腕を、もっとこう、翼のように(助けてEーりん)
道の脇には、木が生い茂っている。テスト中である事を忘れるほど穏やかだ。鳥のさえずりでも聞こえたら良かったのにな。
それと、重力がもう少し弱かったら良かった。
あ、これ穏やかじゃなかった。
「よくノコノコと歩いていられるわね」
背後から重力が詰まった圧迫感が、耳から入り込んで来たような感覚だ。
俺は歩くのをやめて立ち止まった。
これ以上歩いたら重力攻撃がしんどくなりそうと井浦の直感と数年の経験が言っていたので。
「井浦はノコノコ歩いてない。ウラウラ歩いていたんだよ」
そう言いながら、持っていた空き缶で自分の額をコツンと叩く。
あっ、ちょっ、重いぜグラ子さんや。
「捕まりたいの?」
「あー、捕まえるなら早く捕まえてくれ」
見つかった時点でアウトなのだ。重力攻撃がつらいぜ。
.............
「はぁ........あんた変わってる」
お、おう。急にどうした。
俺は前を向いているので、後ろにいるグラ子がどんな顔をしてるかは分からんが、なんとなぁく真剣っぽく感じる。
それはそれでなんか怖いですぜグラ子さん。
変わってるって変人って意味かな? でも、それなら俺は能力の時点で十分変だし、俺の育て親も変人だったから、何を今さらって感じだ。
という事は、昔と色々変わってるって意味かな?
「グラ子は変わらないな」
体が重い、疲れる、ちょっと頭に血が上らなくなってきてもいる。お家に帰りたい。脳は働かない、いつも通りに。
「相変わらず、林檎を重力で落とそうとする、全て落とせると思ってる」
重力攻撃は、頭に血が上らなくなるので脳が働かなくなり、能力者は能力の精度が落ちたり使えなくなる。
もちろん、気を失ったりもする。
頸動脈の圧迫と同じようなものでござるな。
「でも、重力じゃあ落ちない、届くまで手を伸ばして背伸びして、それでも取れるかどうかすら分からないような林檎があるって知ってる?」
俺は、重力攻撃されても、耐性みたいなものが付いたので普通に能力が使える。
瀬田さんは、そもそも重力攻撃が効かない。
かかっている重力が少し揺らいだ。
「....まぁ、俺は今なら、その木の下でパインアップルの缶詰でも食ってるけどな」
重力が戻っていく。
「だから、もし俺が昔と変わったとしたら、グラ子と同じ、能力で解決するようになったって事だな?」
まぁ、俺自身には変わったつもりは無いけども。俺からすれば、届いた林檎がパイン缶だっただけだしな。
それを言おうと口を開けた時、グラ子が声を発した。
「もういい」
そして、後ろから聞こえる足音が遠ざかる。
振り返ると、グラ子は黒い髪と、白いハチマキの尾を揺らして行ってしまっていた。
あらら、拗ねちゃったかな?
俺は重力が戻っても、しばらくこの場に立っていた。
ふと、見られている気がして周囲を見回すと、木の枝や葉で上手く隠されている監視カメラを見つけた。
「....そういえばこれ、教師達に監視とかされてるのか。........さっきのやり取りの音声とか拾われたら、なんかやだな」
「音声は、拾われないらしいよ?」
グラ子より優しい声が....と言うかグラ子が圧迫的なんだよな。とにかく、生い茂る木の方から声が聞こえた。
この声はユカリヨさんかな?
「へぇ...........なんでそんな所に隠れてんの?」
............
「........あの、植物系の能力だから、植物がある所に隠れた方が良いと思って来たら、井浦くんが話す声が聞こえて........」
「どこらへんから聞いてた?」
「よく理解はできなかったけど、一応、ウラウラ歩いている所から....」
や っ た ぜ 。ほぼ全部ですね。
「んあー、もういいや。諦めよう」
「諦めちゃうんだね」
すでに聞かれてしまったので、どうしようも無いし、どうするつもりも無い。
ユカリヨさんが生い茂る木と木の隙間から出てきた。
なんか久しぶりに会った気がする。ほんの数日前に会った事が一カ月以上前に感じるわ。
「ユカリヨさんも逃走者なんだな」
「うん。私は六番目だから」
「ああ、なるほど」
順位の上から四番までが鬼って八頃が言ってたっけ。
でも六番目なら逃走者の中ならトップクラスじゃん。
「井浦くんは隠れたりしないの?」
「うーむ、まぁ脱走もありだし、捕まっても良いと思ってる」
隠れても、見つかってしまったらどうしようもない。というか面倒なので道端で寝ていたい。今日も平和である。
「でも脱走するなら、見張りの鬼と闘う事になるんじゃない? 」
うわー。まぁいいか。
「いざとなったら缶使って、側から見れば運が良かったとしか思えない事して脱走すればいける」
「なんかすごいね」
バレなければ、イカサマでも、ズルでも、能力でもオッケーなんだよこの世界。
『汚い』は褒め言葉でどうぞよろしく。
「ユカリヨさんはどうするんだ?」
「逃げ切るかな。植物がある所なら、私の領域だから」
ユカリヨさんは自信ありげに笑って言った。
カッケェわ。俺も言ってみたいわ。
缶がある所なら、俺の領域だから......
.......やべぇ俺が言っても意味わかんねぇ。缶がある所ってどこだよ。俺の手か?俺の手に缶があるけど、俺の領域はそこかな? 随分とちっさい領域だなおい。
それとも自動販売機の中かな? 悲しいわ。この事を考えるのはやめよう。
「ユカリヨさんパネェっす。ほんと、井浦の存在意義が迷走するくらいパネェっす...」
植物の能力者が聞いてる中で林檎を語った井浦って一体何よ。自滅しかしてない。涙腺が崩壊するわ。
そうだ、道端で体育座りしよう。
「......大丈夫?」
ユカリヨさんが聞いてきてくれた。
「ダメ」
「そっか」
ああ、どうしようかな。
こんな時はアレだ。あのメタリックブルーで、EEと大きく書かれた缶を思い出すんだ。
....よし、思い出した。思い出しても何もないわ。飲まなきゃ。
「........EE缶、翼を授ける」
「....えっ、何?」
監視されているので、外見は普通のコーヒーの缶だ。だが、中身はEE缶そのものである。それを示すように、口からいつもとは違う刺激が流れ込んだ。よし、目が覚めた。
井浦、覚醒。したような、してないような。
俺がやるべき事は何だ? クラスアップの見込みは? 逃げる必要は?
全部、特に無い。
「ちょっと俺、逃走者革命を起こしてくる」
「え?」
まずは捕まった人を解放しよう。
『汚い』は褒め言葉でどうぞよろしく(二回目)
その頃、教室にて
「雨が降り始めたので.....あれ? 誰もいないでスね」
「あっちの大きい建物に井浦さんがいそうな気がしまス」