 天井を見て、懐かしむ様に昔を思い出してみる。

 この家に来たことは何度もあったから、この部屋に入ったことも多分あっただろう。

 その時は、俺と菜有だけの時もあっただろうし、これから会う予定の彼らが一緒だったこともあっただろう。

 俺達はいつも四人で、この田舎町を駆けまわっていた……はずだ。


 しかし、何かが引っかかっていた。昨日味わった「何かが抜け落ちた感覚」だ。


 そうだったはずなのに、どこか断定できない。実はそうではないのかという錯覚のような何かが、俺の言葉を制限している。

「……なんだろうな、これ」

「ふーく~ん! 二人とも、来れるって~!」

 今日も分からず仕舞いのまま、菜有に呼ばれて思考を停止した。



 菜有の家からだと、歩いて十五分程度の所にそれはある。田んぼが広がる景色から一変して、木々が広がる場所。その中に、神社がぽつりとあるわけだ。

「どう? 懐かしい?」

「ああ。あの狛犬、怖いくらい覚えてる」

 顔が半分砕け散った狛犬。

 小学生の時は、どうして怖くなかったのだろう。そしてあれは、神社的にどうなのだろう。

 ……ここはミステリースポットに名を連ねていないだろうな。

「そろそろ到着だって! 連絡来たよ」

 菜有は携帯電話を開いてそう言った。

 俺達は二人を待つことにした。

 神社の境内はそれほど荒れておらず、割ときれいな状態で、まるで俺達を待ち受けていたかのようだった。思い込みか。

「そういえば、あの二人とはまだ仲良いんだったか?」

「うん。同じ高校だよ」

「変わったのか? 二人とも」

「う~ん、どうだろ? ずっと一緒だから違和感ないけど……」


「お~い、二人とも!」


「あ、来たよ!」

 声がした方向を見ると、木々の隙間を縫うようにして二人がやって来た。

「お、もしかして楓馬ふうま? 全然変わってないじゃん」

「………………そう言うお前は、別人みたいに変わったな」

「そっかなぁ? 気のせいじゃない?」

 先に声をかけてきた男の方は「西園にしぞの善治ぜんじ」。

 昔は泣き虫で、すぐ俺の後ろに隠れていたような奴だったが、今はどうしたことか。都会の若者ファッションに身を包んで、少しカッコいい雰囲気を醸し出している。傍から見れば、俺の方がダサいだろう。

 背もすらりと伸びて、俺より高くなってるし。

「なんかさ、楓馬は全然変わってなくて安心したなぁ。いよぉっ、いぶし銀!」

「からかっているのか?」

「じょぉだんだよ! 怒った?」

 こいつ、こんな鬱陶しい性格だったか?

 殴りたい。

「楓馬。そんな阿呆に構ってないで、こっちに顔を見せなさい」

「阿呆って酷いなぁ! 咲楽さくらちゃんっ」


 ブチッ!


 あ、そういえば……名前を「ちゃん」付けで呼ぶのは御法度じゃなかったか?

「西園……夜道、気をつけなさいよ?」

「ひぃ~! おまわぁりさぁ~ん!」

 善治はわざとらしく叫んで菜有の後ろに隠れた。これには怒った彼女も呆れて、追うことはしない。

「ごめんね、楓馬。せっかく久しぶりなのに、あんな馬鹿の相手しちゃって」

「あいつ、あんな感じだったか?」

「全然ッ! でも急にああなったのよ。高校デビューってやつかしら」

 そうか。高校デビューだったんだ、あいつ……。

「今じゃ女子にモテて有頂天なの。何がいいのかしらね、あんな猿の」

 そう言って善治を蔑視するのは「天来てんらい咲楽」。

 俺と同じくらいの背丈で、生まれ持った茶髪がきれいに編み込まれている。纏っている清楚な服の上からでもわかる程スタイルもよく、善治とは違った意味で異性から人気が出そうだ。

 彼女は昔からこうだった。凛としていながら、どこか話しやすい。

「まあ、あいつと同じ意見はヤだけど、変わってないわね、楓馬」

「……だろうな。俺は昔から地味だったから」

「自覚、あるのね……」

「そこを真剣に驚くなよ」

「ごめんごめん」

 咲楽はそう言って笑った。見た目とは裏腹に、話しやすくて助かる。

 こうしてみんな集まったところで、俺はまた先程の感覚を蘇らせていた。

 だが、それも善治の一言にかき消される。

「いやぁ、こうしてみんなで集まれるなんてねぇ。ぼく達、運命の糸で結ばれてるんじゃない?」

「そうだとしても、あんたとだけは結ばれたくないわね」

「いやぁ~厳しいなぁ、咲楽ちゃ……咲楽」

 善治はホッと肩を撫で下ろしている。どれだけ馬鹿なんだ、アイツは。

「――とまあ、みんな集まったけど、これからどーすんのさっ」

 そう言って善治は菜有を見た。俺や咲楽も、釣られて見てしまう。


「どうって、なにが?」


「なにがって、神社に集まろうって言ったのは菜有だぞ! ノープランなのか?」

「え、うん。そうだよ?」

「「「………………」」」」

「だって、昔は何も考えなくても、ふーくんが遊びを考えてくれたもん」


 ――なにその責任転嫁!


