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08:イガカ帝国中央地区・ライトフォレスト

 「ああああ!」

 宿を選び終わって突如隣の部屋から聞こえた叫び声にリーデはびくりと身体を竦ませた。なんだ、なんだ、何事だ。羽織っていた日光避けも兼ねたフードつきの裾の長い外套を瞬時にかなぐり捨て咄嗟にあの剣を掴み隣室の扉を開けた。

 「どうしたのツァイフー!」

 「ない!!」

 すぐに返ってきた返答に、しかしリーデは疑問符を浮かべるしかできない。見れば鞄の中身はベッドの上にこれでもかと言わんばかりに適当に放り投げてあり、中には彼の下着らしきものもある。少々動揺しながらリーデは視線を逸らした。部屋は別に一緒でもいいと彼女は答えたのだが、「さすがにそれは」と言われて隣になるように部屋を取ったのだ。こういう事だったのかな?とも彼女は思ったが、男とは案外業が深いものである。勿論それだけではないのがツァイフーの実情だ。同い年の女の事同じ部屋だなんて、思春期を抜けたばかりの彼からすれば理性と欲望のぶつかり稽古開始である。

 「な、ないって何が?」

 辟易しながらリーデは更に問うと、「触媒!」と鋭く返る返答。触媒?あの精霊の召喚に使うという触媒だろうか。

 「確かに入れたのに…………というか何故ダイレクトにエメラルドだけ無くなってんだ…………高くは、高くはないけどさあ」

 ぶつぶつと呟き続ける青年の後ろ姿はひたすらもの悲しいし、何よりおどろおどろしい気配が漂っていて思わずリーデは後ずさった。この状況を打破できるもの。何か、何かないか。そう思いぐるぐる視線を彷徨わせると、ふと目についたものがあった。リーデはそれとなくベッドに近付き、物体を手に取る。下着らしき布からは全力で目を逸らしたままだ。

 「ツァイフー。これってエメラルドじゃないの?」

 「えぇっ!?」

 「うわっ」

 勢いよく振り向かれてリーデは思わずのけぞった。その表情がかなり鬼気迫る所だったからである。ほら、と見せる。彼女の手の中に納まるそれは、卵台の大きさをした艶々とした緑の石だった。じっとそれを見つめたあと、ツァイフーは、いや、と否定の言葉を口にする。

 「それはエメラルドじゃなくてマラカイト………孔雀石だよ。俺が探してるのはそんな大きいもんじゃなくて、砕いた石を袋に入れたもんだし…………っていうかそんなモン持ってきたっけ?」

 ちょっと見せて、と言われたので手渡すと、ツァイフーは尚更顔を顰めた。

 「…………これ、精霊が入ってる」

 「え、なにそれ、どういうこと?」

 ほら、と言いながら彼は孔雀石の上に手を添えた後ゆっくり手をどかした。すると、石の上には緑を基調としたリスが乗っていたのだ。突然の出現に思わずうわ、と声を上げる。リスは自分以外の生物がいるというのに気圧される気配もなく、ただ忙しなく首を左右に振り続けただけだった。時折鳴き声らしき高い音が聞こえる。

 「えっと…………リス?」

 「風属性っぽいね。もしかしてあの商人にやられたか…………あーもう」

 精霊だけではなく、この世の生物には全て属性というものが存在する。四大精霊を崇めるこの世界では、主に火、水、土、風で大別される。僅かな例外は大精霊がつかさどる氷と雷だ。人間にも必ずこの素養の内どれか一つが宿る。二つ宿れば天才、三つ宿れば逸材、四大属性全てを網羅するのは五十年に一度の精霊の寵児だ。何故か氷と雷の属性もちはあまり見かけない。リーデはあまり魔術の類は扱えないが、あえて言及するならば火属性の魔術が得意だ。火は人間にとっては一番メジャーに宿る属性である。

 ついでに言及すると、この世界に純血の人間というのは全体の三割ほどしか存在しない。赤茶、茶、黒、金などが彼らの髪の色で、青や赤などはかつての精霊や神獣の血を継いでいる事の方が多い。そういう意味では明るい茶髪を持つリーデと、少々暗い焦げ茶の髪を持つツァイフーは、全体から見れば少数派である。獣人などはこの限りではないのだが。

 「それにしても風属性のリスの精霊ねえ…………珍しいな。普通は羽を持つものが風属性を持つんだけど」

 「ほら、あれじゃないかな。突然変異」

 「まあなくはないけどさあ」

 納得はいってないのか、ツァイフーはどこか厳しそうな顔を崩さない。大切な触媒の代わりにこのような用途不明の精霊を寄越されたのだから、それもそうだろう。リーデは苦笑して己の腕を駆け上がり、肩でチチ、となくリスに頬ずりした。そのふさふさとした毛からは、僅かながら風が感じられる。暫く二人と一匹で過ごすうちに夕飯の時間になる。早々に食べて湯あみして、朝早く発とう。明日の予定は、そういった方向にまとまった。




