俺の使命缶が、その扉を開いた。(やっと外の世界へ出れるんだ!)
井浦は一時間目でオーバードライブをしてしまったので、その後の授業は出汁を取った昆布のようにぐったりしていた。
そして昼休み。
俺はしんどい階段を上って西校舎の屋上へ来た。何故かというと、今日の朝、ユカリヨさんに昼休み、屋上で報酬の話をすると聴かせた事を思い出したからだ。
学校の屋上と言えば、なんとなく青春っぽいイメージがあるが、正直日差しが暑くてそれどころじゃない。まだ六月の下旬に入ったばかりなのに。
俺はそんなことを考えながら、日影に座り込んでパイン缶を食べている。パイナップルの甘味と酸味が程よく口の中で広がる。
この味を出すために十年近くかかった。初期は粗悪品しか出なかったし。
あの頃の初めて空き缶以外の缶が出た感動と、その中身のクソ不味いパインを必死になって食べ切った事は今でも覚えている。
そう思い出に耽りながらパイン缶を食べていると、ドアの開く音が聞こえた。
「おお、開いた」
そんな呟きと共に登場しました今回の依頼人、ユカリヨさんです。
「いつも西校舎の屋上の鍵って閉まってるよね? どうやって開けたの?」
ユカリヨさんはドアを開けた後、一度周りを見渡してから、俺の姿を捉え少し笑いながらそんなことを聞いてきた。
「ああ、缶だよ缶」
「鍵がかかったドアを開けられる缶なんてあるの?」
ユカリヨさんは少し驚いた声を出すが、そんな缶を出せる訳無い。
「いや。ただアルミ缶を材料にして、ここのドアをこじ開けられる鍵を、入学してから二日かけて作っただけだ」
そう言いながら缶から作ったアルミ製の鍵を見せる。
屋上へは割と自由に行きたい派な井浦くんです。階段がしんどいからそんなに行かないけど。
「へ、へぇ、そんな事も出来るんだね」
ユカリヨさんは反応に困ったような顔をする。
「ああ。鍵穴と本物の鍵を見たら、後はアルミの形をそれに近くすればいいだけだったし」
「.....井浦くんって器用貧乏だったりする?」
うわぁ、地味に最近気にしてる事を突いてきたな。
「うん....まあ、そうだな。....それより本題に入ろう」
とりあえず前置きから本題に話を変える。変えなければ、ずっとのんびり世間話をして終わりそうだったし。
「そうだね。五万円だったっけ?」
しっかりと聞いてくれていたみたいで何よりです。
「そうだ。まぁ、今後の生活費を考えた結果の金額だけど」
つまりほぼ適当なのだよ。俺が直接動いたケースは何度かあるが、その時も報酬は適当に決めた。
「そうなの!?もっとほら、他に理由とか無いの?」
ユカリヨさんは驚いたような顔で言ってくる。
そんなこと言われてもなぁ。
「特に無いな。ただ俺の食卓に彩りが欲しいと考えた結果だよ?」
「私を助けてくれた対価は食卓に彩りが付くだけなの?!」
ユカリヨさんは更に声を上げる。
助けたって昨日の件の事かな?
「いや、あれは助けたって言うより俺が襲撃したらユカリヨさんがいただけだろ」
それとあの時、電話の電源を切っちゃった事とか悪かった思うし。後悔はしてないけど。
「そうだったんだ」
ユカリヨさんは少し声の調子が落ちる。
一体この子はさっきから何を求めてるのかね?
「でも、抱っこで家まで送ったのは五万円の内、一万円くらいの報酬になってるかもな」
「あの時は、その、....ごめんね? 重かった?」
そしてこの恥ずかしがりである。人の心は解らないなぁと井浦くんは思いました。
「どっちかと言うと軽かったがな........」
重さの問題ではなく、精神的なモノの問題ですねあれは。
「あっ、えっ?....あっ、ありがとう」
ユカリヨさんは下を向いたので表情はよく見えなかったが、体重の事を気にしていたのかな?
「ああ、うん。どういたしまして?」
........
沈黙が流れる。え?俺が悪かったか? 他になんか言った方が良かったか?
「あー、えーと、五万円だよね? 現金でいいよね?」
その沈黙を破るようにユカリヨさんは上着のポケットから財布を出して言う。まさか今払おうとしてるのか?
「現金でいいが、今五万円も持ってるんすか? 金持ちなの?」
ああ、諭吉くんを五人だな? ほらよ。的な感じですか? なんかカッケェなオイ。
「別にお金持ちではないけど、Sクラスの奨学金は結構な額が貰えるから、使わないと口座の中の金額の数値が、だんだん怖くなってくから....」
うん、なるほど、おい待て。普通の事のように話していたが、奨学金って何だ。 聞いてねぇぞ?
「奨学金なんて出るのか?」
「えっ? 知らなかったの?.......そういえば井浦くんはEクラスだったね」
Eクラスの井浦くんは奨学金なんて貰った事ありません。ショウガクキン?何それ?どんな菌?
「確かCクラスから奨学金が出て、そこからクラスが上がると金額も上がっていくって聞いたけど?」
「よし。爆発缶が出るようになったって先生に報告してくるわ」
「やめておいた方が良いと思うよ?」
ああそうじゃん。ユカリヨさんの冷静な指摘で思い出した。俺が缶を学校で出すと、不思議な現象の犯人が俺って事が学校側にバレてしまうかもしれない。ってかそもそも爆発缶自体が危険視させる。もう詰んでるわ俺の学校生活。
「うわぁ、でも奨学金さえ貰えればわざわざ缶を売って稼ぐ必要は無くなるのにな」
「なんか、上がるのに丁度良い缶とかは無いの?」
「無い訳ではないが.....」
一時間目に使ったオーバードライブ缶、外周で使ってる筋肉強化缶。そこらへんはあまり売っていないし、二次災害も起こらない。でもそれだけだと、行けてもB、Cクラスくらいにだろう。
でも一気にSまではいかなくても良いだろうし、奨学金が出るのはCクラスからって言ってたし、どうしようかな。
少し考える時間が欲しいな。
「能力テストっていつからだ?」
「明後日からだよ?」
え?今なんて?
「もう一回言って貰えないでしょうか」
「明後日からだよ」
ンペェ!? まじか。考える時間とかほぼ無いじゃん。ところで「ンペェ!?」って何だろう?きっと井浦が凄く動揺した時の鳴き声だわ。
さぁ、ほんと、どうするか。




