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触れて 融けて 流れて 消えて。  作者: 篠宮 楓


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9/21

其の壱

『主さま、最近元気ないね』


ぼんやりと日暮れを見つめていた私の目の前に、ひょこっと喜楽が現れた。

少し驚いたけれども、いつもの事だと苦笑して目を細める。

『そんな事ないわよ』

そう言って、喜楽の頭に手を伸ばす。

ぽんぽんと軽く手を上下させて、最後にゆっくりと後ろに撫でる。

『ありがとう、喜楽』

そう言えば、少し照れたような表情で私の手のひらを受け入れる喜楽。

幼い頃の面影を見つけて、くすりと笑った。


『私より大きくなったのに、頭を撫でられるのはまだ好きなのね』

『見た目はそうかもしれないけど、齢で言えば主さまの半分もいってない』

口を尖らせるさまは、本当に幼い頃に戻ったみたいだ。


『そうね、お前はまだ私の半分も生きてないのね』


そして一志は私にとっては瞬きするくらいの時間しか、生きていない。

そしてその時もすぐに過ぎ去っていくのだろう。

ぼぅっとしてしまった私を心配そうに見る喜楽に気が付いて、ゆっくりと頭を撫でた。

『心配しなくて大丈夫よ。ありがとう』

そう言って、掌を喜楽の頭から離した。



沈みかけている夕陽は赤く鈍く、東の空はゆっくりと紺色に染められていく。

この風景を、幾たび私は見たのだろう。

周囲の景色は変わろうとも、決して変わる事のない日々の巡り。

日の出とともに国は朝を迎え、日中働く者は動き夜中働く者は眠り。

日の入りとともに国は夜を迎え、日中働く者は家路につき、夜中働く者は出かけていく。


生けるものはそれぞれの生き方があり、過ごす時の流れがあり。

それを時の長さのみで計ってはいけない、そう言ってくれたのは幼い頃に会った森の主さまだったか。

そうであるならば、私と人の間に流れる時の流れの差異を嘆いてはいけないという事なのだろう。


『あ、あいつまた来た』

『……っ』


喜楽のつまんなそうな呟きに、思わず顔を上げた。

その視線の先には、ビニール袋を片手に下げた男の姿。


……一志


夏が過ぎ秋になっていたけれど、相変わらずこの男はこの場所に来ていた。

週に一度、くらいは。


いつもの通りゆっくりと木を見上げると、何か見つけられたかのように微かに口端を上げて根に近い場所に腰を下ろす。

それは、いつも私のそば。


喜楽は面白くなさそうにため息をつくと、ぎゅっと私の手を握った。

『主さま、もっと上行こう』

『喜楽?』

私の返事も待たずふわりと浮き上がった喜楽は、腰を下ろせる枝で一番高い場所に私を連れて行った。

珍しい行動にそばに立つ喜楽を見上げれば、私の視線を避ける様に顔を背ける。


『あいつが来ると、主さま、おかしくなる』


『え?』


ぼそりと言われた言葉は、私の耳に届かない。

聞き返せば、喜楽はなんでもないと私の横に腰を下ろす。

『主さまは、精霊だろ?』

『何を当たり前の事言ってるの?』

『……なんでもない』


そのまま黙り込んでしまった。

声を掛けても反応のない喜楽にため息をついて、足元へと視線を移す。

そこには、一志の座っている姿。

何か本を読んでいるようで、微かに紙を捲る音が聞こえる。


今日は、あの人……来るのかしら


夏頃からたまに顔を出す様になった、女性。沙紀。

彼女が来ると、一志の顔が翳る。

決して嫌がっているのではなくて、嬉しそうなんだけど。

寂しそうというか――




――あの人の想いが、どうか叶いますように――




あの人が、沙紀であることは間違いない。

一志は、なんで彼女を好きなのに他人との未来を願うんだろう……。




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