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02:イガカ帝国中央地区・クレド

 案内を終え、ここらでも現れ始めたという魔物の出現に思考が囚われているうち、入口へと戻ってきた。そこで、小柄な人物が一人佇んでいる。

 身長はツァイフーの肩ほどまでだろうか。全身を覆う古臭い布のせいで性別や年齢がはっきりしない。ただ、布の隙間から見える剣や、全体的にぼろっとした服の印象から、冒険者だろうかと当たりを付けた。

 兎にも角にも客だろうと思い声をかけようと口を開いた所、先程案内したブルー・ウォルフの一団が「よお、リーデ!」と人物に声をかけた。もう準備を済ませたらしく、旅荷物などはなく、基本的な装備の身となっていた。 リーデ、というのは愛称だろうか。

 「あ、ドミニクさん」

 存外高い声だった。恐らく女だ。それも年が変わらないくらいの。

 ドミニク、と呼ばれた男は先ほどのリーダーらしい男とは違う人物で、日焼けした肌とやたら高い身長が特徴的だった。明るい性格をしてるらしく、気心知れた仲といった様子でリーデと呼ばれた人物に尋ねる。

 「探してるモンは買えたか?」

 「はい、一応。売ってる場所を教えてくれて、ありがとうございます」

 「いいって事よ。礼なら身体で払ってくれれば――――――いたっ」

 あからさまな下ネタに、ドミニクの後ろの女性がその背中を殴った。あまり効いてないらしいが薬にはなったらしい。苦笑している気配が、リーデからも伝わってきた。

 「お客様、今晩はここでお泊りですか?」

 会話が一区切りついた所で話しかけると、リーデは短く頷いた。一人の様なので隅の部屋でも大丈夫だろう。そう思って部屋へと案内する。すれ違う一団と手を振って別れるあたり、仲がいいのかもしれない。

 「あの、不躾なのですが」

 「なんですか?」

 先程から湧き上がっていた疑問を抑える事が出来ず、ツァイフーは案内の傍ら口を開いた。踏みしめるたび、二階へ続く階段がぎしぎしと軋む音を立てる。

 「先程のギルドの方とは別行動してるんですか?」

 「………ああ、はい。ひとりです」

 弱いですけどね、と付け加えてリーデは肩を竦めた。何故か、とまで聞こうと口が動きかけたが、さすがにそこはプライヴェートなので、一介の宿屋が聞いてもいい領分ではない。

 「仲がよろしい様でしたので、てっきり彼らの一員なのかと」

 「そうですか?今回のクエストを受注する前に、別のクエストで鉢合わせした事があって。今回は大人数を募集しているので、そのよしみで一時的に同行させてはもらってますね」

 大人数でという事は、オークかゴブリンの群れだろうか、とツァイフーは考える。

 この街の名前はクレドという。イガカ帝国のやや端、中央より西に位置する街である。人通りが多く、近くの森には薬草が多く原生し、治安も上々。そんな場所でも魔物が見られるようになってきた。これは、異常事態だ。

リーデを部屋に案内した後、ツァイフーはポケットに入っているそれの感触を確かめた。…………大丈夫。予備はある。一つ頷き、急ぎ足で裏手に回る。

 クレドには街から街への橋渡しである役割とは裏腹に、また一つ別の側面を持つ。ここは、精霊使いと呼ばれる者たちの生まれる街なのだ。

 この世界には命が溢れている。木や水、石や砂、全てに宿る生命の象徴、それが精霊であり、彼らと契約、使役する事で魔術に似た効果を生み出すことができる。精霊による力の顕現と、魔術の行使による結果。それらは非常に似ているようで、全く違うものなのである。魔術は自身の魔力を詠唱によって形に変えるものだが、精霊使いは自らの霊力と触媒、精霊に対する祈り(因みにこれも詠唱と言う)を以て力を顕現させるものなのだ。

 ツァイフーはその精霊使いだ。使い、というよりは、見習いなのだが。

 彼も本来ならもう一人前の精霊使いとして認められるべき十九歳である。しかしそれが成っていないのは、一重に数年前失踪した父も要因の一つだ。

 元々、この家はツァイフーの住む家ではない。彼は、家族と共にこの街の隅でほそぼそとお守りや呪具を作って生きていた家系だ。母とツァイフーが霊力を込め、父がそれを売りに行く。その日はお得意様である少々遠い町まで行って、そして帰ってこなかった。運悪く、その町の上空を古代竜が通過したのだ。

 ――――――前述で述べた異常事態。これは、何も魔物の蔓延る事だけではない。魔獣と呼ばれるもののよく見られるようになったのも、この異常事態の一つだ。

 魔物は、第三の大陸、パンドラからやってくる外来の異形を指す。そして魔獣と言うのが、この魔物の瘴気に当てられて狂暴化してしまった獣たちである。高潔で気高い彼らは、理性を失い欲求のままに周囲を攻撃する。それは神獣とすら謳われる麒麟や竜、ぺガサスなども例外ではなく、哀れ正気を失った彼らは同族や人間によって討伐される。

