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05:イガカ帝国中央地区街道

 行ってらっしゃい、と言って宿屋の前で三人の男女がこちらに手を振っている。ツァイフーはぶんぶんと手を振っているが、リーデは正直どうしたらよいのか判らず、控えめに会釈するにとどまった。

 どうしてこうなったのだろう。古臭く錆の浮いた剣ではなく、立派な装飾を施された他人の剣を下げている腰は、妙に重たかった。


――――――話は昨日に遡る。


 一つ、提案がある。そう言った青年は、提案ではなく昔話を語り始めた。

 彼の家族は宿屋ではなくお守りを売って生活していた事。父親はよくキリエという町に出稼ぎに行っていた事。そして運悪く、ノーヤの炎に焼かれて死んだ事。そんな事を、青年は話した。

 正直リーデにはどんな反応をすればいいか判らない。キリエの町と聞いて何故か罪悪感や責任感のようなものが胸に湧き出たが、それは彼女が抱く必要はないものだ。戸惑ったまま視線をあちらこちらに彷徨わせるも、青年はそれを意に介さない。

 「――――――そういう訳で、アンタみたいに直接的にノーヤを見た訳じゃ無いが、俺もアレが憎い。出来る事なら、殺したいよ。だからさ、俺と、旅に出よう」

 「…………え?」

突拍子もない事を聞いた気がする。リーデは彷徨わせていた視線をきっちり青年へと戻して、そしてまじまじと彼を見てしまった。彼の表情は、言う事は言った、と言わんばかりの達成感に溢れたものでこそあったが、それ以外は至って平常通りの様子を保っているようだった。と、言ってもリーデは彼の平常時などあまり知らないのだが。ただ、その黒曜石はどこまでも淀んで、歪んで、そして寂寥に満ちていた。

 冗談めいた口調で彼は続ける。

 「一人で無理でも二人ならできるかもしれないだろ。アンタ一人で行くよりは絶対いい」

 「そ、れは。そうだけど。でも、貴方お母さんがいるじゃないですか…………。わたしが言うのもなんですけど、正気の沙汰じゃありませんよ、ノーヤを倒しに行くなんて」

 それには考えがある、と青年は言う。

 「俺は一応精霊使いだ。見習いだけど。精霊使いは、精霊の祠で一人前として認められた後、四大精霊の加護を求めに各国を巡礼することが認められているんだ。それを口実に、ノーヤを探す。できるだけ強くなる。アンタは、俺の旅の護衛というクエストを受けた冒険者って事で通せば、まあ、なんとかなるだろ」

 「そ、そんな簡単に――――」

 いくものか。そう言いかけたが、確かに仲間はいないよりいる方がいいのは確かなのだ。それを好機と読んだか、青年は畳み掛けるように言う。


 「言っとくが、全ての武人がそうであるように、精霊使いも一人前になるのを目指している。見習いから脱するのは、一人前への必要最低条件だし。本来なら十五にはもう見習いから脱してるはずなんだ。だからこの動機は全く不自然じゃあない。それに四大精霊を上手く従えられれば、かなりの戦力になる。――――俺を連れて行って、アンタに損はないはずだ」


 加護を受けに行くのに従わせに行くってなんだよ。そうも思ったが、結局リーデはこの言葉に折れたのだ。そこまで言うなら、というよりは、自分と同じようにノーヤを憎んでいるという境遇のこの青年に―――――ツァイフーに、仲間意識を抱いたのかもしれない。道をゆきながら自嘲する。ひとりでいいと数年間危険を冒してやってきたのに、結局、リーデは仲間が欲しかったのだ。この憎しみを共有できる仲間が。歓迎こそすれ、断る理由なんてなくて。一緒に死ぬなら死んで、倒せるなら倒して。旅は道連れ、まさしくそれを彼女は気付かぬうちに望んでいたのだろう。都合の良すぎる思考に吐き気がした。が、乗ったツァイフーもツァイフーなのだ。引き返すならリーデは止めないし、どうも思わない。

 話がまとまった後は遅すぎる自己紹介をお互いにして、そしてツァイフーはリーデの装備品の一つである剣を見て少しばかり顔を顰めた。さすがに古すぎると彼女も思っていたので、そろそろ買い換えようと思っていた一品だ。

 その旨を話すとツァイフーは一目でいいものだと判る剣をどこからか持ってきた。鞘には精霊が宿っているらしい宝玉が埋め込まれ、抜いた刀身はどこまでも白く、刃こぼれの類など全くない。聞けば件の父の遺品だという。

受け取れない、とリーデは断ったがツァイフーは譲らなかった。とにかくそれを持て。新しい剣を買うまででもいいから、と。何とも言えない気持ちだったが、渋々リーデはそれを受け取った。

