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Chameleon Girl  作者: 枯葉茶 飛花早
彼はなぜ教師なのか
5/6

04

パニックになったその場を鎮めたのは、私が電車で見た彼だった。


「皆さん、動かないでください」


大声を出しているわけでもないのに、彼の声はこの雑音が支配するなかすべての人の耳に届いた。


誰もがその声の主に目を向け、次いではっと彼の美貌に気づき魅入られたように動きを止める。


そんな群衆の間を縫うようにして颯爽と階段を駆け下りていく彼を見送っていた私は、トンと足に何かがぶつかるのを感じて下を見た。


たまねぎ?


予想外の物体に首をかしげていると、また何かが転がってくる。


今度はじゃがいもだった。


不思議に思い階段の上に目を向ければ、他にも色々なものが落ちていた。


潰れた卵、二リットルペットボトル、しなびた青ネギ、冷凍食品―――――。


それらの持ち主はすぐに見つかった。


落とした物を拾おうともせずに、なぜかその女性は手摺にもたれかかるようにして座り込んでいる。


目の前で起きた事件に気を取られ、誰もその女性の様子に気づいていないようだったので、私は階段を上ってその人のもとに向かった。


「大丈夫ですか?」


顔を上げた女性の額には汗が浮かび、苦痛に表情がゆがんでいる。


「ちょっと、足をひねってしまったみたいなの…」


どうも先ほどの騒ぎで階段を踏み外したらしい。


「わかりました。ここだと危ないですから、いったん下まで降りましょう」


「え、ええ。そうね、助かるわ。ありがとう」


私は女性に肩を貸すと、ゆっくりと階段を下りた。


周りもようやく女性の様子に気づいたのか、黙ってよけてくれたので苦労することなく階段を降りることができた。


降りる途中、彼を見かけることはなかった。


階段から落ちた人はどこまで転がり落ちたのだろう。


やっと下まで降りた私は、そこで見えた光景にちょっと驚いた。


落ちたのは一人のはず、なのにそこに転がっているのは二人だった。


どちらも私と同年代の少女ようで、一人は意識はないようでぐったりとしていて、頭を怪我したのか、顔まで血まみれで、彼がハンカチで傷口を押さえている。


もう一人の少女は、残念ながら助からないようだった。


首がありえない向きに折れている。


そこでようやく、その死んでいる少女が、あの痴漢被害にあっていた少女だということに気が付いた。


辺りを見回せば、そう離れていない場所にあの痴漢の犯人のおじさんと、目撃者のお兄さんが青ざめた表情で立っていた。


私は隣の女性を見た。


彼女は目の前のショッキングな光景に青ざめ、小刻みに震えている。


「大丈夫ですか?」


私は再び彼女に聞いた。


「ちょ、ちょっと気分が……」


私は彼女を階段に座らせると、途中拾った彼女のものと思われる冷凍食品の袋―――枝豆だった。だいぶ溶けているのかびしょびしょだったが、そのおかげで中身はばらけて使いやすくなっていたし、ちょうどいい冷たさになっていた―――を赤くはれている彼女の足首に当てた。


「そこのいろは学園の君。ちょっとこっちに来て手伝ってくれ」


「あ、はい」


名指し、ではないが、この場ではほぼ似たような指名に驚き返事をしてしまった私は彼のもとに向かった。


「ここを押さえてくれ」


「えと、こうですか」


「そうだ」


指示された通り、彼の代わりに少女の頭をハンカチで押さえる。


ハンカチはすっかり少女の血を吸って真っ赤に染まり、ぬるい彼女の血が自分の手について気持ちが悪かった。


彼は私と彼女から離れると、階段に置いてきたあの女性のもとに行き彼女の足首を見て、次にもう一人の少女の方に向かった。


少女のそばにしゃがみ、その首筋に手を当て一応生死の確認をすると、なぜか彼はうつぶせに倒れている少女の背中をじっと見ていた。


それを不思議に思いながら、私は生きている方の少女をじっと見下ろした。


まだ幼さの残る顔立ちの彼女は、当たり前だが血の気がない。


こちらも私服姿で、制服を着た自分がどこか場違いに見える。


服の袖は落ちる際にどこかでひっかけたのか破けており、近くに彼女のものと思われるバックを見つけた。


それからすぐにやってきた救急車に運ばれ、彼女は病院へと向かった。


彼女を手当てする救急隊員の人に私は聞いた。


「この子、助かりますか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


私を安心させるためか、微笑んでその人は答えると彼女を連れて行った。


彼は自分は保険医だと言った。


学校の先生だったのか、全然見えない。


死んでいる方の少女は、もうすぐ警察の人がくるからそのままらしい。


あの二人も残っていた。


未だ減らない野次馬、乾き始めた血まみれの手。


困ったことに、学校に行くのはまだ後になりそうだった。


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