きゃっち みぃ いふ ゆー きゃん! (ドヤッ)
缶でグラ子の頬をぷにぷにして更に煽る。どうでもいいが、ぷにぷにするとグラ子の頬の弾力が缶越しに伝わってきておもしろい。
「ほれほれ? その能力で、これをなんとかしてみそ?」
井浦、側から見れば完全に悪役である。これで金出せとか脅迫できそう。いや、できないか。缶を突き付けて脅迫とか完全に痛い人だわ。そんな事してる人なんてどこにもいないよね。い な い よ ね 。
「っつ......うるさいっ!」
グラ子がそう叫ぶと、一瞬だけ浮遊感を感じた。嫌な予感を感じ頭上を見る。そこには先程俺が地面に投げつけたアルミ缶が浮かび上がっていた。
「しねっ!」
そんな物騒な掛け声と共に、浮かび上がった缶が俺の頭を目掛けて落ちて来た。異常な速度で。死ぬ事は無いだろうが、当たったら超痛そう。
「しにましぇん!」
条件反射で、指をパチンと鳴らす。すると、落ちて来ている缶はフッと消えた。
うむ。成功したな。
「まだっ!」
俺がそう思っているうちに、グラ子は俺の鳩尾にチョップをしようとしていた。だが井浦は超絶な反射速度で、頬に突き付けていた方のアルミ缶を自分の鳩尾を守るように持っていった。
そして、缶でチョップを受ける。だが受けたチョップは予想以上に重く、危うく仰け反りかけて、後ろに一歩下がった。
「缶が消えるなんて聞いてない」
何? 消えたのがそんなに不満なのかな?
「秘技、缶消しだ。今聞かせた」
能力で出した缶を消す技である。『消えろ』って念じながら指パッチンすると、三回に一回くらいの確率で消せる。失敗しても消えないだけの事が多いが、ごく稀に、二つに増えてしまった事もある。
「それより、よく素直に工夫して能力を使ったな」
「別にッ.....あんたの言う通りにした訳じゃないから」
グラ子さーん、俺に重力かかってますよぉー? と思ったらすぐに止まった。
ツンデレが暴力的になるとこうなるのかな? これが噂の、某ヤサイ星王子ベ○ータ系女子なのか。
「そうか。ついでに言うと、指パッチンやると能力の発動がしやすくなったり、イメージした事ができやすくなる。ルーティーンみたいな感じだな」
まぁ、これに気がついたのは偉大なる我が師匠で、俺はそのマネしただけなのだが。指パッチン発動式の缶とかも、きっとこれに関係してると思う。
指パッチンはなんかこう、すれば何かが起こるような気がするじゃん?そんな感じ。某焔の錬金術師も指パッチンで炎を出してたしね。
「だからあんたの言う事に従ってないし従わないから!」
おうおう、典型的なべジー○系女子まであと一歩だな。がんばれ。
「まぁ、従う従わないはどうでもいいが、ここで意地張っても可愛いだけだぞ?」
「....意味わかんない」
相変わらず素っ気ないヤツだな。
「そうか。まぁどうでもいいけど頑張れお」
そう言って、俺は片手を肩の上でひらひらさせながら踵を返す。ふぅ、この施設から脱走して帰ろうか。フシは....まぁ放置でいいか。
そう考えながら歩いていると、後ろから声をかけられる。
「どこに行くつもり?」
あらら。それっぽい雰囲気にして、この場から去ろうと思ったのに。
それに、どこ行くかなんて、そんなの決まってるじゃないか。
肩で風を切るように振り返りながら、グットサインを出して、満面の笑みで答える。
「☆ナイショ☆」
井浦にだって秘密はあるのよ。
「くっ....」
「ぉん? イマ、重力攻撃しようとしたのかなぁ? うふふ、だめだぞぉー? でもよく持ち堪えましたねぇ。偉い偉い」
うざいうら。それは、みんなの心の中にある。
「....表に出ろっ」
おー、こわいこわい。いやマジで。超怖い。ヤンキーっぽい台詞が地味に似合ってて怖い。ヤンキーグラ子って感じ。
