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触れて 融けて 流れて 消えて。  作者: 篠宮 楓


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其の弐

ここ数年間、天候が変化していっているように思える。

風に吹き飛ばされていく葉を見ながら、私はいつものように枝に座るのではなく地に腰を下ろしていた。

珍しく、喜楽も傍にいる。


『主さま、風、強いねぇ』

笛を吹くわけでもなく、足元に落ちてくる葉を取ってはくるくると回して飛ばしている。

雨が降っているわけではないけれど真っ黒な雲が覆い尽くす空を見れば、もうすぐ大雨が来ることは誰でも分かる。

案の定というべきか、広場にも私の側にも人の子の姿は誰一人として見えない。

おそらく、安全な場所でこの嵐が通り過ぎるのを待っているのだろう。


『最近は、こんな天気が多いね。ゲリラ豪雨だっけ? 昨日来たみやこがそんな事を言ってたわ』

昨日のみやこの愚痴の中心は、せっかく干したふとんが突然の雨でびしょ濡れになってしまったという事だった。

旦那にも怒られ散々だったらしい。

落ち込むように肩を落としていたみやこは、今頃自宅の窓からこの空を見上げている事だろう。

『ゲリラ豪雨ねぇ。まぁ、自然バランスもおかしくなるよなぁ。こんなに人が増えれば』

『喜楽……』

喜楽は咎めるような私の声にむぅっと口を突き出すと、だって……と呟いた。

『森の主さま、言ってたよ。人の子が木を伐り地を削るから、水を保てなくて風景がどんどん変わっていくって。流れてしまう土も木も止められないから、それを糧にしていた生き物たちも森から少しずつ消えているって』

『森の主さま……』


その”森”は、私達ならここから数時間もかからず行くことが出来る、森というには少し小さいけれど林よりは大きな場所。

元々は山裾に広がる森だったけれど、人が少しずつ住処として木々や土地を削り取り範囲がどんどん狭まってしまった。

そこに立つ森の主さまの本体、私よりも長い年月生きているケヤキの木は既に半分ほど朽ちている。

けれど癒しを得る場所として尋ねる人々が、後を絶たないらしい。


それゆえそこを管理する人間も、根を掘り返そうとはしないようだけれど。


……木は癒そうとしても、主さまはしてないだろうな


幼い頃会ったことのある、森の主さまを思い浮かべる。

既に好々爺の様な風体だったけれど、筋の通らない事には頑として納得しない真っ直ぐな方だった。


癒しを求めて列をなす人々のせいで、自然のバランスがまた狂っていくと喜楽に嘆いてらっしゃったらしいし。


『主さまも、会いに行ければいいのにねぇ』

ぼんやりと森の主さまのことを考えていた私を、喜楽が残念そうに覗き込む。

私は目を細めて、彼の頭をゆっくりと撫でた。

『お前と違って、私はここに本体があるからね。でも動くことのできた幼い頃に、一度だけお会いしたことがあるんだよ』

『うん、森の主さまもそう言ってた。朽ちる前に、一度会いたいって』

『あの主さまなら、もう数百年は大丈夫だよ。齢を全うする時に、会いに来てくれればうれしいねぇ』

そうだね……そう喜楽は呟くと、再びくるくると葉を回して飛ばし始めた。



精霊は、本体から早々離れる事は出来ない。

けれど感情や天候、自然を司る者たちはその範疇にない。

好きな所へ、思うままに行くことが出来る。

私の様な動くことのできない本体を持つ者は、幼い頃の一時期しか離れることが出来ないのだ。



ただ……ただ一度。



その齢を全うし、願う事の出来るただ一つの祈り。

その時に「自由」を願えば、たった一日だけだけれど自由にどこにでも行くことが出来る。

神より私達に下された、たった一つの褒美。


私もその時は「自由」を願い、自分が暮らしてきたこの国を見て回りたいと願っている。

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