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触れて 融けて 流れて 消えて。  作者: 篠宮 楓
最期の時

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20/21

其の肆

「あ……」

 一志の目の前で、さくらの精霊が光の粒となって弾けた。

 触れていた手も、すべて。

「そ、そんな……」

 手を伸ばして光の粒を捕まえようとするけれど、それは空に融けるようにすべて弾け、最後に残していった暖かな息吹に流れた。


 自分の体を包んでくれていた暖かな気配が、流れるように空へと還っていく。それと共に光の粒も舞い上がり、そして。



 消えた。



 後に残ったのは、開いたままの窓と身を乗り出した自分。ただ、それだけ。

 暖かな気配も、自分を呼んでくれる心地よい声も、着物を着た奇麗なその姿もすべて消え失せた。



 しばらく、ただその場で立ち尽くしていた。何が起きていたのか、現実なのかそうじゃないのか。夢でも見ていたのか、とにかく混乱して、片手で顔を押さえた。


「今、あのさくらの木の……」

 言葉に出して、ぶわりと現実感が一志を支配する。



 あの場所に行ったのは、本当に偶然だった。兄の恋人である沙紀から、樹齢千年を越える桜の古木が兄の入院している病院の近くの公園にあると聞いて興味を惹かれて。

 病院で話すようになった近所の人に、あの桜の木には昔から願い事どころか世間話までずっと聞いてもらってるって言われて。随分、好かれてるんだなぁと思って。

 半信半疑、願い事についてはあまり気にすることなく見に行ったのがきっかけ。


 春先に初めて見た桜の木はとても見事で、これなら皆のいう事にも一理ありそうだと納得した。

 その頃兄の病状が悪化して、ここから離れた場所に住んでいた俺は、見舞いに来るたびにさくらの木を見に行くようになった。


 それがいつからだろう。

 側に、あたたかな気配を感じるようになったのは。

 はっきり見えるわけではない、本当にいるのかもわからない。それでも、あたたかなその存在は、兄の事で悩みそして兄を看病する沙紀をみて心配し、自身の進路や家の事など、パンクしそうだった自分の心を癒してくれいた。

 桜の傍にいるだけで、気持ちが楽になっていくように感じた。



 その、さくらの精霊が……。




「一志くん、まだいたんだね」

 唐突に開いた病室のドアの音に、びくりと肩を跳ね上げた。勢いのまま振り返ると、沙紀さんがちょうど後ろ手でドアを閉めたところだった。

「って、換気でもしてるの? 寒くない?」

 開け放ったままの窓の傍に立ちつくしていた一志は、今更ながらに覚えた寒さに少し戸惑いながらもその窓を閉める。

 鍵を閉め、ゆっくりとカーテンを引いた。

「元気だねぇ、さすがに寒いでしょ。日中は暑いけど、夜は一月に納得の気温」

 ね? と笑ってテーブルに荷物を置いた沙紀さんが、そういえば……とデジカメの電源を入れた。

「ここに来る途中、公園に寄ってきたんだけどね。びっくりな事があって」

 公園と聞いて、心臓がどくりと音を立てる。何も言えないままデジカメを操作する沙紀の手元に視線を落とし、表示された画像に目を瞠った。


「この暑さで、桜の感覚が狂っちゃったみたい。凄い満開で、奇麗だったよ」

 そこにに表示されているのは、いつも自分を癒してくれていた桜の木。数日前に行った時は、まだ花の影さえもなかったのに。

「さくら……」


 ……私は、今日消える


 そう言っていた、さくらの精霊。

 さっきの事は、現実だと一気に突き付けられた気がした。


「すごい人が集まっててね、いろんな人に本当に好かれてたんだなーってそう思ったよ」

 次に表示されたのは、桜を見上げるたくさんの人。

 明るい表情で、嬉しそうに、驚く様に、少し心配そうに桜を見上げている。



「……本当に、きれい、だね」



 上ずった声でなんとか応えれば、沙紀は同意するように何度も頷いた。

「ただ心配だよね、こんな時期に咲くなんてね。無事ならいいけどね」

「……うん」


 寿命と言っていた。

 いろんな人に見送られて、彼女は自然へと還っていった。

 まだ少し、非現実的な気持ちが残っているけれど、それでも。


 ふと伏せた視界に、淡い色が映る。腰をかがめてそれを手に取れば、薄紅色の欠片。

「あら、桜のびら? わぁ、窓から入ってきたの? それとも私が持ってきたのかしら」

 一志の掌に、桜のはなびら。手に取ろうとした沙紀の指から守るように、一志は掌を丸めた。




「これは、俺の」




 いつか会える、君との、たった一つの最後の繋がり。

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