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触れて 融けて 流れて 消えて。  作者: 篠宮 楓


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其の弐

 森の主さまの、体調が優れないらしい。



 ひとの手が入らなくとも、森は存続できる。

 けれどひとが入ってくれば、そこにないものが生まれる。ひとの感情から生まれる精霊が代表的なもの。そして間伐や下草の手入れなど、木々が生きやすいように手を貸してくれる。


 けれど森の主さまである大楠を見るために今までにない多くの人々が森に来たことで、環境はもとより生態系さえも崩れだした。


 ひとが森の中まで足を踏み入れ、整備されていない道は踏み固められ水を染み込みにくくした。記念にと言って、木の枝や花を手折る様になった。写真を撮る為に、木の根元に乗り上がったり枝に手を掛けるようになった。

 心あるひとびとが注意をしたり整備をしたり気を付けてくれたようだけれど、いたちごっこのように追いつかないらしい。

 『流行というものは、怖いものだな』

 森の主さまは、年の初めのように憤慨することもなく半ば諦め状態のまま見に来るひとびとを見守っているらしい。



 なにもかも、過ぎればそれは毒になる。


 穏やかな変化ではなく、急激な変化は自然を侵す毒へと。





『そう、森の主さまが……』

 喜楽が見舞った森の主さまは、動く気力も失せて木に伏している日々が続いているようだ。

『もうね、諦めちゃったみたい。今まではがみがみ怒ってたけど、これも時代じゃろって今はいっぱい来るひとをのんびり眺めてるよ』

『そう……』

 

 ……これも時代。


 精霊と違って、ひとの営みの移り変わりはとても早い。ひとの一生など、瞬きをする間のよう。

 私達精霊は、その営みを見守りそして添っていくしかない。


『それにしても、桜の主さまも何も言わなくなったね。もういいの? あの人間のことは』

 定位置のように土の精霊を手の平に取り上げた喜楽が、枝に横たわっている私をちらちらと見ながら呟く。

 あの人間て、一志の事だろうけど……。 気にいらなくて来るたびに私を遠ざけていたのは喜楽だろうに、どういう風の吹き回しだろう。

 不思議に思いながら喜楽を見遣れば、何かぶつぶつ言いながら土の精霊を抱きしめた。

『主さま取られちゃうみたいで、なんか嫌だったんだ』

 取られる?

『取るも何も、あの男から私は見えないよ』

 見えないものを手に取ることなど、出来やしないだろうに。


 喜楽は、そーじゃなくてっ! と語気を強めると、口を噤んだ。

『喜楽?』

 そう呼べば、喜楽は私へと視線を向けた。


『見えなくてもっ。……だって初めてだったんだよ、主さまが興味を持つひと』

『私は、みやこにも話しかけられるし今までにも……』

『それでも、相手にも見て欲しいと思ったのはあの男が初めてでしょう?』


 相手にも見て欲しい……


 思わず、目を見開いた。

 確かに、そう、思っていた。そう……、あぁ、確かに初めてかもしれない。


『主さまが、あの男に取られちゃうって、そう思えたんだ』


 今まで、二人で過ごしてきたのに。


 横になっていた体を起こして、喜楽の横に座る。罰悪そうに土の精霊の頭を撫でながら、喜楽の視線が私に向いた。

『喜楽、悋気か』

『……悋気って。主さま、言葉が古い』

 口を尖らせながらも憎まれ口を叩く喜楽の頭を撫でる。

『まだまだ子供だな、喜楽』

『千年を生きる主さまに比べれば、ほとんどの精霊が子供だよ』

『森の主さまは、もっと年上だぞ?』

 喜楽は土の精霊と視線を交わして、くすりと笑った。



『そりゃそうだよ。だって森の主さまは、ここらあたりの自然の親だもの。主さまにとっても親なんでしょ?』

『そうだな』

『だったら俺の親でもあるんだね』

『ふふ、そうかもな』



 皆を生み出し皆を見守り、そして人と共に生きてきた森の主さま。

 ここ一帯の植物の精霊を取りまとめてきた親にもあたる存在、そして時代の流れを見続け、人々の喜怒哀楽も自然の変化もどの精霊よりも受け入れ受け止めてきた大楠の精霊。


 

『いつまでもお元気でいてもらいたいものだ』

『また遊びに行ってくるよ』

 私の言葉ににっこりと笑う喜楽。そして私達を見ている、森の主さまから頂いた土の精。

 そんな言葉を交わしたほんの少しあと。

 



 空に、ちらちらと雪の精が舞い始めた頃。

 森の主さまが、お隠れになった。

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