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06:イガカ帝国中央地区・シムーサ

 「で、こっちは一振りで威力が倍になる不思議な魔道具ね!単純に威力二倍だし、かけ合わせも可能!二本持ってたら四倍だよ、四倍!これはでかいと思うなあー。今なら銀貨三十枚でどうよ!ん?あ、こっちはバッセツーマで採れる特殊な鉱石だよ。触媒にするもよし、道具の強化に使うもよし、魔獣を従わせるもよし、ただ一回きりの使い捨てだからご注意!そういう事もあってこっちは銀貨十枚でいいよぉー。おっ御嬢さんお目が高い!そっちの一ダースセットのタガーは実はちょっと曰くつきでねえ。持ち主の元を決して離れない不思議な短剣なの。これでうっかり敵に持ち物を盗られても安心!こっちは銅貨八十枚って所かなあ。どうよ?買いじゃない?ていうか買いでしょ?」


 商人の町、シムーサ。規模はさほど大きくないが、様々な人々が交易などで訪れるこの場所にはこぞって商人が集まるようになった、というのがこの町の背景だ。ここを拠点として帝国内を巡る商人も珍しくはなく、リーデとツァイフーを引き留めている目の前の少女以外にもたくさんの商人が声を張り上げている。

 「タガーといえばこれ!幻の刀匠が作ったミスリル銀で作ったナイフ!これは凄いよ、物質を切るのも勿論だけど、真空だって切れるんだからね。そこに存在しないものでも切れるんだよ。例えばゴーストとか!この刀匠が生きてた頃にはこのナイフの大元の『ハイペリカムの太刀』っていう長刀があったんだけど、それはオリハルコンも容易く両断したらしいし。これはちょっと高いなあー。銀貨五十枚!これでも中々良心的だと思うよー」

 「…………あ、あのぉ」

 止まらない少女のセールストークにリーデが困ったように声をかけた。今彼女たちの手元にあるのは、二人合わせて銀貨十枚がいい所だ。

 一番市場に出回る通貨は、順番に銭貨、銅貨、銀貨、金貨、王貨の順である。それぞれ百枚ずつで一つ上一枚分の価値がある(銅貨百枚で銀貨一枚分、というように)。市民の間で流通する貨幣はやはりというか銭貨と銅貨が基本だ。こんな所で銀貨を要求されても、リーデとツァイフーにはまず購入手段がない。しかし、買うの?とでも言わんばかりに少女の瞳が煌めき、リーデはうっと言葉を詰まらせる。それを嗜めるようにツァイフーが続けて言った。

 「…………生憎だけど、俺たちには金がない。それに魔術師でもないから今はそれは入り用じゃない。余所を当たって欲しい」

 淡々とだが、相手に言い聞かせるような言葉だった。少女は無邪気に売り文句を語り続けていた口を少しへの字にしたあと、にやりと笑みを形作った。見るからにまだ若い、二人と同じくらいの年の頃にしか見えないというのに、その艶めかしい体躯も相まって蠱惑的な笑みだ。しかし、その歪んだ口元に浮かんだ感情は、明らかな嘲笑であったが。その表情にリーデは直観的に恐ろしいものを感じた。魔のものと相対したときではない。もっと本能的で本質的な、原初的な恐怖。


 「……………へー。金もない、装備も無い、実力も経験も無い。頼れるのは中級精霊とその刀だけ。それでノーヤに復讐しにいくなんて」


 笑っちゃうねえ。

 実際に鼻で笑いながら、少女は光沢を放つ夕日を思わせる淡い橙の髪をぱさりと払った。胸元までのそれが嫌に目につく。

 何故、と思った。誰にも言ってない、いわばこれは二人の最重要機密事項みたいなものだ。何故、それをこの全く知らない初対面の人間がそれを知っているのだ。隣を見ればツァイフーも警戒を露わにしながら少女をきつく睨んでいた。リーデも腰の剣に手をかけた。喧騒が遠くなる。

 「………アンタ誰だ。何が目的だ。どうしてこの旅の事情を知ってる?」

 むき出しの警戒と敵意だ。しかし少女はむしろそれが心地いいとでも言わんばかりに笑う。そこに嘲笑の色は失せていたが、瞳は若輩者を見る時の壮年のそれだ。妙な違和感。リーデはただただ少女をじっと見つめた。髪と同色の双眸がゆるりと緩められる。

 「ん?ああ。私なんでも知ってるんだ。君たちの目的も、ノーヤの事も、そんで今どこで何が起こってるのかもね。あ、名前はまだ教えないから。そっちの方がなんかかっこよくね?ミステリアスって感じで」

 きゃらきゃらと笑う姿が癇に障るのか、ツァイフーは見るからに苛立っていた。二頭の馬に引かせた台車の上、数々並ぶ商品を撫でながら泰然自若といった様子でこちらを見遣る少女。その時リーデはなんとなく悟った。この少女は今リーデ達が何かしても軽くいなして、無視して、集まった人だかりに「これがこの商品の性能です!凄いでしょう?」とデモンストレーションに変えてしまうのだろう。敵意も害意も悪意も何もかも内包した昏い瞳は、見た事も無い程うつろだ。底なしの井戸を見下ろしたような、そんな、足元から這い上がる恐怖と戦慄に似た何か。

 「…………かの者は人ならざるものを従え、風を繰り、土を繰り、水を繰り、火を繰り、その世の全てを手に入れた。全ての人民がかの者に頭を垂れ神獣は足を折った。それでもかの者は満足しなかった。何故なら、かの者の目的は果たされる事無く潰えたからだ。天上の神はかの者の苦悩を憂いた。…………この続きを君たちは知ってるのかなあ」

 不意に訪れた言葉は懐かしさをちりばめた、思い出を語る幼い少女のものだった。毒気を抜かれて、二人は警戒を緩めてしまう。

 「君たちは今からたくさんの事を知る。知らなくてもいい事とか、知らなければならない事とか、ね。この世界の裏側は、思ったよりも複雑怪奇だ。全てを知った時の君たちを、私は楽しみにしてるよ。じゃね」

 一方的に会話を終わらせると、少女はすたすたと歩いてひらりと御者台の上に乗った。商品棚はいつの間にか畳まれて綺麗に整頓されており、二頭の馬が歩き出す。それを追う事も、また何か話しかける事もできず、リーデとツァイフーは呆然とその後ろ姿を見送った。




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