閑話 瀬田
瀬田さんと師匠が電話する話です。(瀬田視点)
事情により、井浦の事を彼奴(アイツ)と呼ばせています。
大きい卓上に開いてある二台のノートパソコンを眺め、一人部屋の中、椅子に深く腰を下ろしながら小さい溜息を吐く。土曜、午前七時、窓の外は雨。
パソコンにあるのは、とある組織の関係者及び被害者の情報。こちら側で数日かけて身元を確認してまとめ上げてやったにも関わらず、上からは「勝手に動くな。能力があるからと言って調子に乗るんじゃない」と言われるだけの仕事である。
確かに自分もその組織の基地に乗り込んだのだが、それは俺が行かなかったら、彼奴が何をやらかすか分からないからだ。冷静なようで、調子に乗ると予想外の行動に出る。厄介な弟弟子を持ったものだ。
どっちかと言うと、彼奴よりも組織の奴らを守ったんだよ俺は。
そして見事に仕事が増えたのだ。
だが、それも一段ついたので取り敢えず奴にも言える事だけ言っておこうかと携帯電話を出した時、丁度それが着信音を鳴らした。
....知らない番号だ。しかし、悪い予感はしない。
これも何かの縁かもしれない。出てみるのもありだろう。
電話を耳に当てる。
『おお、もしもし? 瀬田か? 瀬田だな。俺が今そう決めた』
この声は....
「貴方が決めずとも俺は瀬田ですよ、師匠。久しぶりですね」
かけ間違えていたら如何するつもりだったのだろうと考えながら、しばらくぶりの声に返答する。
『もう師匠なんて呼ぶな。敬語っぽいそれも止め給え。だからおまえは....いつまで経っても俺の弟子なんだよ』
師匠の声を聞くのは....二、三年ぶりだろうか。聞いた時と全然変わらない。やはり師匠の声を聞くと、つい敬語になってしまう。
「死ぬまで俺の師匠は師匠ですよ。それよりどうしたんですか?」
『大分前だが、ケータイの機種変更をしてな。ついでに番号も変わったから誰かに電話しようと思っただけだ』
それで知らない番号だったのか。合点。
「そうですか。それはともかく、どこで何してるんですか?」
微かだが、演奏される笛や弦楽器の音が聞こえてくる。
『ん? ああ、サントリーニ島で火柱上げてる』
....なるほどな。理解が追いつかん。
「マジで何やってんすか...」
『いいぞサントリーニ。美しい街並みだ。そして何より、日本語は通じないが酒で通じ合える。酒は万国共通だな』
そして、師匠の笑い声が聞こえた。
宴会でもしてるのだろう。確かサントリーニ島はそれなりに有名なギリシャの観光地だ。向こうはまだ夜中か。
「羨ましい限りですね。で、日本から離れて何をしていたんですか?」
『ああ、仕事だ仕事。旅を兼ねてな。色々やったぞ。貧しい人に資源を与えたり、最強の能力と自称して人の上で胡座をかくような奴がいる国では、そいつの四肢の骨を消してやったし、治安の悪い国では治安維持活動に参加して....まぁ、うん。すごく平和になったな』
すごく平和か。疑問は多いが、そちらの方は触れないでおこう。
「....その最強の能力と自称してる奴はどんな能力だったんですか?」
『んなこと忘れたよ。すぐに終わらせたからな』
聞いてから思ったが、師匠が言っても参考にならない。
「そうですか...」
師匠の能力、その範囲内に入った敵は、岩に貫かれ、氷漬けにされ、炎に焼かれ、雷に撃たれ、光に焦がされ、骨を消され....等の仕打ちが待っている。しかもその範囲が広いのだから、もうどうしようもない。
恐らく、その自称最強は何も知らずに師匠の能力の範囲内に踏み込み、何もできずに四肢の骨を消されたと思われる。
『ああ。そんな感じで仕事をちょくちょく進めているな』
「要するに、外国へのボランティアですか?」
『まぁ、それもある。だが目的を言えば戦争の芽を摘む事だな。世界は少しずつ乱れてきているんだ』
乱れてきている....か。納得できてしまった事に、渋い顔になる。
日本でも、能力者の問題は尽きない。
最近は大人の能力者が揉め事や事件を起こす事は少なくなってきているが、いつまで経っても大人になれない奴もいる。無論、小、中学生や高校生などが起こす揉め事は多い。
好奇心で猫を殺すような、特別教育が必要な奴はむしろ増してきているようにも思える。
「そうですね。おかげで俺の仕事が増えますよ」
特別教育ではないが、先日、組織の基地に殴り込んだ後に彼奴にも色々聞くついでに少しばかり説教を垂れたが、強くは言えなかった上に、彼奴は寝惚けていた。
彼奴も厄介事を起こすのが好きだが、敵に回すのはいつも俺達が疑っている集団などだ。そして「偶然、現行犯を見つけた」と言ったりするだけなのでタチが悪い。甘くしてしまう俺もだが。
『そういや、お前らは俺が日本を離れてからどうだ?』
「まぁ、暑い日には冷水を飲んで、寒い日には白湯を飲むような生活をしてますよ。最近は、とある組織の基地に殴り込みに行って、上から怒られたくらいですかね」
『随分と俺に似てきたじゃないか。若い頃は俺も派手にやって教師や上司に怒られたからな。こりゃいいや。俺の息子の方の弟子が大人になったら、一緒に旅をしようか?』
師匠と彼奴と一緒に旅か。できるなら、今やるべき全てを忘れてそうしたい。疲れそうだが。
「いいですね。彼奴が成人するまで、あと四年ほどありますけど」
『四年なんてすぐだろ。アイツの調子はどうだ?』
「俺を組織の基地に殴り込もうと誘ってくる程度には元気ですよ。俺よりよっぽど師匠に似てきていますね」
『そりゃぁいい。アイツの能力、まだ成長を続けてるだろ?』
「まぁ....してますね。最近見聞きしたモノだと、動物が出てくる缶とか出してました。缶自体よりも中にいる動物の方が明らかに大きかったですよ」
缶ではなく、ビックリ箱を作る能力と言った方が合っていると思う。
『ほう。面白い奴だ。育てた奴の顔が見てみたいな。まぁ、育てたと言っても、俺が育てたのは苗木程度までだが』
「苗木程度?」
師匠が日本を発った時には、彼奴は爆発缶を出せるくらいまでになっていたのだが、あれで苗木程度しか育っていないと言う事か。
『ああ。俺は、アイツの能力という大地の奥深くに眠っていた種を苗木くらいまで育てただけだな。あとはアイツが普通に暮らすだけでも能力は成長していく。日々を過ごすだけでも自然と使われる。その程度でも成長できる力もある。アイツはまだ成長するぞ?』
まじかよ。あの全自動ビックリ箱生成機がさらに新しいビックリ箱を作るか。これ以上成長してどうするつもりなんだ。ビックリマスターにでもなるのか? ああ、頭が痛い。
「恐ろしい事言わないで下さい。今でさえ、俺は彼奴に手を焼くんですから。師匠に早く帰って来て欲しいですね」
『そうだな。来年までには帰ろうかと思ったけどやっぱり分からん。気が向いたら帰るわ』
自由人だな。身勝手とも言えそうな所だが。
「そうですか....」
『ああ。だが、お前も頑張れば成長できる。アイツと高め合ってくれよ。それともう暫く面倒見てやってくれ』
どうせ彼奴が何をやらかそうと、結局俺が後始末する事になるのだが。
「..はい」
『まぁ、アイツの能力も、そろそろ花くらい咲かせる頃だろう。どんな缶が出てくるか楽しみだな』