-13- 『麦茶の味はわからない』
会議は持ち越しとなった。
その帰りの際、俺達は咲楽に見送られた。
「結局、また明日も集合することになっちゃったね~~」
善治とは手前の道で別れ、俺と菜有が肩を並べている。
「ああ、そうだな」
しかし、明日では遅い。夏休みは永遠ではない。
「……すまん。忘れ物した」
「え? さっちゃんの家?」
「多分な……」
「何忘れたの?」
「携帯電話」
「大変っ! 早く取りに戻ろうよ!」
「いや、いい。俺が行く。先に帰っててくれないか?」
「いいの?」
「ああ」
突き放したように言ってしまったかもしれないが、こうでもしなきゃ、菜有はついてくるだろう。
「わ、わかった。遅くならないでね?」
「大丈夫だ」
長年の付き合いからか、菜有はどこか気が付いていたようだ。
俺は回れ右をして、来た道を引き返した。
『嘘つき~~。そのポケットの膨らみなぁんだ?』
『仕方ないだろ。咲楽と二人きりじゃなきゃ、意味がない』
『そうですけど、とても夏祭りの日に告白された女の子への言葉とは思えないです』
「――!?」
足が一瞬止まりかける。
『見ていたのか……?』
『見ていたというか、私はずっとふーまくんの精神の中にいましたから』
『……どう、思った?』
『ふーまくんは、意気地なしだなぁって』
「……」
『でも確かに、突然はびっくりですよ。私も驚いたもん。五年間も会ってないのに、よく告白できたなぁって』
『そこか?』
『うん……』
それ以来、咲楽の家に着くまで生首千歳は無言だった。
咲楽の家に着くと、すぐに彼女が出てきてくれた。
「あ、楓馬。どしたの?」
咲楽は俺を見て、すぐに後ろを見た。
『――! もしや、生首千歳が見えるのか?!』
『そうなんですか?!』
「あれ、菜有いないね。一人?」
咲楽に見えるはずもない。見えたら飛びのいていたことだろう。
「ああ。少し、いいか?」
「う、うん。あ、入る?」
「悪いな」
「大丈夫よ。まったく問題ないわ」
先程の部屋に通され、気の利く咲楽は麦茶を出してくれた。
「のど、渇いたでしょ?」
「すまん」
「なによ。余所余所しいわね」
やっぱり、そう見えるのだろうか。
『ふーまくん、チャンスです! 二人きりです!』
『ああ』
俺がここに戻ってきたのは、世間話をするためでもないし、麦茶を頂く為でもない。
「咲楽、俺は五年前にこの町を出て、こないだお前たちと再会したわけだが」
「……? 突然なに?」
「正直、菜有以外とは連絡取ってなかったから、すこし壁を感じるんだ」
「……楓馬も、なんだ」
どうやら、咲楽もそうだったらしい。昔から、鋭かったからな。
「そこで、話が合ってここに来た。みんなの前じゃ駄目なんだ。一対一で話がしたい」
「――! 急にどうしたの?」
「俺は、これからもみんなと連絡を取り合いたいと思ってる。だからこの夏で、五年の溝を埋めたいんだ。俺にできることなら何でもする。どうだ?」
「何でも?」
まずい……。訂正しなくては。
「げ、限度はある。判断権も俺にある」
「それ、ほとんど制約あるじゃない。……でも、仲良くなるのは良い事よね」
「いいのか?」
「でも、具体的にどうしたいの?」
「それを決めてくれ。何でも付き合うぞ」
昔のようにとはいかないだろう。それでも、ここまで成長した俺達だからこそ築ける関係を築く。新しい時間を生み出せばいい。
「離れていた時間を取り戻そうとは言わない。でも、俺はお前達とそれ以上の時間を、この夏に過ごしたいと思ってる」
「……それで、あたしに?」
「ああ。咲楽とは、話も合うからな。他の二人と違って、無理難題を言ってはこないだろう」
思っていたままを口にしたのが災いか、咲楽は急に黙り始める。
「……?」
「なんでも、いいの?」
「勿論……楽しいのが良いけど」
「決めたわ」
『おお!』
『千歳、心の中で叫ぶな』
「……!」
咲楽の顔は、今まで以上に楽しそうで、あの時と同じく輝いていた。
生唾を思わず飲み込んだ。出来る限り、答えてやらなくては……。
「楓馬、お願いがあるの」
「な、なんだ?」
これは夏の暑さのせいか、額に汗が異常なまで滲んでいた。
「デート、しない?」
そしてその言葉に、思考が停止した。




