-22- 『迷いの中に』
キャンプ場に到着してからというものの、雨が止む気配もなく、俺達は寝ることにした。
男子と女子に分かれてテントを使うことになり、俺は善治と寝袋を並べている。
視線の先には、テントの天井しか見えない。聞こえるのは、すぐそばに聞こえる雨音だ。
「なぁ、善治」
「ん? なに?」
俺は、ここで善治と話がしたかった。ようやく、二人で話ができる。
「この五年で、変わったな、お前」
「……まあね。いつまでも楓馬の後ろに隠れてるようじゃ、駄目でしょ。今思い返すと、あの頃の僕は、全然駄目だった。いつまでも楓馬がいてくれるような気がしていて、その背中に隠れていればいいと思ってたからね」
「すまない」
「楓馬が謝ることじゃないさ。でも、楓馬がいなきゃ、僕が変われなかったのも事実だ」
「どういうことだ?」
「僕、中学校でちょっとした仲間外れに遭ったんだ」
「――!? そんなの、聞いてないぞ」
「そうだよ。あの二人は知らない。これは、男子の仲間割れみたいなもんだからね」
あの学校は、生徒数も少ないから、中学高校もほとんど顔見知りばかりだ。名前を言えば連想できるが、善治は名前を伏せている。
どうやら、善治が他の連中と上手くやっていけなかったことが原因らしい。
「それで、お前は自らを変えようとしたのか?」
「……違うね。正確に言えば、変わったんじゃない、ただモノマネが上手くなっただけ」
「モノマネ?」
「そう。僕は、ずっと見てきた背中の主になりきろうとしたんだ」
「それって……」
「楓馬のことだよ。楓馬になりきったら、仲間割れなんかどうでもよくなって、大成功」
咲楽は千歳になりたくて、善治は俺になりきろうとした?
俺達はそんなスーパースターでもないんだけどな……。
「どうして、俺なんか……」
「簡単さ。僕がカッコいいと思っていたから。それだけだよ」
「カッコいい? 俺が? ……褒めても何も出ないぞ」
「あ、言っておくけど、外見じゃないよ?」
……なんだよ、それ。期待したじゃないか。
「けれど、僕が手にしたのは楓馬のカッコよさとは違う、寄せ集めのカッコよさだよ」
「?」
「服装で自分と他人を騙して、一匹狼を気取ってクレバーに振舞う。外見とかはカッコよくなれても、内面が磨けたとは思えないんだ」
「満足、してないのか?」
「してないね。僕は、僕だけの魅力が欲しいんだ。今度は、僕自身の」
ふうん。
「随分と野心家になったな。お前」
「そう見える?」
「ああ。でも俺は、女の子にモテるだけで十分だと思うけどな」
正直、羨ましい。
「十分じゃないよ。それが目的じゃないからね」
立派なことを言うようになったもんだ。まったく。
「これから、カッコよくなろうとしてるのか?」
「まあ、そうだね」
「……具体的には?」
「知りたい?」
「教えたくないならいいけど」
「そこはもう少し粘ろうよ、楓馬」
「じゃあ、教えろ」
「強引だなぁ……まあ、いいけど。……僕、都会に行ってみたいんだ」
「……こないだ言ってたことと違うな」
「あの時は、再会まもなくなんだし言い辛いよ、普通」
「そうか。それで、都会へ行って何する気だ? 店を構えるのだけはよした方がいいぞ」
「そんな危ない橋、渡らないって。都会の大学へ行くよ。目的は、ただそこに行ってみたいだけだからね」
そんなんで都会へ行こうなんて、どこの冒険者だ。
「やめとけ。人混みにもまれて圧死するぞ」
「そんなニュース見たことないけど?」
「……」
「でもまあ、親にも反対されてるから、正直、迷ってるんだよね」
「行くだけが目的なのか?」
「そうだけど、本当は、自分を見つけに行きたいんだと思う」
急に旅人のセリフを吐いたぞ、こいつ。
「自分探しの旅に都会へ行くって、おかしいと思うぞ」
「やっぱり? でも、本当にそうだから言い訳のしようがない」
つまりこうだろう。
先ほど言っていた自分の魅力。
それを見つけに行きたい。
でも、それが本当にある保証はどこにもない。
ましてや、都会に転がっている保証も。
理由はきっと、他にある。
こいつは、こんな風になっても、それくらい考えるはずだ。
「本当は、家業から逃げたいだけ、何じゃないのか?」
「――!」
ビンゴだ。
外見を変えても、中身まではそう簡単に変われない。
善治の奥底。そこにはまだ、臆病で気の弱い、泣き虫なアイツがいる。
咲楽は、変わろうとしても変われなかった。善治は、変わっても変わりきれてなかった。
人は、きっと簡単には変われない。俺も、きっとそうだ。
でも――ここで善治が逃げてしまえば、もう、こいつはカッコよくなれない。
カッコよさを求めて逃げて、カッコよさを手放すことになるだろう。
都会へ行くというのも、きっと、世間体的には風来坊のような、破天荒のような、そんな一種のカッコよさが存在するからかもしれない。
「……目的が無いなら、そんなことはやめろ」
「目的は――」
「いま、ここで逃げたら、お前はカッコ悪いままだ。その、偽物の殻を被ったままだ」
「それは……」
善治も迷っている。選択権はこいつにある。
「本当に目的があるなら、俺はお前の要望を後押しできるが、そうでないのなら、引き止めてやりたい。俺達は、友達だからな」
「……友達か。よく言うよ。五年間も離れていて」
「離れていた時間は取り戻せないけど、これからお前達との時間を作ることは出来る」
寝袋から起き上がり、俺は善治の顔を見た。善治も、俺を見て起き上がる。
「……楓馬、ごめん」
「熱くなっていたんだ。外に出て冷ますか?」
半分冗談で言ったつもりが、奴は頷いた。
「気が利くね。一緒にどう?」
「……提案者が逆らうわけにはいかないか」
二人して、夜の、それも雨の降っている公園に出ることにした。一応、俺は折り畳み傘を差そう。あいつの分はないけど、いいか。