 そして古代竜、ノーヤ。この存在もまた、最近行動が活発化してきた魔獣である。

 歴史の節目にノーヤは現れる。昔々、この帝国が出来た初期や、全盛期を飾る前の空前絶後の飢餓や疫病の時、はたまた大地が裂ける直前に、咆哮が轟いたとの記述もあるのだ。だが、当たり散らすように人間に危害を加えたのはこれが初めてだ。ノーヤの吐く岩すら溶かす灼熱に、父は焼かれて死んだ。事後調査隊が持ってきたのは確かに父が扱っていた剣で、特別な精霊の加護があるのだと父が自慢げに下げていたものだった。ツァイフーが一人前になったら譲ろうと。そう微笑んでいた父の、剣。ずっしりとした重さに、奇妙な感情がこみあげた。


 どうして父をこの剣は守ってくれなかったんだろう。

 どうしてあの町だったんだろう。

 どうして、父が。


 そう、疑問と悲嘆に暮れる母子に手を差し伸べてくれた叔父夫婦には、本当に頭が上がらない。忙しさに忙殺されるうち、気付けば数年が経っていた。忘却とはその時感じた痛みを忘れさせる良薬であり、劇薬だ。忘れてしまった訳ではない。あの喪失感は確かにいつまでも胸に巣食って、小さく、しかし確実にツァイフーの心を削っていた。忘れる事は罪ではない。しかし、忘れる事が申し訳なく感じるのだ。この痛みを、この喪失感を、この哀切を―――完全に忘れる事はなくとも、それが鈍くなることが、ツァイフーは何故か、恐ろしい。

 「…………ああもう。やめやめ」

 考えても詮無い事だ。思考を切り替えるためにあえて両手を叩いて、ぱん!と柏手を打つ。気分が何となく変わった気もして、この方法はそれなりに有効だ。

 今の時間は丁度おやつ時である。といっても彼はそういったものは食べないのだが。今日来た顧客を整理しようと思い裏手に行くと、叔父が厨房から声をかけてきた。

 「おい、ツァイフー!今はなんもやる事ねえから休んでていいぞ!」

 「え、そうなの?でも叔父さん、仕込みはどうしするんだい」

 「エリーゼがやってくれるって言うからな!偶には夫婦水入らずにさせろお」

 それは、恐らく叔父なりの気遣いなのだろう。少しでもいいから休んでおけと。「随分色気のない水入らずだね」と返しながら、ツァイフーはそれに甘える事にした。

 部屋に戻ると、ツァイフーは真っ先に机に向かった。因みに彼の部屋は宿屋の裏側、いくつかある物置を改装したものだ。そんなに広くはないが、忙しくても管理の行き届く規模のこの部屋を、彼はそれなりに気に入っていた。

 机に座り、棚から紙を取り出す。五芒星を基調として描かれた複雑な模様の召喚陣の上に、あまり質の良くないガーネットを乗せ、意識の全てをそれに向けた。

 「…………天高く燃ゆる炎の化身よ、この契約を以て我の前に来たらん。――――――出でよ、サラマンダー」

 ぼそり、と呟いた途端、小規模の炎が紙の上で踊る。その炎が落ち着いた時には、赤を基調とした体色の爬虫類がぴろぴろと舌を出していた。大きさは机の端から端までで、それなりに長い。

 ツァイフーは空いた時間に、鍛練を兼ねて精霊を召喚する。このサラマンダーは自分が見習いになってから初めて召喚した個体でそれなりに愛着があったりもする。喉元をさするとサラマンダーは目を細めてのそのそと身動ぎした。

 詠唱などしなくとも、中級までの精霊なら彼はいとも簡単に呼び出せるが、何はなくとも備えと慣れは大事だ、というのがツァイフーの信条である。一通りサラマンダーと戯れていると、やがて休憩時間の終わりが近づいた。別れを告げると、きゅうと蜥蜴は鳴いて返事のようなものを返す。彼を呼びだした紙を破くと、ぼっと始めと同じように炎が踊り、すぐに消えた。

 「ツァイフー!!」

 母の声が甲高く響いて、思わずびくりと身体が竦んだ。女性独特の高い声は、鋭さを伴わせると硝子を突きつけられたような異様な尖りを見せる。なんだい、と大声で返答すると、いきなり扉が開いた。うお、と思わず驚きの声を零す。母はかなり動揺した様子で息も荒くこう言った。

 「部屋から出ちゃ駄目よ!今、ゴブリンの群れがこの街に来てるらしいんだ」

 「え、」

 なんで、と呟いた言葉が虚しく部屋の中で響いた。




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