「確かに、楓馬が色んな遊び提案してたっけ」

「そうね。今回も楓馬に考えてもらいましょうよ」

「どうしてそうなった。俺はここに昨日着いたんだぞ? 昔みたいに急に遊んでも、実感湧かないだろう!」

 そう叫んでみるが、彼らはそうではない様子だ。

「久しぶりだけどさ、やっぱりここに集まると楓馬が何か言うのがキッカケでしょ」

「うん。『ゼンくん』の言うとおりだよ。ふーくん!」

「だからそのゼンくんって呼ぶのやめてよ、菜有ちゃん! 恥ずかしいって」

「え? だってゼンくんだもん」

 善治も、俺と同様に撃沈していた。

 ――しかし、急に遊びを提案しろと言われても、娯楽施設の乏しい田舎町で出来ることは限られてくるだろう。

「逆に、お前たちは何がしたいんだよ」

「ウチはね、どこか行きたい!」

「善治と咲楽は?」

「ぼくはぁ、楽しければ何でもいいかな」

 そのままで十分楽しそうだけどな。

「あたしは、何でもいいわよ」

「そう言うのが一番困るんだが……」

「そ? この面子で何かするなら、絶対楽しいわよ」

「……まあ、それもそうだな」

 小学生の頃はこの四人で色んなことをしたけど、つまらなかった記憶はない。

 ……でも、おかしいな。


 何か、忘れている気がする。


「どったの? ふーくん」

「いや……何か思い出せそうなんだが、記憶に蓋がかかるというか、思い出せなくてな。ここに来てから多いんだよな……」

「「「――!」」」

「ん? どうした?」

 みんなして一気に視線を逸らしてくる。そんな中、善治が平然を装いながら声を張り上げてきた。

「い、いやぁ、何でもないよ! きっとそれ、昔の痛い記憶が蘇ろうとしてるんじゃない? 本気でヒーローに憧れてた頃とかさ!」

 確かに、そう言われるとそうかもしれない。封印したい記憶だってあるだろう。

「……そうかも、な」

「そうそう。だからさ、早く何するか決めようよっ。ねっ?」

「じゃあ、この辺一帯を散策するか。五年間で少し変わったみたいだし」

「さんせ~! ね、菜有ちゃんも咲楽もいいよねっ!」

 善治はキョロキョロと二人の顔を見る。菜有は先程とは打って変わって元気に頷き、咲楽は静かに頷いている。

「それじゃあ、ウチが今回のリーダーね!」

「さんせ~」

「異議なしよ」

 何となく思い出した。確かこうして、やることを決めてからリーダーを決めていたんだっけか。

「それじゃあ、いこー」

「「「おー」」」


 号令をかけた菜有を筆頭に、俺達は森を抜けることにした。

 少々、あの神社に心残りがある気がしたが、振り払うように歩みを進めた。



「この辺、昔は空地だったよな」

「そうね。でも今はこう……」

 大きな資材置き場と化した空地の目の前を通り、商店の方へと歩いていった。

 商店街と呼べるほど大きくはないが、唯一スーパーなどがある。ここは、変わってないな。

「この辺は、よく歩いたよねぇ」

「そうそう。ぼく達が通ってた小学校の通学路だったから、買い食いして怒られたこともあったっけ。ところでさ、楓馬の方はどうなの? 学校の周りに喫茶店とかあるの?」

「そんなのない。あるのはクリーニングの店くらいだ」

 真実を語ると、善治はつまらなそうに天を仰いだ。

「ふ~ん。都会って言っても、狭苦しいのかねぇ」

「都会暮らしに希望でもあるのか?」

「まーね。でも、この町好きだしさ、特別な理由がない限りは出たいとは思わないなぁ」

「……お前なら、あっちでも上手くやっていけそうだぞ」

「ん? 何か言った?」

「なんにも」

 辺りを歩き、スーパーに入って何か買おうかと提案が出たが、俺は財布を持ってきておらず、不実行に終わった。

 商店街を抜け、田園風景を見ながら畦道を歩いていくと、図書館や学校が見えてくる。この町の学校は小中、果ては高校まで一貫性。カッコよく言えばエレベーター式だが、ここの場合は人数不足が原因だ。町にはいくつかの学校があったらしいが、俺が通う頃には小中高一貫の木製の校舎しかなかった。

