-14- 『デート』
咲楽とのデートが決まった翌日、集合会議は「一身上の都合」により取り止めとなった。
そして俺は、この町を訪れた場所に立っている。
「暑いな」
『デートだって! さくちゃんも可愛いところあるんですね~~』
『しっかり者だけど、咲楽も女の子だからな』
『あ、私もそうです』
『お前は生首だ』
『が~~ん』
そんな脳内会話で暑さを紛らわせていると、咲楽が歩いてくるのが見えた。
いつもとは違う服を着ていて、随分と、年相応を感じさせる。
「待った?」
「いや、十分くらい」
「楓馬、そこは彼女をフォローするものよ? ひょっとして初めて?」
「……」
「ごめんごめん。あたしも初めてだから、お互い初心者ね」
それなら、気が楽だ……ん?
「彼氏とか、いないのか?」
「いないわよ? どうして?」
「意外だ……」
「あたしは、楓馬の方が意外よ」
「俺は……地味だし」
「確かに」
「肯定するな!」
駅の前で炎天下も忘れて話し込んでいると、目的の汽笛が聞こえた。
「あ、来たわよ。乗りましょう!」
「ああ」
田舎町の中でデートするのもムードに欠けるし、あの二人に遭遇したくないとのことで、俺達は近場の街でデートすることになった。
その街には電車で二十分。都市に比べると劣るものの、十分な場所だ。
「切符、買った?」
「ああ」
電車は空いていて、二人並んで座ることにした。
抵抗はあるが、デートで二人に距離がある方がおかしいだろう。
何分か停車して電車が動き出す。
そういえば、数日前、こうして揺られていたっけか。
「楓馬は、むこうでは電車とかよく使うの?」
「そうだな。電車とかバスが多い」
「へぇ……。ところで楓馬は、卒業したらどうするの?」
「普通に進学するつもりだ」
「こっちに戻ってくるの?」
「その辺は……わからないな。咲楽はどうするんだ?」
「……あたしは、未定ね」
「そっか」
てっきり、しっかり計画しているものだと思ったけど……。
『それです!』
「うわぁあっ!」
耳元に叫ばれ、俺も思わず声を出した。咲楽は隣で、何事かとこちらを窺っている。
「ど、どうしたのよ?」
「な、なんでない。ウトウトして、電車の揺れで目が覚めただけだ」
「そ、そう?」
完全に怪しまれているが、これ以上は余計なことまで話しそうだ。
『なんだ急に……。大声はやめろ。心臓によくない』
『えへへ。ごめんね』
『用件は?』
『私、わかったかもしれませんよ。手紙のトリック!』
『……本当か?』
『もしかしたら、将来のことが関係しているのかも!』
成程……。でも、待てよ?
『菜有は地元で就職するって言っていたぞ?』
『……え』
『それに、俺だってはっきりしてないんだ。早まったな』
『残念です……。それじゃ、私は監視してますから、デート、お楽しみください』
監視されて、楽しむも何もないだろう。
しかし、どうして俺が読めたのか……。俺は、千歳のことを完全に忘れかけていたのに。
「もうそろそろじゃない?」
「あ、ああ」
「どうしたの? また寝てたとか? あの馬鹿じゃないんだから、もう少し紳士的に振舞ってよ」
「紳士的って?」
「女性をエスコートするとか」
「……わかったよ。先頭歩けばいいんだな」
「……なんか違うわね」
話をしてる間に駅に着いた。俺達は急いで降りて、デートを再開した。
「人、多いね」
咲楽は人混みに慣れていないようで、駅を出るなり人の多さに酔っている様子だ。
「大丈夫か?」
「へ、平気」
そうは言っているが、とても平気には見えない。
「慣れない電車で疲れただろ。その辺の喫茶店で休んでから歩けばいい」
「楓馬……」
俺達はとりあえず近場の喫茶店に入ることにした。
モダンな雰囲気の店内は人が少なく、休むには最適だった。
「ご注文はいかがなさいましょう?」
「オレンジジュース一つ。咲楽は?」
「あたしは……あ、アイスコーヒーを」
「かしこまりました」
店主と思わしき優しそうな男性が戻ってから、ものの十分で注文の品が運ばれてきて、一息つくことができた。
「どうだ? 落ち着いたか?」
「うん。ありがと」
「……っ!」
こうも直球に感謝されるとは……。
『そう言えば』
突然、隣の生首が口を開く。日常に溶け込み過ぎていて、もう驚かなくなっていた。
『どうした?』
『さくちゃんって、昔から人混みが苦手でしたよ』
『そうだったか?』
『絶対に!』
……なら、どうして街にデートなんか誘ったんだ?
