ボブ、フーアーユー? (その答えに、全ては感動する)
視点変更、あります
井浦→瀬田
俺が鯖缶(二つ目)を食べていると、給湯室の扉が開き、二十代くらいの男が入ってきた。
「おう、見かけねぇ奴だな。それにその格好は何だ?」
男は俺の姿を確認すると、そう聞いてきた。
戦闘は回避したいし、適当に誤魔化すか。
「ああ、潜入布教のミッションから久々に帰ってきたんだよ」
言ってから思ったが、これは無理があるかもしれない。なんだよ潜入布教のミッションって。
学校に潜入して布教しろとか言う教祖がいたらそれだけで感動のコメディーストーリーが出来ちゃうよ。
ダニエルは布教先の学校でジェシカに出会い、ダニエルとジェシカは恋に落ちた。だがダニエルはスパイ。彼はジェシカに対してどうしていいか分からなかった。そしてそんな時に現れた謎の男、ボブーーー エンディングまでには泣くんじゃない? 感動のコメディーストーリーが今、始まってたまるか。
ふぅ、落ち着け。大丈夫だ。
俺は目の前の男を見て彼の返答を待つ。そして、彼は口を開き、言った。
「おう、おつかれさん。若いのに頑張るな」
よーしよしよし、セーフだ。あんまり考えないタイプだこの人。良かった。
「あざっす。それより鯖缶でも食べようぜ」
「おっ、ならご一緒させてもらおう」
そう言って彼は向かいの椅子に座り、俺が出したままにしておいた、割り箸入れの中から割り箸を一つ取る。
俺は、一応彼には見えないよう鞄の中に手を入れて鯖缶を作って、彼に渡した。毒は入れてない、普通の鯖缶だ。
彼は鯖缶を開けて食べる。
「おう、鯖缶は久々に食ったが、中々うまいな」
「そりゃどうも」
そりゃ井浦が監修した井浦製の鯖缶だからな。いくら金を積まれても、食えるかどうかは俺次第。そんな希少品だ。心して食べたまえよ。
「なぁ、地下室って今どうなってるんだ?」
とりあえず聞き出せる情報を聞いておこう。
「地下室? ああ、中がどうなっているのかはしらねぇ。ってか教えて貰えねぇんだよ」
なるほど、教えられてないのか。
「まぁ、ある程度能力が強くなったら教ぇてやると言っていたがな。俺の能力はあって無いようなものだしな」
「へぇ、どんな能力だ?」
なんとなく聞いてみる。もし戦闘になったら相手の能力とか知ってた方が有利だし。
「俺以外の時の流れを止める能力だ」
ファィ? 時止め? 逃げよう。って無理か。時間止められたらアウトじゃん。
「....聞いただけなら大層なものに聞こえるだろうがな、止められんのは一瞬にも満たない時間さ。全宇宙の時間を止めるんだかんな」
おお、なるほど。だからあって無いようなものなのか。確かに全宇宙の時間を一人の人間が止めるってのは出来るだけでも凄いように思える。
「成長するかもしれんと思って、この宗教に入ったんだがな。成長らしい成長もしなかったよ。だから俺は近いうちにここを抜けようと思うんだ。そんで普通の大学にでも行くのさ」
彼はそう言って空っぽになった鯖缶を持ち上げふらふらさせた。
ここまで言われてしまうと、なんて言うか、同情せざるを得ないな。
「なぁ、なんか、好きな動物とかいるか?」
「おぅ? 俺は....そうだな、犬とか好きだぞ? 強い犬とかは特に好きだ」
俺は強い犬をイメージしながら缶を出す。
「これを開けてくれ」
彼は出された缶と俺を交互に見ながら言う。
「こりゃ、何だ?」
「その中に、強い犬が入っている」
彼は目を見開いた。
「....おめぇの能力が何かは知らんが、礼を言わせて貰う。ありがとう」
「ああ」
友情。これが友情なのか。感動のストーリーは、最初からここにあったんだ。
だがその感嘆は、ドアが開く音によって遮られる。
「いたぞ!こいつだ!」
そう叫んだのは、先程、股間と鳩尾に打撃を加えた奴だ。もう復活したのか。
「さっきのお返しだ!」
そう言って奴は俺に殴りかかってくる。
俺は避けきれないと判断し、受ける構えを取ったその時、
「ポチ! お手ぇ!」
その声と共に黒い何かが俺と奴との間に入り込み、奴を廊下の壁までぶっ飛ばした。
「おめぇのこれ、開けさせて貰ったぜ?」
その声が横から聞こえた。ああ、この黒い何かは犬だ。確かに強い。
筋肉が発達しすぎて筋骨隆々だし、仁王立ちして腕組んじゃってるし、俺より身長高いけど、確かに顔だけは警察犬のような犬種の犬だ。顔だけは。
「おい、何だあいつ!」
吹っ飛ばされた奴の周りにいた奴等が言うった。
横から彼の声が聞こえた。
「おめぇが何したのかぁ知らんが、どうせ俺もここから抜けるんだ。おめぇの味方をしてやんよ! 」
アツい、アツいぞ!少年マンガくらいアツいぞこの男!
「ポチ、やれぇ! ワンワンドッグショー!」
俺の目の前から消えたポチの姿と引き換えに、給湯室の外で断末魔が聞こえた。
これが伝説の、一腕獲愚拳か!
「なぁ、おめぇがくれた犬、超強えぇな」
「ああ」
数十秒で、ポチは戻ってきた。一腕獲愚拳が終わったらしい。
その犬を撫でながら彼は言う。
「俺の名前はトキサ ススムだ。トキサって呼んでくれ。おめぇは?」
すごい犬が出てきてしまったなぁと今更思いながら、俺は答える。
「井浦って呼んでくれればいい」
「ああ、分ぁったよ」
開いたままになっていた扉の外から声が聞こえた。
「井浦くん!?何があったんだい?」
そう言ったのは、さっき通路で俺と別の方向に行った筈のコウキくんである。後ろに中学生くらいの女の子を連れている。
「いや、コウキくんこそ何があったよ?」
「わん!」
「ほら、ポチもそう言ってるぞ?」
「ポチ....ね。ポチという名前のイメージが変わったな」
コウキくんは乾いた笑い声を給湯室に響かせる。
「まぁ、鯖缶でも食ってゆっくり話そうや」
トキサがそう言った。
こいつ、まだ鯖缶食うつもりなのか。
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金属で覆われた部屋。俺は目の前にいる青年くらいの男に言う。
「諦めてくれよ。君はまだ若い」
壁の金属は、棘になり、刃物になり、拳になり、俺を襲ってきた。
「なんで....なんでナンデなんでナンデ!?」
俺は、ここに落ちた時から一歩も動いていない。
「諦めてくれよ。スーツが破れたら大変だ」
俺は、どこからともなく襲ってくるそれらを、手の平で受け止める。
「諦めてくれよ。そんな攻撃しかできないなら....
俺 は 傷 す ら つ か な い 」
手の平は傷など無く、綺麗なままだ。
目の前の青年の顔には疲労が見える。
「....ッ、ぉらぁ!」
頭を目掛けて金属の刃が襲ってきた。だがその刃は、またしても破片となる。
「諦めてくれよ。そんな攻撃じゃあ、俺の髪の毛一本も、切り落とせないんだ」




