-36- 『また遊ぼう』
「ごめん。菜有……」
「ふーくん……」
俺は、約束を果たそう。
菜有の想いを、踏みにじらないために。
「正直俺は……菜有のことを恋愛対象として見ていなかった面がある。それは、言い訳しない。ずっと、一緒にいすぎて、お前のことを当り前だと思ってしまっていた」
「……うん」
「でも、俺がお前を好きなことに変わりはない。それに、お前は、俺を守っていてくれたんだからな……。本当に、頭も上がらないよ」
『ふーまくん、答えてあげて』
言われるまでもないさ。
「待たせて、悪かった。でも、お前の気持ちは伝わった。それに、今は答えたい」
「ただの好きじゃない。菜有のこと、ものすごく自然に、大好きだ」
華奢な体を俺は抱きしめる。
心に抱いていた過去の想いは、もう、なくなった。
千歳への未練は、菜有の全部を思い出せたから、もうどこにもない……。
「ふー、くん……嬉しい。嬉しいよぉ」
菜有は頭を胸に埋めてくる。温かいその体を、もう一度抱き留めた。離さない。絶対に。
『よかった……。二人とも、おめでとう』
「「……!」」
声の方を見ると、千歳は光を放っていた。本当に、発光している。
「どうしたんだよ……」
『私の役目はおしまい。もう、これ以上ここに留まることは出来ないね』
「……そう、か」
特に取り乱したりはしなかった。
どこかで、感じ取っていたからだ。
これが当然の結末で、こうして話ができたこと自体、とんでもない事だということを。
「こんなになるまで、お前には教えてもらうことばかりだったけど、安心してくれ」
『……!』
俺は菜有の肩を抱いて、真剣に千歳を見た。
「もう、揺れないよ」
『……ふーまくん』
「正直、記憶を失くした俺は、あの時の気持ちのまま、どこかでお前を引きずっていた。でも、もう違う。ちゃんと菜有をみるから、安心してくれ」
「ふーくん……う、ウチ……わたしも! ふーくんのこと、これからも守るから!」
『二人とも……』
千歳は、口元を緩めて、目から涙を零した。
『……ずるいよ』
「……?」
『こんなんじゃ、お別れが辛くなっちゃう……っ!』
俺は初めて、彼女の泣き顔を見た。
『せっかく、考えないようにしてきたのに! 大好きな二人を、見守るだけでよかったのに。また、考えちゃうよぉ……』
「千歳……」
「ちーちゃんっ!」
菜有は涙声だった。俺も、千歳を直視するのは辛い。
でも、ここでしっかりしなかったら、千歳は、不安を抱えたまま消えてしまう。
それだけは、絶対に駄目だ。
『……どうしてっ』
「……!」
『どうして、私はここに居られないのかな? なんで……なんで、こう、なっちゃうの?』
「千歳……」
その言葉は、誰に訴えるものでもない。
憎んでいるようにも、恨んでいるようにも聞こえなかった。
どうにもならないと知っていても、口に出したかったのだろう。
『平気だったはずなのに、もう会えないのが辛いよ……』
こんなことを言いたくても、前を歩く千歳には、言えなかった。その言動は、後ろに不安を与えることになるから。こいつは、こうなってまでも、まだ俺たちを……。
それなら、今度は、俺が前を歩く。
「辛いのは、当然だろう」
『……ふーまくん』
「でも俺達は、ずっと一緒だ。千歳も、一緒だ」
『ここに、いなくても?』
「いたことを、俺達は憶えている。絶対に忘れたりしない」
『……!』
「大丈夫だ。今度は、俺がお前も、菜有たちも一緒に導いてみせる」
きっと、そうしてみせる。お前がそうしてきたように。
だから、あいつらのことは、任せろ。
「ふーくん、わたしも、一緒だよ」
「ああ。そうだな」
『二人とも……』
途端に光が強くなって、千歳の手は泡の様に天へと消えていく。そろそろか。
「千歳、ありがとう。お前のおかげで、俺は大切な記憶を取り戻せた。大切な人を傷つけずに済んだ。本当に、感謝してる。お前と友達でいて、本当によかった」
思い切り頭を下げた。すると、頭の上を温度が通り抜ける。
上を向くと、千歳の手が乗せてあった。
『おまじない……二人が、いつまでも幸せでありますように』
「千歳……」
『お礼を言いたいのは、こっちだね。また二人と会えて嬉しかった。私も、この時間をきっと忘れない。たとえ消えても、どこかで絶対に憶えてる。そんな気がするよ』
「千歳!」「ちーちゃん!」
もう、体の半分が消えかかっていて、千歳は宙に浮いていった。
『私は、幸せ者です。たとえ短い人生だったとしても、こんな素敵な友人達と出会うことが出来ました。これまで、ありがとう。そんな私から、一つお願いがあります』
「なんだ?」
『どうか。いなくなっても、ずっと……ずっとぉ……うぅ』
「ちーちゃん……ひぐ」
「菜有、泣くな。俺達は、あいつを笑顔で送り出してあげなくちゃ駄目だろ」
「う、うんっ」
『ふーまくん……』
「ずっと、友達だよ。ずっと、永遠にだ」
『……!』
「俺達も、幸せ者だからな。千歳みたいな最高の友達を忘れるはずが、ないだろう」
『……あり、がとう。その言葉だけで、嬉しい。すごく、嬉しい』
耐えろ。耐えろ!
ここで泣いたら、あいつはまた……不安になる。
下唇を噛む力が強くなって、瞬きが出来なくて、菜有を強く抱く。
『バイバイ。またね』
「……っ! 千歳ええぇぇっ!」
『……うん。うんっ!』
込み上げてきた言葉を、俺は飲み込めなかった。
けれど彼女は、理解して頷く。
俺が名前を呼んだのを見て、隣で菜有は泣き散らしながら叫んだ。
「ちーちゃん! 絶対に、忘れないよ! また、遊ぼうね!」
「……そうだ、また遊ぼう! いつか、この夏に会おう!」
俺は、笑顔だっただろうか。
涙は、瞳からあふれ出ていないだろうか。
駄目だ。俺には、我慢なんてできない。
だって、これは……!
「約束だ!」
『……!』
「絶対に、忘れない! 今度は、本当に忘れない!」
「ふーくん……」
「忘れても、忘れないから! だから、心配するな!」
これが、言いたかった。
喉につかえていた俺の言葉。抑え込んでしまうのは、俺らしくもない。
千歳は、ようやく返事をしてくれる。いつもの、千歳が。
そこにいた。
『うんっ! ……必ず、また遊ぼっ! 約束、だからね!』
最後に、千歳は涙でくしゃくしゃの顔を、無理やり和ませた。
いつも帰り際に見せていた笑顔を俺達に見せ、本当に、声も姿もなくなった。
何もない神社に、戻っていた。
「……ふーくん」
「あぁ、いいぞ」
何も言わなくても分かる。体重が、胸に預けられ、俺はその小さな頭を包み込む。
とても、震えていた。俺は綺麗な黒髪を撫で、菜有の気持ちを受け止めた。
「うう、うわああああん!!」
俺も、その声に釣られ、感情が込み上げてくる。
「っ! ……くっ」
堪えていた涙が溢れて、地面を濡らした。
こうして……ありえないような、でも、ありふれた夏が終わった。