「なぁ、咲楽」
「ん?」
アイスコーヒーを飲んでいたようで、ストローから口を話して向き直る。
「何?」
「咲楽、人混み苦手だったろ。どうしてデートでここまで来たかったんだ?」
「……! 思い、出したの?」
「まあ、な」
「他には!? あたしの他に! 何か大切なことあるでしょ!」
「大切な……千歳のことか?」
「そんな……!」
まさか、あちらから話を振ってくるとは。
『ラッキーでしたね』
『ああ』
やはり、咲楽は知っていたのか。知っていて黙っていたんだ。
……だけどここは、まだ問い詰めたくないな。
「でも安心しろ。名前だけだ。そいつ、元気なのか?」
「名前、だけ? 本当?」
「ああ。一緒に遊んでいた女の子ってことだけだ。転校したのか?」
「…………」
ここで言葉に詰まるのか。
『ふーまくん、どうして嘘つくんですか?』
『一応、まだ知らない方が都合良いだろ。あっちも、なんか理由があって隠していたみたいだからな』
『そっかぁ』
意を決したように、咲楽は口を開く。
咲楽は昔から、嘘をつくのが下手だった。
五人の中で一番下手で、いつも誤魔化せないから損をしていたのを思い出す。そんな咲楽がどう反応するかで、対応を変えなくてはいけない。
「そ、そうよ。転校したの」
「……そ、そうか」
『ふーまくん、これって』
『詮索はまだいい。それよりも、話を持っていく』
飲み物を口に含み飲み込んだ。
焦るな。
咲楽にとって、俺が知らなければ好都合なんだ。ここは慎重に言葉を選べ。
「昨日――」
「……?」
しかし、先に言葉を紡いできたのは咲楽だった。
「昨日、楓馬があんなこと言ってくるからビックリしたわよ」
「……なんでも願いを聞くってやつか?」
「それもそうだけど……。これからも連絡するって言ったこと」
あっちか……。
「本当よね?」
「ああ」
「じゃあ、番号教えて」
咲楽は肩に下げていた鞄から携帯電話を取出し、テーブルの上で開いた。
ここまできて、持ってきていないとは言い辛い。
「これ、あたしの」
そう言われましても……。
「こ、ここではやめないか? 帰ってからできるだろ」
「みんなの前で、そんなこと出来ないわ」
「どうしてだよ?」
「……どうしても」
理由を言ってくれないと、対処のしようがないな。
「楓馬、ごめんね」
「なんで謝るんだ」
「……罪悪感、かな」
何を、言ってるんだ?
「さっき、千歳のこと思い出したって言ってたわね。あれ、どうやって思い出したの?」
「……唐突に」
「神社で集まった時から、兆候はあったわね」
確かに、あの時から妙な違和感があった。
「楓馬はどう? 千歳に会いたい?」
「……会えるなら、な。転校したんだし、難しいだろ」
「そうよね。わかった……」
俺にはさっぱりわからん。
『さくちゃん、ふーまくんのこと試してるんじゃない?』
『咲楽が? なんでだ?』
『さぁ』
頼りにならない生首だ。
「デートの続き、しない?」
「平気なのか?」
「もう大丈夫よ。それにあたしがしっかりしないと、示しつかないじゃない」
昔からこうだ。
多分疲れは完全に抜けていないだろう。しかしそれでも、咲楽という人間は弱さを軽々みせたりはしない。
「さ、行くわよ」
こうして、デートが再開となった。




