05
「貴様が犯人か!お、おとなしく縛につけい!!」
ガチャリ、という無機質な金属音と手首の冷たい感触。
一体誰がこんな事態を予測できただろうか?
「あの、何か勘違いしてません?」
救急車と入れ違いに来たのは、警察は警察でも交番勤務の若い制服警官。
彼は現場についた途端時代劇で聞くようなセリフを吐いて――しかもどもっていた――なぜかいきなり私に手錠をかけた。
意味が分からない。
すると、彼は私の言葉を鼻で笑って自信ありげに言い放った。
「勘違い?君は何を言ってるんだ。どう見ても現行犯だろう。その血まみれの手が何よりの証拠だ」
…馬鹿がいる。
私と周囲の呆れと軽蔑の眼差しに気づかない彼は、利部 利明と名乗った。
この近くの交番の警官らしい。
「何で交番の奴がくんだよ」
不満げにそう言ったのは千輝 勝。
あの痴漢の目撃者である。
「所轄の刑事も鑑識も現在別件で出払っておりまして、自分は現場保存のために駆り出されたのです」
市の予算削減のせいで警察も人で不足のようだ。
関係ないと思っていたことがまさかこんなかたちでわが身に不幸をもたらすとは…
「あの、利部さん。彼女は犯人じゃありません」
例の保険医の彼が、きっぱりとそう言ってくれたが、この利部――さんなんて絶対つけてやらない――は納得しない。
「なぜそんなことがあなたにわかるんですか?彼女との関係は?あなたは誰です?」
利部の矢継ぎ早の質問にも、彼は丁寧に答えていく。
「私は春夏冬 秋と言います。今日から勤務することになったいろは学園の保険医で、彼女は僕の生徒に当たります。彼女はそこに倒れている子よりも下の階段にいましたし、彼女の手が血まみれなのは、先ほど救急車で搬送された怪我人の手当てを手伝ってもらったからです。手が血まみれなのは僕も一緒ですし、まずこちらの被害者は血を流していません。ね、彼女は無実でしょう?」
「そ、そうですか…」
「君はそれでも警察か」
反論の思いつかない利部に追い打ちをかけるようにそういったのは、齋江 孝治というあの痴漢のおじさんだった。
齋江さんの言葉に同調するかのように周囲からブーイングの嵐が起こる。
しょんぼりと肩を落として落ち込む利部を見て、なんだかかわいそうになったが、まず手錠をはずせ、そして謝れ。
「じゃあ、いったい犯人は誰です?」
周囲を疑わしげに見ながら尋ねる利部を手錠を外された手首をさすりながら見ていると、あの齋江さんがフンと鼻を鳴らして言い放った。
「犯人も何も、これはただの事故だ。その小娘は自分で勝手に落ちたんだ」
「そ、そうなんですか?」
「そんなわけねえだろ!」
齋江さんの言葉をそのまま鵜呑みしそうに見えた間抜けな警官……基利部に千輝さんが食ってかかった。
「おい、あんた利部とか言ったな。あれは事故なんかじゃない!このおっさんが突き落としたんだ!!」
「ええ!?」
「何を馬鹿なことを―――」
「痴漢したことをなかったことにしようとして殺したんだろ!!」
「痴漢!?」
「おい、小僧!言っていい事と悪い事があるぞ!!」
「なんだよやんのか!!」
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いてください!!」
なにやら勝手にもめ始めた三人をどうしたものかと見ていると、春夏冬先生―――ここは先生をつけておいた方がいいだろう―――が例の死んだ少女のそばで何かをしているのが見えた。
私はとりあえず三人のことは放っておくことにして先生のそばに近づいた。
「えっと、あの、春夏冬先生?」
「ん?ああ、君か。名前は―――」
「獅子島 レオンです」
「レオン君か、僕のことは秋先生とでも呼んでくれ」
「はあ、ところで何してるんですか?」
秋先生の手には、ストラップのたくさんついているデコレーションされた派手な携帯電話と手帳が握られている。
ついているストラップのせいで携帯電話は最早携帯できるレベルのサイズじゃないし、きらきらとデコレーションされた携帯はまるでギャル(これはもう死語だろうか)女子高生が持っているもののようだ。
