頸動脈の圧迫は危険です。(押すなよ? 絶対に押すなよ?)
夜道の中、ぺたんぺたんと俺のサンダルが歩くたびに音を鳴らす。
だが、その音は突然途切れる。
首の付け根あたりを圧迫されたのだ。
そして、俺は地面に倒れ、意識が飛ぶ
とでも思ったか!? なめんな。俺は井浦だぞ? 地面には倒れているけども。
俺は、帰路にはつかずに、人気が少ない道をわざと歩いた。
そして、敵をおびき寄せたのだ。全て計算通り!
とりあえず俺は瞼を閉じて、意識を失ったフリをする。
「最初からこうしてしまえば良かったですね。獣の足で音を立てずに忍び寄って、頸動脈を圧迫すればこうなるのですから」
はい。解説ありがとうございます。以上、実況が井浦、解説がくまタヌさんでした。
くまタヌさん商業会社の社長なんかよりも暗殺者でもやればいいじゃん。
それとも解説続ける? なら俺は実況を続けるよ? 音声しか拾えないけど井浦の想像力を働かせて実況するよ?
「これでいいんですよね?」
解説のくまタヌさん、これは誰に聞いてるんだぁ?
「ああ。これでいいぞ。よくやったぞ」
おおっとーぉ、この低い声は誰のだぁー?
いや、マジで誰の声だよ?
「これを使えば稼げるんですね?河田さん」
河田さん!先程の声は河田さんだそうです!
誰だよ河田って。熊谷に河田で田舎の風景でも表してるの?
「こいつは使えるぞ。アジトに持ち帰って洗脳してやるぞ」
おおっとー、ここで河田さんも解説に加わったぁー! アジトに持ち帰って洗脳するらしいです!
まじかよ。
「これでうちの会社の安泰を約束して下さるんですね?」
なるほどぉー、熊谷さんと河田さんは取引関係にあるようです!
だが河田さんのポジションが良く分からない! 別組織の人かな?
「そんなことは言ってないぞ。ただこいつを使えば稼げるかもしれないと言っただけだぞ」
おおおおっ!?これは、くまタヌさんが扇動されていたのか!?
「そんな!? 」
「こいつはお前には勿体無い者だぞ。こいつは俺らで使わせてもらうぞ」
「ッッ........貴方、まさか私の思考力を」
「そうだぞ。これが俺の能力、思考操作ぞ」
なるほどぉー、くまタヌさんは河田さんの能力によって思考操作させていたようです!
河田さん、自分の能力の解説、ありがとうございます。.....強くね?思考操作。
「もうオマエは駒としての役目を果たしたぞ。これでさよならだぞ」
「........ッッ」
「諦めるぞ。もうおまえは何も出来ないぞ」
「........貴方を、殺す事ぐらいならああああッッ」
『ドスッ』そんな音が聞こえた。俺の表情筋が動きそうになるが、それを抑える。
「峰打ちだ。安心せぇ」
おおっとー? ハードボイルドな声が聞こえたぞー!?
誰の声だ。そしてこれはどこの時代劇だ?
「これだから思考力が低下した奴は嫌いだぞ
」
........これは? 河田さんの声だぁー!河田さんが生きているー! という事は、峰打ちされたのはくまタヌさんだぁー!
「お前な.....自分でやっといてそれはないんじゃなか?」
「こうなるから二人で組んでるんだぞ。ヤマモリ」
おおっー? ハードボイルドな声の主は、山森さんのようです。熊谷よりニュアンスが田舎的だぁー!
河田と山森で組んでるのか。お前らマジで誰だよ。二人合わせて、河田山森・田舎〜ズ?漫才でもやんの?
「そうだな。この突っ伏している二人はどうすっか?」
「本当はクマタニは使用済みだが、こいつも回収するぞ。こちら側で処理するぞ」
「へいへい」
井浦は?井浦はどうなるの?
「来たぞ」
車のエンジン音が聞こえた後、おそらくここで止まった。エンジン音からすると軽自動車ではないだろう。
「荷物も全部回収だぞ。こいつらは起きないうちに手足を縛るぞ」
俺は足首を縛られた後、両手首を頭の後ろで縛られた。この感触はロープかな。ワイヤーでなければどうにかなるだろう。
一旦担がれ、その後コンクリートよりも柔らかい所に下された。車の中だ。どうせだし、こいつらの向かった先で暴れよう。
「よし、ずらかるぞ。ヤマモリ、ちゃん見張ってろぞ」
車が動き始める。
「へいよ」
山森さんの声は後ろから聞こえた。という事はこの車は三列シートのワゴン車か。どうでもいいね。
それより目を覚ますタイミングどうしようかしら。
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車のエンジン音は、大体三十分ほどで止まった。
その三十分の間で俺は手首に縛られた縄を解いたのだが、普通に縛られているように見えるだろう。器用貧乏、万歳。
「こいつはまだ目が覚めないのかぞ?」
「へい。どうしましょうかね?」
「地下室に置いておくぞ。しっかりと見張ってもらうぞ」
到着したのかな? よし、自由になるか。
俺は頭の後ろで手首を縛られた体制のまま、手から見えないように、缶を出して置いた。
俺が出した缶の中には強力な睡眠ガスが入っていおり、吸えば一発でおやすみモードになる。指パッチン発動式。
次にオーバードライブ缶を開け、開いた手を使って吸った。バドミントンでは発動は遅いが効果の高い飲むタイプを使ったが、今回は即効性のある吸うタイプだ。
肺から心臓そして全身。血液が流れた場所から細胞が刺激を受け活き始める。
「おいこいつっ!」
喋らせる暇など与えない。
俺は目を開き、一瞬瞳をぐるっと回して空間を把握する。大体俺が予想した通りで、俺の位置はワゴン車の二列目だ。空になったオーバードライブ缶を、三列目の席で俺を見張っていた山森の額に当てた。
携帯などが入っている俺の鞄が足元に置いてあったので、それを縛られた両足で掬い上げながら、片手でスライド式のドアを開く。
「いっ!?」
「ぞっ!?」
まず掬い上がった鞄が、開いたドアから外に出る。それに続いて鞄を掬い上げた勢いで後転して、俺の身体を車の外に出す。
地面に縛られた両足が付くと同時に、後転の支点としていた頭を外に出し、開けたドアを閉めながらもう片方の手で指をパチンと鳴らす。
奴らは俺を逃すまいとドアに手をかけようとするが、それよりも早く睡眠ガスが奴らを包み込んだ。
俺は縛られた足を解いてから、車の中から放り出した鞄を拾って、スマホを取り出す。
「昨日だったらすでに眠ってる時間だな」
画面に表示された時間を見てそう呟いてから、すっかり静かになった車の方を見た。
辺りは森で囲まれていて、スマホで位置情報を見ると、微妙に遠い場所まで来ている事が分かった。
最後に、車の向こう側を見る。そこには、塗装が所々剥がれて錆びている、円錐形の建物が建っていた。
放っておくのも危険そうだが、何も考えずに一人で潜入しても危険そうだ。オーバードライブも使っちゃったし。
入る前に車の中の奴らに色々聞いてみるか。寝てるけど。
バドミントン対決で使った缶の良い名前が思い付かなかったので、とりあえずオーバードライブ缶と呼ばせました。




