00:某所にて
その日少女は絶望を知った。
決して広くはない町だった。けれどもそれなりに栄えて、人々の声が高らかに響き、優しくあり続ける、そんな町だった。
けれど家は廃墟に、声は悲鳴になり、怒号と混乱と恐怖が不意の災厄として目の前に現れた。逃げる者も立ち向かう者も容赦なく地獄の業火の如き炎が猛り飲み込み、その恐ろしい咆哮は鼓膜を震わせた生物全ての足を竦ませた。
その時少女はどうしていただろうか。逃げていたような気もするし立ち向かっていったような気もする。隣にいた友人を突き飛ばした気もするし、全く知らない行商人の前に身を挺して踊りだした気もする。
何にせよ、彼女の力は雀の涙ほどの影響も与えなかった。気付いたら血まみれで街道の上で気絶していた。後方を振り返ると、ただただ焼け落ちていく故郷があった。轟々と、炎は街を人を歴史を想いを全て飲み込んで、燃やして。その明りは少女の元まで届き、傷ついた頬や至る所に作った裂傷を痛めつけるように熱を伝えた。
少女には何も残っていない。この身一つ、この命。それすらも彼女自身からすれば財産などとは程遠い。
――――――ああ。
淡い感嘆が痛み切った唇から零れた。全てを失うには少女は幼かった。未だ平凡に、あの町で暮らし、生き、死ぬのだと、町の崩壊を離れた場所で眺めながらも信じていた。
小さい城壁が崩れていく。岩すら焦がす灼熱を全身に感じながら少女は立ち上がる。もうきっとここへ帰ってくることはないだろう。別れを小さく呟く。
「………行ってきます」
涙は、出なかった。