「…まさかそれ先生の携帯ですか?」
「まさか、これは彼女のだよ」
私の言葉にあわてることなくそう返した先生になんだか悔しくなった。
「というか、うちの学校の新しい先生だったんですね」
「うん。今日から勤務だったんだけど、まさかこんなことに巻き込まれるとは…君の制服に見覚えがあったからつい声をかけたんだけど、すまなかったね」
「いえ、これも人助けですから仕方ないですよ」
「そうかい?ところで、この電車に乗ったとしても授業に間に合わないんじゃ?」
「……」
ちょっとの間、私たちの間に沈黙が降りた。
「…定期落としちゃって、探してたらかなり時間がかかってしまったんです。わざとじゃありません」
「だろうね。わざと遅刻してまで学校に行く子なんてそういない」
「…………」
これは喧嘩を売られているのだろうか。
全く、勤務初日からなんと目ざとい。
「秋先生って全然教師に見えませんね。よくホストと間違われません?」
「…………」
…よくあるのか。
「これ、この子の携帯なんですか。人は見かけによらないっていうか…」
「いや、そうでもないみたいだ」
「え?」
「ほら」
秋先生はそう言って私に彼女の手帳を渡してきた。
不思議に思いながらも手帳を開いた私は絶句した。
「秋先生、これ…」
「分かりずらいかもしれないけど、間違いなく本人だよ」
「じゃあ…この人も?」
「たぶん、そうだろうね」
秋先生は彼女、携帯の個人情報によれば布賀 早苗の携帯を操作し始めた。
「ああー!!あなたたちなに勝手に被害者の持ち物触ってるんですか!!」
ようやく私たちの行動に気づいた利部が叫びながらこちらにやってきたときには、秋先生はすでに携帯の発信ボタンを押していた。
その場に流れる着信音。
野次馬も含めた何人かが自分の携帯を取り出し確認している。
が、実際に鳴っているのは一人。
急いで電話を切ったその人物に、秋先生はにっこりと笑って言った。
「やあ、"まーくん"」
まーくん、千輝 勝はこわばった表情で笑うと言った。
「な、なにわけわかんねえこと言ってんだよ」
「君は彼女を知っている。この携帯と手帳が何よりの証拠だ。最近の子はあまり本名で登録しないんだな。一番最初にアドレスは登録されているし、手帳のプリクラを見る限り、恋人同士なのかな?」
「な!?じゃ、じゃあまさか…」
齋江さんは何かに気づいたように愕然とした表情で千輝さんと布賀さんの死体を交互に見る。
だんだんと青ざめていく千輝さん。
「そう、齋江さんは痴漢などしていません。千輝さん、あなたは布賀さんと一緒に痴漢詐欺をしていたんでしょう」
千輝さんは何も言わなかったが、彼の表情が真実を物語っていた。
「あ、あのう…自分には何がなんだか」
申し訳なさそうにそう言ってきた利部に、秋先生は例の手帳を差し出した。
「利部さん、これを見てください」
「これは、プリクラですか」
「ええ、ここに写っている二人の人物をよく見てみてください」
「ん?……え、ええ!?」
手帳には千輝さんと布賀さんのツーショットのプリクラが確かに張ってある。
が、驚くべきはそのことではない。
「これは…化けましたねえ」
そこに写っているのはおおよそ清楚とは程遠いけばけばしい化粧に茶色に染められたパーマのかかった髪の少女と、いかにもちゃらちゃらした見た目の男。
一見別人かと思えるほどの変わりようだが、間違いなく本人である。
「わざわざ外見を変えて、痴漢の被害者とその目撃者の騙る。これが初めてではないでしょう」
「お、お前!やはりグルだったのか!!」
千輝さんに飛びかかろうとした齋江さんを利部があわてて後ろから羽交い絞めにして止める。
「おかしいと思ったんだ!私は痴漢などしていないから、駅員でも警察でも呼べばいいと言ったら、急に別の場所で話そうと言い出しおって!!」
齋江さんがそう怒鳴る間も、千輝さんはおとなしくうつむいたままだった。
どうも今回はカモにする相手を間違えたようだ。
身元もわかっているためか、観念したらしく逃げる様子はない。
いったんここまで投稿します。ちょっと過失修正するかもしれません。