-18- 『キャンプに決まり』
また集合していたのは咲楽の家だった。
「さあ、今日こそ決めるよ!」
菜有は随分と張り切っている。他の二人もまんざらではなさそうだ。
「じゃあ、一人で一つ意見を言う形にしよう。残りの夏休みをどう過ごすか。議題はそれでいいな」
「ふーくん、やる気だね!」
「まあ、こないだの会議を見てたら、俺が議長をすればいいと思ったんだ。意見を暴投するんじゃなくて、キャッチボールしなきゃ決まるのも決まらない。その中継役が必要だろう」
「楓馬ならベストだね、咲楽」
「え、ええ」
昨日の一件があってか、咲楽は少し緊張気味だった。隣に浮かぶこれが見えるせいだろうか。
『さっすがふーまくん。きちんとしてるねぇ』
『この中だと、お前が適任だけどな』
『残念! 私は二人には見えないよ~~』
『知ってる』
「じゃあ、菜有から頼めるか?」
「ウチは、ふーくんが参加するなら何でもいいよ! 主役はふーくんで! 要望はこれだけだもん」
「善治は?」
「そうだなぁ、海は嫌だって言ったけど、キャンプはしてみたいね。夏と言えばキャンプってイメージ強いし」
「キャンプか……有力な案だな」
「でしょでしょ!」
こいつに手紙を渡す以上、距離を縮めるに越したことはない。
「咲楽は?」
「あたしは……悔しいけど、キャンプに賛成」
協力を頼んだからだろう。プライドを犠牲に、キャンプに賛同するとは。
提案者が一番驚いているけど。
「じゃあ、決まりだな。出発はいつ頃にする?」
「ほ、本当にキャンプでいいの?」
「行きたいんだろ?」
「ま、まあ。でもいつもは、反論がバシバシ交差するとこでしょ!」
俺は残りの二人を見た。二人とも頷いているのを見ると、反論しているようには見えない。
「全員一致だ」
「……ハハ、これが普通なのに、逆に怖い。裏とかないよね?」
「うら?」
菜有が首を傾げるのを見て、善治は強張った肩を下ろした。なんとなく、あいつの心情を察する。菜有なら、どこか裏のサプライズネタをばらしそうなイメージがある。
賢明な判断だな。
それから、出発を週末に定め、俺達は近くのキャンプ場に行くこととなった。
咲楽の家から帰る際、少し時間を取って咲楽と話をすることにした。菜有にはキャンプに関する打ち合わせと言ってある。今回は本音だから偽る必要もない。
「こんなもんか」
「そうね」
二人で当日の荷物を確認し、別の話題に入る。
「このキャンプで、あいつに手紙を渡すつもりだ」
「やっぱりね。なんとなくわかっていたわ」
「そうだ。携帯電話の番号、知りたいんだろ?」
「――!」
思い立ったので、携帯電話を取り出す。あの時は忘れていたけど、今日は持参していた。
「ほら」
喜ぶと思って携帯電話を差し出すが、咲楽は複雑な表情を浮かべていた。
「や、やっぱりいいわ」
「……なんで? 咲楽といい菜有といい、そんなに俺と連絡取りたくないの?」
「な、菜有? 菜有が何か言ってたの?」
「いや、二人の連絡先を知りたいって言ったら、必要ないって」
「……そ、そうよ。昨日は少し昂ってただけ。連絡先は、やっぱりいいよ」
「そうか?」
なんか、手紙を渡したはずなのに壁を感じる。
『気のせいですよ。きっと』
『……そうだよな』
「咲楽、あいつのことで何か思い当たることあるか? 悩みとか、この五年間で何かあったとか」
「そうねぇ……」
咲楽は少し考え込んで何かひらめいたらしい。
「確かご両親と、進路のことでもめているらしいわ。本人は都会に行ってみたいけど、ご両親はこの町で家業を継いでほしいって」
「……それかもしれないな」
「え?」
「あいつの悩みだ。それをクリアすれば、少しは距離も縮まるかもしれない」
方針は決まった。あとは、方法だけだ。
「でも、難しいわよ?」
「それでも、やらなきゃいけない」
「なら、あたしもサポートするわ。約束だしね」
「――!」
なにかが頭の中をグルリとよぎった。
なんだ? 大事な何かを、俺はまだ忘れているのか?
「どうしたの?」
「いま、この町に来た時と同じ感覚になった」
「同じ感覚?」
「……千歳のことを、思い出そうとしていた時の感覚だ」
「それってもしかして、他に忘れた記憶があるの?」
そんなはずはない。千歳のことを丸々忘れていても、ほかの皆のことは憶えていた。
菜有とずっとやり取りしていても、こんな感覚を覚えたことはない。
「何か、知らないか?」
「あたしは知らないわ。千歳のことがすべてなくなったとは聞いているけど」
「千歳は、どうだ?」
『私も、知らないですね』
「本当か? お前なら、知っているんじゃないか?」
『……たとえ知っていても、それは教えられるものじゃないと思いますよ』
「え……?」
『忘れてしまったからって、教えてもらうのは反則です。思い出そうとしないのは、忘れられた記憶の相手に失礼ですよ』
「す、すまん」
千歳のことは思い出したけど、こうも簡単に記憶が戻るとは思えない。
しかし何故、千歳は教えてくれないんだ? その口からは教えられないのか?
「と、とにかく、まずはあの馬鹿よ。週末、楽しみながら頑張りましょう」
「あ、ああ」
すっきりしないまま、俺は帰宅することになった。




