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触れて 融けて 流れて 消えて。  作者: 篠宮 楓


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其の壱

むかしむかしあるところに おおきなさくらのきがありました





はるは はなもさかりと ひとびとの心をたのしませ


なつは はをしげらせて ひとびとにりょうをとどけ


あきは はをいろづかせ ひとびとのめをたのしませ........




――そして ふゆは。










春 其の壱

 






『今年もいっぱい人が来てくれたねー』

『ホントになぁ』



広い野原に一本だけ生えている桜の木。

そこには、その桜を愛で楽しむために近隣の人々が集まっていた。

各々レジャーシートを広げ、酒を飲み物を食べ、歌いだすもの笑い話に興じるもの、しみじみと過去を振り返るもの、好き勝手にその雰囲気を楽しんでいる。


私達はその桜の枝にのんびりと座りながら、眼下の人々を見遣った。

『風景は変わったけれど、ひとは変わらない』

ぽつり呟く。

私の言葉が聞こえたのか、隣に座る男がふむ……と自分の顎を撫でた。

『そうさな。俺はまだ生まれて五百年も経っていないけど、主さまは……どれだけの年月この場所にいるんだい?』

見た目、私よりもずっと年上にしか見えない彼は、私よりずっと年下の若い精霊。

桜に集う人々の感情が寄り集まって生まれた、喜楽の精。

陽気を好み、音を愛する喜楽の精。

私が白の単衣に薄桃色の袿を肩にかけているのに対して彼の装束は狩衣姿だけれど、その帯には刀剣ではなく横笛が差し込まれている。


生まれた時は童子だった喜楽も、流れる年月に人々の感情を取り込み成長していった。

それが今の……私よりも十も上の見た目の喜楽。


私は喜楽から視線を外し、目の前に広がる風景を見つめた。


『そうね……、もう千年以上にもなるかしら』


目を瞑れば、昨日の事の様にまぶたに浮かぶ懐かしい風景。


元々は、村の境を定めるために山から植え変えられた桜の木。

まだこの場所に来た時は、喜楽と同じ、童子だった。

木が大きくなるにつれて、体も少しずつ大きくなって。

いつしかこの境の桜のしたで、近隣の村々がお祭りを始めて。


その感情が、人々が向けてくれる優しい想いが私を成長させていった。

沢山の人々が集ってくれるから、変化していく時代にも狼狽えることなくこの場所でゆっくりとその流れに身を任せてきた。


村々が合併して大きくなっても、その風習は廃れずに。

大きな戦が国を覆い隠しても、人々は私を忘れなかった。



――お願いします。お願いします。愛しいあの人が、大切なあの人が、生きて無事に戻ってきますように



そう捧げられる祈りを、桜の精でしかない私は、聞いてあげる事しかできなかったけれど。


なんの力も与えられないとわかっていても、人々の祈りを受けて私も祈った。



私をここに植え育んでくれたあのいとし子らの子孫に、どうか笑顔が戻りますように……





そして平和な世になってからも、人々の祈りの声は私に届いた。

色々な祈りがあったけれど、一番多かったのは……やはり他人を想い愛する気持ちだった。



――あの人に想いが伝わりますように




『俺達には、そういった感情がないですからね』

少し落ち込んでしまった私を慰めるように、喜楽が明るい声で笑う。

『気に入ったモノやひとはあれど、それに対する独占欲や執着心を感じないから。正直羨ましいと思う』

『……そうね、私も……羨ましいわ』



身を焦がすほど、身を壊すほど、想い慕える存在を持てるという事に。




精霊は、神は、愛欲が薄い。

あるのは、博愛心と少しの興味。

興味を惹かれて関わろうとする事はあっても、例えばその人がいなくなったからといって悲しくはならない。

お気に入りの玩具が、手から離れてしまっただけ。


偏った愛を持ってしまえば、それはひとを惑わすことになるのだから。

人の世に不要な精霊の力が、周囲に影響を及ぼしてしまうから……。



だから。

私には理解できる日など来ないだろうけれど。 




桜の木(わたし)のもとで楽しむ人々を、愛おしいとそう思う――

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