其の弐
『毎年見る光景だけど、ホント人って飽きないわよねー』
思わずつぶやいた声に、喜楽が楽しそうに笑った。
『え? 俺は凄い楽しいけど! ちょっともう、踊りだしたい位嬉しいけど!』
踊りだしたい位って、もうすでに踊ってるじゃない。
横笛を吹きながらくるくると宙を舞う喜楽は、一年で一番楽しい時期に浸りきっている。
まぁ、自分の生まれた季節でもあるしね。
そう笑うと、私は座った枝から周囲を見渡した。
もう盛りを過ぎたさくらの下には、まだ大勢の人々が遊びに来ては酒盛りをする。
その間に聞こえてくる言葉を聞きながら、流行の話し方を取り入れてたり。
喜楽も同じで、生まれたころは”わし”と自分の事を言っていたのに、今では”俺”と称するようになった。
人の言葉の移り変わり……いや服や持ち物もそうだけれど、本当に早い。
特にここ百年の間は、どんどん変わっていった。
「うわ、これヤバイんだけど!! 全部食べていいの?」
「あ、うん。全然大丈夫」
料理を食べて叫ぶ女性と、嬉しそうに頷く女性。
少し前はヤバイって、悪い意味の言葉だったよね。
全然も、大丈夫につく言葉じゃなかったし。
でもとりあえず笑って話しているという事は、いい意味の言葉になったんだろう。
流行り廃りは本当に早いなぁと、そんな事を考えながら聞き耳を立てる。
……と言っても、聞き耳立てなくてもそれなりに聞こえてくるんだけどね。
お酒が入ったり興にのれば、声が大きくなるというのも人の道理。
「激おこなんだけど」
……げきおこ……?
初めて聞く言葉に首を傾げていた私は、強い声に引っ張られるように視線を動かした。
『……?』
――……あの人……の
それはこの場にいる誰よりも、強く強く届けられた声。
声になっていない、想いの声。
――あの人の想いが、どうか……
それは、私に向けて度々届けられたものと、同じ色。
ほんのりと心が温かくなる感情。
けれど、いつもと違う……ほんの少し混ざる切ない色。
――あの人の想いが、どうか叶いますように。
『あの人、の?』
そう口にした途端、ぶわり、風が野原を吹き抜けた。
煽られたはなびらは私から離れ、楽しそうに笛を奏でている喜楽の周りを舞っている。
『主さま、風の精霊も悪戯好きだねぇ』
下で荷物が飛ばされただの、砂が飛んできただのと騒ぐ人々などお構いなしに、風を纏って喜楽は笑い転げていて。
私は仕方がない子だと苦笑しながら、眼下へと視線を移した。
先程の声はもう聞こえなず、いったい誰が心の中で祈っていたのか分からない。
『男の、声……だったよね』
しばらく耳を澄ませていたけれど聞こえてきた声は再び耳にとまる事はなく、あきらめて幹に背をもたせ掛け空を見上げた。
あの人の想いが、どうか叶いますように……か。
心の中で、先ほどの男の言葉を繰り返す。
私に祈られた恋愛の願いで、初めてだった。
他人の恋愛成就を祈る言葉は。
その声音に、自身の悲しみを滲ませているのに。
それでもなお、愛する人の幸せを願い他人との未来を望む声。
興味を、惹かれた。