 しばらく歩いていると、後ろを歩く咲楽が足を止める。振り返ってどうかしたかと尋ねると、思いついたように提案してきた。

「学校、行きましょうよ」

 指さした先には、確かに学校が見える。信号も車も少ないこの町なら、目と鼻の先にあるあそこまですぐに着くだろう。だが、賛成意見は出なかった。

「ヤだよ~。夏休み中に学校なんか行きたくないぃ~」

「ぼくも、どうかぁ~ん。教師に見つかったらめんど~でしょ」

「……そうかしら。良い提案だと思ったんだけど。ねぇ?」

 こちらを見られても……。俺も、あの二人に賛成派だし。

 咲楽は諦めたように溜息をついていた。



 あれからしばらく歩き、俺達は菜有の家の前にやってきていた。

 既に昼もまわっている。今日はここまでということで全員が一致した。

「じゃ、また明日ぁ~」

「菜有、楓馬。また明日ね」

「うん」

「おう」

 二人が去っていくのを見届けて、俺達は家の中に入った。そして、菜有の作った昼食を食べると、午後は大いに暇になった。



 ゴロゴロとやることもなく転がっていると、テーブルの上の携帯電話が振動した。

 新着メールだ。しかし、宛名に一瞬固まる。

「菜有?」

 何故同じ家にいるのにメールしてくるのだろうか。奴の行動は不思議でたまらない。

『だるだるだぁ~』

「……これだけか?」


「うん、それだけ」


「――って、ぬわあぁっ!」

 急に聞こえた声に横を向くと、メールを覗き込んで笑っている菜有がいた。あまりの驚きに、俺は飛び退いてしまっている。

「いきなり現れるな! びっくりするだろう!」

「え~? 家にはウチとふーくんしかいないんだよ? 普通はびっくりしないよ~」

「する奴はするんだ。心臓に悪いからやめろ。……それより、なんなんだこのメール」

「暇だったから送ってみて、ちゃんと届いたか見に来たの」

 今まで散々やり取りしてきただろう。今更こんな確認するのか……。

「お前は本当に変わらないな……」

「え~~! 少しは大人っぽくなったよ!」

「どこが?」

「……さぁ?」

「自分でわかっていないのに、俺がわかると思うか?」

「……それもそうだね。そうだ!」

 今度はなんだ。

「今日、楽しかったね~」

「ただ散歩しただけじゃないか?」

「それでも楽しかったよ! またこうして、みんな集まれたんだもん」

「……そうだな」

「ね、明日は何して遊ぶ?」

「まだ今日が終わってないのに、そんなこと訊いてくるな。第一、宿題とかないのか?」

「あったけど、一日で終わらせたよぉ。ふーくん達とたっぷり遊ぶために!」

 こいつは、こういうことになると驚異的な集中力を発揮するタイプだったな、そういえば。

「用事もないのか? 俺を迎えに来るときは随分と忙しそうだったろ」


「あ、あれは何でもないよ! 用事なんてないの!」


 どうしてここで焦っているのか。不思議な奴だ。

 しかし、俺も特にすることが無いだけあって、無碍に断ることはしない。

「……じゃあ、明日までに考えておく」

「ホントに? わぁ~い!」

 飛び上るほど嬉しいのだろうか。

「やっぱり……」

「……?」

 急におとなしくなったかと思えば、菜有はどこか淋しげな表情でこちらを見ている。

「やっぱりって、なんだよ?」

「こうやってふーくんもいなきゃ、つまんないなって思ったの……。それだけ」

「……!」

「それじゃあね。ふーくん」

「あ、おい!」

 声をかけるが、菜有は部屋を出て行ってしまう。

 追いかけることもできるが、そこまでする必要があるかと考えた時、足は自然と止まっていた。

 ずっと、菜有は今日を待っていたのだろうか。

 再び四人で集まれる日を待ち詫びていたのだろうか。

 俺なんか、この五年間はこちらのことを考えたこともなかった。

 それなのに、あいつは待っていたのだろうか。

 結局、先程の言葉の真意は分からなかった。

 あれから訊ねることも出来たが、わざと明るく振舞われ、話す機会もなく、気が付けば夜になっていた。

「……」

 天井を見ている心情は、昨日と今日では違う。

 先程の菜有の言葉も、ずっと気になっている何かが剥離した様な感覚も、全部が混じり合って整理がつかなかった。

「寝よう……」

 明日、菜有と思い切り遊んでやろうと思い、目を閉じた。



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