 日の出と共に目が覚めたリーデは隣の部屋の扉を叩く。支度はもう整っていたらしく、ツァイフーは装備を纏って出てきた。あの民族衣装はそのままだが、日光や砂避けなどの効果がある外套を羽織っている。これはリーデも一緒だ。粗末な鎧とズボンを纏った少女を見て彼はいつも苦笑して、次には「金がたまったら装備買おうな」と言うのだ。全くである。リーデはその言葉に、いつも深く頷く。これで仇が討てるものか。

 買える分だけの回復薬や予備の武器を買って二人はシムーサの町を出た。昨日の商人の少女は見かけなかったがそれは予想の範囲内だ。リーデは短剣を二本、ツァイフーもまた何かあった時の為に仕込み杖を買った。魔術師用の補助杖だがこれは精霊にも有効なのである。計銅貨九十枚也。ちょっと貧乏になってきた。

 「…………ヒッポグリフ、倒さないとね」

 「…………そうだな」


 しかしながらそう簡単に世の中上手く行かないのである。


 シムーサを出てライトフォレストまで行くにはおよそ半日ほどかかる予定である。およそ六時間、悠長に構えていた二人だが、たくさんの木々を通り過ぎ金になるというレッドバニーの皮を剥がんと小動物を追い回し、行きかう人々と情報交換して、そうしてやがてライトフォレストの象徴である高い木が見えてきても、青いヒッポグリフは出てこなかった。

 何でだ!二人は絶叫した。

 「住処が変わったっていうのかいああもう間が悪いな!」

 「ううう………お金ぇ」

 何ともいえない会話であるが、二人の胸にはそれだけのショックが訪れていた。ああどうして、どこにいってしまったの金のなる猛獣。ヒッポグリフは元々気性は荒くないので後ろから奇襲なりなんなりかけてしまえば割と簡単に討ち取れる獣でもあるのだ。下手を打つと死んでしまうので討伐ランクはCになっているが。

 こればっかりは仕方ない、と二人は諦めてライトフォレストの中へ歩みを進めた。町と言うよりは村の印象を受けるこの土地は、高い木々が揃って生え揃っているのが一番の特徴だ。見上げるほど高い木々がバラバラに並び、気付けばまた一本増えているなんてこともザラらしい。なので住民は、地面ではなく、木々の上、太い枝が生える丁度良い位置に螺旋状の階段と家を建てたのだ。基本的には一階建ての平屋なのだが、中には三階建てを建てるという猛者もいる。

 「最近、誰がどのくらい大きな家を建てられるのかっていう競争が流行ってるのよー。今の最高記録は十階建てよ!」

 近くにいた女性に話を聞くとこんな事を言っていた。ただでさえ高い木の上、さらに高い家を建てるのだから末恐ろしい。

 しかしこうして家や木々が密集しているというのに、光は全く遮られていない。心地よい風と適度な木漏れ日が溢れ、先程までささくれだっていた二 人の心はどことなく凪いでいた。ぐるっと大木を囲む木製の螺旋階段、視線を辿ればその家に同じく木製の家がちんまりと収まっている。規模と手間はとんでもないが、中々に幻想的な光景である。もっとも、感動こそすれリーデとツァイフーにはここに住むという発想はとんと浮かばなかったのだが。

 「…………秘密基地みたい」

 「懐かしいなあ、その響き」

 だよねえ、と和やかな空気が流れた。二人は歩きながら宿屋があるであろう木を探す。

 「ここには精霊使いが洗礼を受ける精霊の泉と、あと図書館があるらしい」

 「あ、あと鍛冶屋があるんでしょ」

 「鍛冶屋?」

 この場所には不似合いともいえる単語にツァイフーは首を傾げた。うん、とリーデは一つ頷く。「かなりの凄腕なんだって」と、付け加える。

 ツァイフーの顔が僅かばかり曇った。だったら尚更金を稼がねばならない事に気付き、ああ、と二人してまた空を仰いだ瞬間、


 「―――――え、」


 足元からぶわりとした浮遊感が襲ってきた。下腹にかかる重力の感触と、引っ張られるような違和感を抱く頭頂部。リーデ!と慌てたようなツァイフーの声を聞いて思わず手を伸ばそうとして。

 そしてリーデは落ちた。






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