2010年7月 「私の」メソッドはどこにある?
日本では、英語のリスニングで悩みを抱えている人は少なくないようです。
少し調べただけでも、そういった方々のための「耳」を鍛えるためのメソッドや教材が、山のようにあることが分かりました。
では一体、どれを選んだらいいのでしょうか。
「発音できない音は聴き取れない」という理屈は納得できますし、多くのメソッド・教材でも同じ理念を掲げています。しかし、それ以外は全然違っているので、どうしようかと思いました。
私は口コミやレビューを頼りに、インターネット上をさまよい歩きました。とりあえず、覚えなければならない法則やルールが極端に少ないものは、「私の」耳がそんなに簡単に矯正できるわけがないだろうと思って、排除しました。しかし、それでも異なる主張が数多くあって混乱しました。同じ英語という言語の発音なのか疑わしくなってくるほど、言っていることがばらばらなのです。
見たところ、私の好みに一番合いそうなのは「フォニックス」という系統のようなのですが……。
私は休日、隣の市に出かけていって少し大きな書店を訪れ、フォニックス関係の本を実際に手にとって確かめました。店頭には2種類ありましたが、それぞれやり方が異なっているようです。
じっくり見比べましたが、どちらも何かが違うような気がしました。いいえ、別に間違っているというわけではないのです。「私にとって」これは違うと思ったのです。
最大の問題は、発声練習が必要だということでした。ついでなので、そこにあった他の「耳」関係の本も片っ端から確認しましたが、どれも発声練習が不可欠なようでした。CDやDVDに合わせて歌を歌えという指示があるメソッドもあります。
私が住んでいるのは、うなぎの寝床のような細長い部屋です。私自身はお隣さんや上下の階の方が宴会をしていようが、カップルでいちゃついていようが全然気にならない性格ですが、自分が近所迷惑になるかもしれないことは、したくありません。こんな細長い部屋で発声練習、ましてや歌を歌うだなんて論外です。趣味の音楽鑑賞でさえ諦めて、一切やっていないくらいなのですから。
それに、そもそもリスニングは通勤時間だけと決めていたはずです。部屋で発声練習するのは、私のポリシーだけでなく、英語力を上げるために決めた最初の方針にも反します。
私はその場はいったん諦めることにして、自宅に取って返しました。
完全に手詰まりかと思えましたが、それでも私は何か方法がないか探し続けました。
そして、手がかりを求めてインターネットで検索を続けているうちに、不思議なウェブサイトを見つけたのです。数年前のことで、しかもどうやって辿りついたのか全く覚えていないので、ここでは紹介できないことをお許し下さい。
そこには見たことのある記号がたくさん並んでいました。英語の辞書に載っている発音記号です。
その発音記号のひとつひとつに動画が付いていて、それぞれの音を英語ネイティブの方がロングトーンで発音してくれるらしいのです。母音はともかく子音のロングトーンなんて可能なのだろうか、と訝しく思いながらも、休日の昼間だったので普段は切っているパソコンのスピーカー機能を元に戻し、動画を再生してみました。
聴いて私は激しい衝撃を覚えました。子音ではなく、母音に。
――こんな音は知らない。
そこで聴いた全ての母音が、知らない音ばかりだったのです。私の知っているどんな音とも違っていました。子音のロングトーンにもびっくりして、器用な人だなと感心しましたが、それよりも何よりも全部の母音が分からないという状態が大問題でした。
私は今まで聴いてきたつもりだった英語は一体何だったのか……もう私の耳なんて絶対に信用するもんか、と固く心に誓いました。
しかし、頭を抱えながらも、自分に必要なものがようやく分かったような気がしました。
――発音記号の秘密が知りたい。
私は発音記号に狙いを定めて、検索し直しました。意外にも結構な量の情報が見つかりました。色々なサイトがあり、親切な方々が丁寧な説明をして下さっていました。
ただ、ここにも問題がありました。発音記号や組み合わせの数が違うのです。ちなみに、最初に見つけた動画のサイトは、どちらかというと少ない部類でした。しかし一番多いサイトがいいのかというと、そういうわけでもありません。数が多くても、なぜか他のサイトにある要素が欠けていたりするのです。
有難いけれど無料のウェブサイトの情報では限界があると思い、私は再び書店を訪れました。しかしあるのは「耳」の本ばかりで、発音記号の秘密を教えてくれる本は見つかりません。
そういえば店頭に置いてある本はスペースの都合上、新刊や売れ線に限られている――そのことに思い至った私は、さらに近隣の図書館に足を運びました。
図書館の語学の棚は、色々な言語が揃っているのに、書店の英語コーナーよりもずっと狭く、古そうな本ばかりでした。それでも、念のためにそれらしい本を1冊ずつ抜き出しては確認していくと……ついに「私の」本が見つかったのです。
・『英語音声学入門』
「入門」とありますが、私にとってはガチガチの専門書にしか見えませんでした。見たこともない専門用語がずらずらと並び、謎の図表があちこちに挿入されています。それに「耳」の本と違って、付属CDもありません。
でも、今まで見てきた中で、発音記号と組み合わせの数が一番多いのは間違いありません。その数は他に比べると圧倒的で、英語の音を全て網羅しているのではないかと思わせるほどでした。
私は書名、作者名、出版社をメモして自宅に戻り、早速取り寄せました。
・『新装版 英語音声学入門』
届いたのは新装版で、驚いたことにCDが付いていました。でも私は旧版でも十分に気に入っていたので、CDは無視して本を開き、発音記号の世界へと足を踏み入れました。