それは置いといて、表に出ると本格的にヤバイ気がする。だがヤバイに向かって一直線なのが井浦である。
「了解」
そう答えるとグラ子は黙って振り返り、表の通りに出た。俺もそれについていく。
そして、誰も、何も通っていない広い道路の真ん中で再び向かい合った。
グラ子が口を開いて何か言おうとする。
だがそのタイミングで、丁度放送が入った。
『鬼が一名、復活しました』
なるほど、コウキくんの仕業だな。俺がグラ子と話してる内にそこまでいくとは。『雷速』の称号を与えたいね。
ただ、鬼が復活となると、のんびり話してもいられない。グラ子の直接重力攻撃も、煽って封じられた事だし、そろそろ煽りも仕上げといこう。
「面白くなってきたな。コウキくん本気でやってるっぽいし、これは最後までどうなるか分かんないな」
もっとも、これはテストなので勝ち負けはどうでもいいのだが。何が勝ちかも分からないし。........でも、そこに勝負があるなら、とりあえず勝ってみたくなるのも事実だ。
「ここまで来たなら、さっさとあんたからハチマキ取り返して、全員捕まえるわ。どうせあんた、ハチマキ燃やすって言ってた癖に燃やしてないんでしょ」
「燃やすつもりなんて無かったしな」
燃えかけてびっくりしたけどね。
そう思いながら、ハチマキをポケットから出してグラ子に投げる。
「ほれ、ハチマキやるよ。欲しいんだろ?」
そう言った俺は静かに嗤う。
「....は?」
ひらひらと舞い足元に落ちたハチマキを見たグラ子はあり得ないものを見る顔をした。
「私をあれだけ挑発しといて、逃げるつもり?」
「ピンポンピンポーン、大正解。俺は逃げるよ」
グラ子は俺の考えている事を見ようとするかのように、俺を睨む。
「....俺が逃げる事がそんなに気に入らないなら、追いかけてくればいい」
あれだけ他人を闘争者にしたその本人、この井浦は逃走者になるのである。まぁ、逃走も闘争もそんなに変わらないか。
それと、逃走と言えばあの言葉が有名だな。ほら、あれだ。
「俺を捕まえてみろよ。お前に出来るならな」
言ってみたかった台詞が言えたぜ。
「まぁ、俺に追いついたとしても、今与えた分も含めて二つのハチマキを取るだけだからな。俺を捕まえる事は諦めた方がいいぜ?」
もし追いかけられ、その上で追いつかれたとしても、グラ子が巻いてるハチマキと、俺が渡したハチマキ。二つを取り返せるだけである。
もうここまで言えば、流石のグラ子ちゃんも諦めてくれるだろうね。ねっ。ねっ!?
そう願っていると、グラ子は足元に落ちたハチマキを拾った。
おっ? これはどうだ? 諦めてくれるかな?
だがグラ子は拾っても何も言わず、ただ拾ったハチマキを使い、長い黒髪を頭の後ろにまとめ始めた。
「どうした? ハチマキは髪を結ぶ為のものじゃないぞ?」
髪を結んでるグラ子とか初めて見る気がする。新鮮だな。黙っていれば中々の美少女だと改めて思いました。
「ヘアゴムの代わりよ。結ばないと、追いかけるのに邪魔だから」
「なるほど」
....ちょっと待てよ? 追いかけてくる事はもう確定事項っすか?
でも、まぁいいか。
「要するに、この能力を使ってあんたを捕まえればいいんでしょ? あんたなんか余裕よ」
余裕なのか。こわいこわい。
「ならもっと余裕にしてやる。俺は空缶しか出さない」
どうだ? とグラ子を見る。
「....なら私は十秒待つ。その間にせいぜい私から離れなさい」
やったあ。ありがたい。
それと声のトーンが怖いよグラ子ちゃん。いつもの事だけど。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺は早速、グラ子から離れた。
ある程度離れた所で、一旦振り返り、グラ子に一言叫ぶ。
「バーカ!」
そして俺は全力で逃げ始めた。