鯖缶? ああ、美味しい方?
俺は喫茶店から一旦家に帰り、制服から普通の格好に着替え、再び家を出てとある場所へ行く。
訪ねたのは街外れにある廃屋。ここに情報を提供してくれる奴がいるのだ。
俺は勝手に廃屋へと入る。
「カズマさんおっすおっす!」
俺は奥で携帯ゲーム機を見つめている白衣の男、カズマさんに声をかける。
「不法進入って知ってる?」
カズマさんは不機嫌そうに言うが、いつもの事だ。
「知ってる。知ってる。ロシアの人が紅茶と一緒に飲むアレでしょ?」
俺の返答に、彼は口の端を吊り上げて言う。
「じゃあ井浦君は『ロシアの人が紅茶と一緒に飲むアレ』って罪で死ぬんだね?」
「死ぬの?『ロシアの人が紅茶と一緒に飲むアレ』って罪はそんなに重い罪だったの?」
「井浦君なら捕まった時点でアウトじゃないのかい?」
うわー、相変わらず痛い所突いてくるなこいつ。
「でもそれを言ったらカズマさんもそうだろ?」
「僕はもう死んだ事になっているから大丈夫さ。それくらい解るだろう?」
「そうだったな」
カズマさん(二十七歳 独身)はある事件で死んだと世間には認識されている。その事件が起きた後から彼はこうして廃屋に住み、情報屋や闇医者をやっているのだ。
「それで?何の用だい井浦君。いや、缶屋と呼ぶべきか。」
「どっちでもいいよ。それよりカズマさん、炎を出す能力の奴について何か知らないか?」
「うーんどうだったかなー?」
カズマさんは携帯ゲーム機のボタンをカチカチと鳴らしながら言う。
「知ってるのか?」
「ちょっと待って!」
カズマさんは急に声を荒げる。
「何だよ急に!」
俺がそう聞くと、カズマさんは顔の影を濃くして言う。
「 出 た ん だ よ 」
「な、何が?」
思わず気圧されてしまった。カズマさんのこんな顔を見るのは初めてだ。
「色違いがだよォォ!!」
「ポケ○ンかよォ!」
カズマさんは携帯ゲーム機の画面を見せてくる。その画面を見るとそこには、奴が居た。
「コイキ○グかよォォォォ!!」
「金色だよ金色!これが伝説の中の伝説、金色コ○キングだよ!」
「やめちまえ!」
いい歳した大人が何を言っているのだろう。色違いが出るまでずっとやっていたのかこいつは。
「そうだね。一旦落ち着こう。で?何の能力だっけ?」
「炎を出す能力だよ。」
そう言うとカズマさんは考える素振りをする。
「炎....ね。そういえば、最近そんな能力の人が運ばれて来たよ。鼓膜が破れて気を失っていたんだ。」
あらまぁ。
「そいつだわ。絶対そいつだわ。だってそれやったの俺だし。」
「そうだったのかい?音の能力なんて聞いたこと無かったからもしかしたらと思ったんだけど、そうか、君か。僕の仕事を増やしたのは。」
いい歳して安い皮肉だな。カズマさんは精神年齢が低い。だからこそ親しくなったのだが。
「仕事が多いのは良い事だろ?んで?その仕事の結果はどうなんだ?俺が欲しいのはそいつの情報なんだが。」
「対価は?」
「《サバ缶》でどうだ?」
「《サバ缶》ね。流石、僕の期待に応えてくれるね」
《サバ缶》とは普通の鯖缶じゃない。一つの隠語で、俺が造る思考力と記憶力を低下させる缶を指す。カズマさんは、それを使い患者から重要な情報を引き出しているのだ。
「じゃあ教えてくれ」
「ああ。何から知りたい?」
「何をしているかだ」
「なるほどね。彼は僕らが言う所の暴力団の幹部だよ」
まじか。やっちまったな。絶対恨まれてんじゃん。やべーな。
「あー、うん。本拠地とか分かる?」
「分かるけど、そこに乗り込むのかい?」
「そんなことはしない」
「そっか。敵の本拠地はね、熊谷商業と書かれた看板がある、商品格納と貿易用に造られた倉庫だ。」
大体分かった。少し遠いが、貿易用の倉庫が並んでいて治安が悪い場所だろう。
「信用して良いんだな?」
「便利な缶をくれるからね。」
「そうかい」
俺は適当な位置に能力で造った《サバ缶》を置く。
「そうそう、それと金色のコイ○ングの名前は『いうらくん』って名前にしてあげたよ。」
「嬉しくねぇ!」
「ゆけっ! いうらくん!〈はねる〉を使うんだ!」
「ポケ○ンネタやめろ!」
そう吐き捨てて俺は廃屋を出た。
敵の本拠地も分かったし、潰すなら早く潰した方がいいだろう。
俺はもう陽が沈んだ空を見ながら缶ジュースを口に流し込み、歩き出す。
「今宵は良い缶蹴り日和だな。」