朝から揉め事だって? ほら、生徒会長の出番だぞ。(井浦には関係ないのだ!)
朝。いつになっても、通学はつらい。眠気から覚めていないのにも関わらず、歩かされるのだ。
そう思うと毎朝四時とか五時とかにランニングしている人ってマジすごいと思う。何がすごいかって起きれるのがすごい。
だが俺は今日から、それが少し楽になった。なぜなら....
「...へぇ、四次元空缶か。またすごい缶を作ったね」
通学路を一緒に歩いているコウキくんが言った。
なぜなら、毎朝重い(そんなに重くない)鞄を、ポケットサイズ四次元空缶の中に入れる事で、通学路でもスキップできちゃう程度には楽になる。
ちなみに、四次元空缶にはどんなに重い物を入れても、空っぽの重さのまま変わらないのだ!
「コウキくんの鞄も、これに入れていこうか?」
「ありがとう。でも、自分の鞄は自分で持つって決めてるからね。遠慮しておくよ」
偉いなぁ、かっこいいし。偉かっこいい。
「了解」
深い事情が無い限り、断られたら素直に引くのが井浦のスタイルである。
「そういえば、今日はフシくんが見当たらないなぁって思ってたんだけど、もしかしてその中にいるのかい?」
「いや、フシは家に置いてある四次元空缶の中でまだ寝てる」
「そうか。複数あるんだね」
「んだ」
四次元空缶は今の所、六つ作ってある。その内の三つが物置きで、四つ目がフシの部屋、五つ目が何と無く木刀を入れておいたもの、そして、六つ目に俺の通学鞄やら何やらが入っている。
「便利そうだね」
「ひとついるか?」
「うーん、必要になったら言うよ」
まぁそうだろうな。コウキくんは物置きとか部屋とかキッチリ整理されてるだろうし、収納系のアレはあんまり需要ないか。
「それがいいな」
そんな他愛もない話をして学校へ向かうと、生徒玄関前に人だかりができていた。
テストの順位でも張り出されたのか?でもそれにしてはやけに騒がしい。
「コウキくんコウキくん、人ゴミのようだ」
「そうだけど、人混みの言い方が某大佐になってるよ」
言いたかっただけなんだ。
「やけに騒がしくないか?」
「ああ。様子を見るに揉め事じゃないかな?」
なんだ、揉め事か。人だかりが多くて地味に見えないけども。
「最近の若い者はぁ、元気が有り余ってるようじゃのぉ。どれ、井浦おじいちゃんも、歳の差というもんを見せに、参加しようかのぉ」
喉を潰すようにして、しわがれた声を出して言う。
「井浦おじいちゃん、まだ十五歳だろう?」
「なぁに、今年で十六じゃよ」
「そうだね。十六歳でおじいちゃんだったら八十歳は何になるんだろうね」
「....仙人?」
「なるほど」
まぁ無駄話はこれくらいにしておこう。
「それはそれとして、揉め事って誰と誰がやってるか分かるか?」
興味本位で聞いてみる。
「さぁ?だけど、あの人混みの中心は二学年の玄関前だから、二学年の人が起こしているんじゃないかな」
二学年か。どうでもいいわな。
そう思っていると凛々しい声が聞こえてきた。
「正解だコウキくん。流石だな」
「メグミ会長、おはようございます」
会長? へぇ、美人だな。綺麗な白い肌、大きい目とバランスのとれている、スッとした輪郭。グラ子も美少女ではあるが、会長さんほど大人っぽくはない。
「おはよう。丁度いい所にいてくれた。私も先ほど報告を受けてな。生徒会室から駆けつけてきたんだ」
どうでもいいけど生徒会長が美人ってやばくね? 誰か主人公補正あるだろ。あ、コウキくんか。
「教師の方々は?」
「私に任せっきりだな」
うわ。いい加減だなこの学校の教師。....いや、この人にそれだけの権力っぽいものがあるのか。
「ところでコウキくん、隣にいるのは?」
コウキくんの隣...俺か。
「井浦くんです」
ちっす、うっす、あーっす、井浦だよ。
コウキくんが言ってくれたので、俺は心の中だけで自己紹介した。
「ふむ。クラスと....失礼かもしれないが、どんな能力かを聞かせて貰ってもいいか?」
あら会長、井浦に用っすか? おん? 言ってやろうか? クラスと能力。言っちゃうぞ?
「一年Eクラス、缶を作る能力の井浦です」
言った瞬間、会長の俺を見る目、表情が変わった気がした。
俺はそれを何度か見た事がある。何かを見いだそうとする目から、失望の目に変わったって感じだな。
察するに、『私の見る目も落ちたな』とか思ってるんだろうな。俺から何を感じたのかは知らんが、会長は俺に失望したのではなく、自分で自分に失望したって所だろ。
「一応聞くけど君は何故、それを自信満々に言ったんだ?」
そう会長が質問した結果、コウキくんの顔がほんの一瞬だが険しくなった。なので俺はコウキくんの前に出て言う。
「何故、自信満々に言ったか....気になるのか?」
この会長は自分の『見る目』よりも、学校が出した『Eクラス』という結果を信じて、あの表情になり、先ほどの質問に至った。それだけの事だろう。
まぁ、逆に学校が出した結果より、自分の見る目だけを信じる事が出来たらすごいと思うが。
「気になるな」
おお、真っ直ぐな言葉だ。さすが会長。
「じゃあ答えようか」
そして、俺はひと息置いてから言う。
「あ、やっぱ教えてあ〜げない♡」
コウキくんに険しい顔をさせたのは、少しムッと来たので仕返しに煽ったぜ。
そして、会長には『一瞬でも自分の"見る目"を信じた私がバカだった。もうこんな中途半端なものは、最初から信じないようしよう』と思わせるという、超紳士的な親切さも兼ねている煽りなのだ。
「ほら、その呆れた顔よりも、優先すべきことがあるだろ?」
言いながら俺は人だかりの方を指差す。まだ揉め事は続いているのだ。
「...ああ、そうだな。コウキくん、手伝ってくれ」
「はい。....井浦くん、またね」
「おう。頑張れよ」
コウキくん手伝うのか。
いや、自分の鞄は誰にも持たせたりしないのに、他人の鞄はどんどん持つのは昔からだな。
そう思いながら下駄箱にサンダルを置き、スリッパを取って教室に向かう。
教室には、ほとんど人はいなかった。あの揉め事を観に行ってるのか。
まぁ、缶から通学鞄を出す所を見る人が少ないのは都合がいい。今のうちに出してしまおう。
俺はポケットから四次元缶を出して、「出ろ」と念じながら指を鳴らす。
木刀が出てきた。




