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One's Summer  作者: 新増レン
七章「約束の答え」
37/41

-36- 『また遊ぼう』

「ごめん。菜有なゆ……」

「ふーくん……」

 俺は、約束を果たそう。

 菜有の想いを、踏みにじらないために。


「正直俺は……菜有のことを恋愛対象として見ていなかった面がある。それは、言い訳しない。ずっと、一緒にいすぎて、お前のことを当り前だと思ってしまっていた」

「……うん」

「でも、俺がお前を好きなことに変わりはない。それに、お前は、俺を守っていてくれたんだからな……。本当に、頭も上がらないよ」

『ふーまくん、答えてあげて』

 言われるまでもないさ。

「待たせて、悪かった。でも、お前の気持ちは伝わった。それに、今は答えたい」



「ただの好きじゃない。菜有のこと、ものすごく自然に、大好きだ」



 華奢な体を俺は抱きしめる。

 心に抱いていた過去の想いは、もう、なくなった。

 千歳への未練は、菜有の全部を思い出せたから、もうどこにもない……。

「ふー、くん……嬉しい。嬉しいよぉ」

 菜有は頭を胸に埋めてくる。温かいその体を、もう一度抱き留めた。離さない。絶対に。


『よかった……。二人とも、おめでとう』

「「……!」」

 声の方を見ると、千歳は光を放っていた。本当に、発光している。

「どうしたんだよ……」


『私の役目はおしまい。もう、これ以上ここに留まることは出来ないね』


「……そう、か」

 特に取り乱したりはしなかった。

 どこかで、感じ取っていたからだ。

 これが当然の結末で、こうして話ができたこと自体、とんでもない事だということを。

「こんなになるまで、お前には教えてもらうことばかりだったけど、安心してくれ」

『……!』

 俺は菜有の肩を抱いて、真剣に千歳を見た。

「もう、揺れないよ」

『……ふーまくん』

「正直、記憶を失くした俺は、あの時の気持ちのまま、どこかでお前を引きずっていた。でも、もう違う。ちゃんと菜有をみるから、安心してくれ」

「ふーくん……う、ウチ……わたしも! ふーくんのこと、これからも守るから!」

『二人とも……』

 千歳は、口元を緩めて、目から涙を零した。


『……ずるいよ』

「……?」


『こんなんじゃ、お別れが辛くなっちゃう……っ!』


 俺は初めて、彼女の泣き顔を見た。

『せっかく、考えないようにしてきたのに! 大好きな二人を、見守るだけでよかったのに。また、考えちゃうよぉ……』

「千歳……」

「ちーちゃんっ!」

 菜有は涙声だった。俺も、千歳を直視するのは辛い。

 でも、ここでしっかりしなかったら、千歳は、不安を抱えたまま消えてしまう。

 それだけは、絶対に駄目だ。

『……どうしてっ』

「……!」


『どうして、私はここに居られないのかな? なんで……なんで、こう、なっちゃうの?』


「千歳……」

 その言葉は、誰に訴えるものでもない。

 憎んでいるようにも、恨んでいるようにも聞こえなかった。

 どうにもならないと知っていても、口に出したかったのだろう。

『平気だったはずなのに、もう会えないのが辛いよ……』

 こんなことを言いたくても、前を歩く千歳には、言えなかった。その言動は、後ろに不安を与えることになるから。こいつは、こうなってまでも、まだ俺たちを……。

 それなら、今度は、俺が前を歩く。


「辛いのは、当然だろう」

『……ふーまくん』

「でも俺達は、ずっと一緒だ。千歳も、一緒だ」

『ここに、いなくても?』

「いたことを、俺達は憶えている。絶対に忘れたりしない」

『……!』

「大丈夫だ。今度は、俺がお前も、菜有たちも一緒に導いてみせる」

 きっと、そうしてみせる。お前がそうしてきたように。

 だから、あいつらのことは、任せろ。

「ふーくん、わたしも、一緒だよ」

「ああ。そうだな」

『二人とも……』

 途端に光が強くなって、千歳の手は泡の様に天へと消えていく。そろそろか。

「千歳、ありがとう。お前のおかげで、俺は大切な記憶を取り戻せた。大切な人を傷つけずに済んだ。本当に、感謝してる。お前と友達でいて、本当によかった」

 思い切り頭を下げた。すると、頭の上を温度が通り抜ける。

 上を向くと、千歳の手が乗せてあった。


『おまじない……二人が、いつまでも幸せでありますように』


「千歳……」

『お礼を言いたいのは、こっちだね。また二人と会えて嬉しかった。私も、この時間をきっと忘れない。たとえ消えても、どこかで絶対に憶えてる。そんな気がするよ』

「千歳!」「ちーちゃん!」

 もう、体の半分が消えかかっていて、千歳は宙に浮いていった。


『私は、幸せ者です。たとえ短い人生だったとしても、こんな素敵な友人達と出会うことが出来ました。これまで、ありがとう。そんな私から、一つお願いがあります』


「なんだ?」

『どうか。いなくなっても、ずっと……ずっとぉ……うぅ』

「ちーちゃん……ひぐ」

「菜有、泣くな。俺達は、あいつを笑顔で送り出してあげなくちゃ駄目だろ」

「う、うんっ」

『ふーまくん……』


「ずっと、友達だよ。ずっと、永遠にだ」


『……!』

「俺達も、幸せ者だからな。千歳みたいな最高の友達を忘れるはずが、ないだろう」

『……あり、がとう。その言葉だけで、嬉しい。すごく、嬉しい』

 耐えろ。耐えろ!

 ここで泣いたら、あいつはまた……不安になる。

 下唇を噛む力が強くなって、瞬きが出来なくて、菜有を強く抱く。

『バイバイ。またね』

「……っ! 千歳ええぇぇっ!」

『……うん。うんっ!』

 込み上げてきた言葉を、俺は飲み込めなかった。

 けれど彼女は、理解して頷く。

 俺が名前を呼んだのを見て、隣で菜有は泣き散らしながら叫んだ。


「ちーちゃん! 絶対に、忘れないよ! また、遊ぼうね!」

「……そうだ、また遊ぼう! いつか、この夏に会おう!」


 俺は、笑顔だっただろうか。

 涙は、瞳からあふれ出ていないだろうか。

 駄目だ。俺には、我慢なんてできない。

 だって、これは……!


「約束だ!」


『……!』

「絶対に、忘れない! 今度は、本当に忘れない!」

「ふーくん……」

「忘れても、忘れないから! だから、心配するな!」

 これが、言いたかった。

 喉につかえていた俺の言葉。抑え込んでしまうのは、俺らしくもない。

 千歳は、ようやく返事をしてくれる。いつもの、千歳が。

そこにいた。



『うんっ! ……必ず、また遊ぼっ! 約束、だからね!』



 最後に、千歳は涙でくしゃくしゃの顔を、無理やり和ませた。

 いつも帰り際に見せていた笑顔を俺達に見せ、本当に、声も姿もなくなった。

 何もない神社に、戻っていた。

「……ふーくん」

「あぁ、いいぞ」

 何も言わなくても分かる。体重が、胸に預けられ、俺はその小さな頭を包み込む。

 とても、震えていた。俺は綺麗な黒髪を撫で、菜有の気持ちを受け止めた。

「うう、うわああああん!!」

 俺も、その声に釣られ、感情が込み上げてくる。

「っ! ……くっ」

 堪えていた涙が溢れて、地面を濡らした。


 こうして……ありえないような、でも、ありふれた夏が終わった。



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