 実は装備品の話で少々二人は揉めた。この宿に泊まっていたいくつかのギルドはホブゴブリンにより撲殺されており、その所持品は基本的に宿が自由にしていい。リーデは折角だからそれを使おうと言ったのだ。中には、ブルー・ウォルフの物も、あったというのに。「死体はいいのに、俺の父さんのは駄目なのか」と言われれば、折れるしかない。死体を漁るのに抵抗は感じないが、さすがに人の物には抵抗を感じるのである。

 そうして、二人は遅すぎる自己紹介をして、すぐさまツァイフーは家人に事情を説明して、今朝、このクレドを旅立つ事になったのだ。嗚呼まったく。我ながらなんて行き当たりばったりな計画に乗ってしまったのだろう。元からかなり無茶だった自分の予定を棚に上げてそう思う。

 「…………それ、何?」

 「ん?触媒」

 クレドを出て暫くした所、リーデはツァイフーが持つ四つの袋に気が付いた。触媒?と首を傾げると、さもありなん、とツァイフーは頷く。

 「精霊を呼び出すには、召喚陣と触媒が必要なんだ。召喚陣は『ここが出入り口だ』っていう目印で、触媒は報酬みたいなもんだな。これをあげるので力を貸してくださいってこと」

 「ほー」

 精霊使いとはかかわった事がないのでこういった事を知るのは初めてだ。成程、と頷いた後にリーデは次の質問を投げかけた。

 「とりあえず、どこに行くの?」

 「…………一人前だって認めてもらわないといけないから、まずはライトフォレストだね。クレドはあくまで精霊使いの生まれやすい街であって、あそこじゃ修行しかできないし」

 「ライトフォレスト………ああ、あの木の上に一杯家を建ててる所?」

 「お、知ってるの?」

 「前に一度通ったんだよ」

 と言ってもそれは最近の事である。南の方にあるキリエから北へ上がり、ふらふらと虱潰しに国を巡ってきたリーデは局地的な場所の事ならある程度知っている。大木ばかりが茂る割には、思いのほか光の溢れる森だった。まさしく名前のとおりである。名物は先ほど彼女が言った木の上の家、ツリーハウスだ。

 「って事は………その前にシムーサを通るね」

 旅行者や冒険者が頻繁に行き来する中央地区は特に街が密集している。あまり歩かずとも、シムーサには今日中に辿り着くだろう。もっと頑張ればライトフォレストにも着くかもしれない。

 ツァイフーは四つの袋を大事そうに鞄にしまって、前方を見た。リーデもつられてそちらを見る。

 中央地区の街道はよく道が馴らされていて綺麗だ。道らしい道、というのか。まばらに生える木々と豊かに茂る芝生は地平線の果てまで続いている。空は突き抜けるように高く、青く。気候の安定した帝国は、これ以上気温が下がる事も上がる事も無く、食物などは安定した結果が出る。その分、種類の豊富さには欠けるのだが。

長い沈黙の中二人はただ黙々と歩いたが、それはかえってストレスが溜まるようだ。元々話す事なんてさほどないが、しかしこれは如何ともしがたい。視線を四方八方に彷徨わせているリーデに、ツァイフーは不意に言葉をかけた。

 「…………彪の方にはね、四季って言って、気候や空がくるくる変わったもんだよ」

 「…………行ったことがあるの?」

 てっきり、ずっとあの街で暮らしてるものかと思っていた。少し失礼な事を考えつつ、これ幸いと言葉を返す。

 「何度か、里帰りでね。今頃は…………多分秋じゃないかなあ。ちょっと肌寒くなって乾燥して来る頃だ。収穫の時期でもある」

 「へー…………」

 リーデは行った事も無い彪という国名のみを残す帝国の領地を頭の中に思い浮かべたが、どうにもぼんやりした情景ばかりでまともな物は見えなかった。想像力が貧困すぎて、ちょっと悔しい。

 そのままくだらない事を話しながら二人は歩いた。会話に困る事はなく、自然なテンポでゆっくりと穏やかに。復讐の旅とは思えないほど、和やかな空気が二人を包んでいた。そうしている内に、日は高く昇りはじめ正午が近くなってくる。

 帝国には昼食を食べるという習慣がない。今までリーデも昼を摂る事無く歩き続けるのはザラだったし、働きづめであるツァイフーもまた同じようなものだった。

 「…………そういえば昨日わたしと一緒にパン食べてたよね?何で?」

 「リーデが食べてるの見てたら腹減るんだろうなあと思って、準備してた」

 変な所で準備がいい。

 やがて道が途切れ今まで真っ直ぐだった路面は二手に分かれて二人を迎えた。途切れた先にはさほど大きくはない崖があって、その先には小さな町があった。クレドほど大きくはなく、キリエよりは小さくない。そんな町がシムーサだ。別名を、商人の町という。

 「とりあえず、行こう」

 「うん」

 中々の眺めの良さから足を止めていた二人だが、ここで宿を取らなければいけないかもしれない事を思い出し、再び歩き始めた。






「こいつらマジで復讐しに行くの?」という軽さですが、仲間内では穏やかな関係の朗らかな復讐があってもいいと思うんです

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