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Chameleon Girl  作者: 枯葉茶 飛花早
彼はなぜ教師なのか
3/6

02

その日、珍しくも私は遅刻をした。


これで無遅刻無欠席という真面目な学生である私の記録は露と消えてしまったが、仕方がない。


遅刻した人間は、大抵どんなに頑張っても遅刻には違いないのに、怒られるのが怖いのか、ただ単に往生際が悪いのか、あきらめずに急ぐ人間と、開き直ってゆっくりいつも通りのペースで行く人間がいる。


私の場合、こうしてのんきに話しているのを見るともうお分かりだと思うが、もちろん後者である。


電車の中は混んではいなかったが、座席に空きはなく、私はドアに寄り掛かるようにして立つと、ぼんやりと窓の外を眺めた。


遅刻したとは言っても、まだ朝方。


だというのに、外では数台のパトカーがサイレンを鳴らしながら猛スピードで走り去って行くのが見えた。


何か事件でも起こったのか、それとも凶悪な指名手配犯とカーチェイスの真っ最中なのか。


まあ、対して興味はなかったので、私はまたぼんやりと外を眺め始めた。


電車のスピードが落ち、駅に入る。


私の降りる駅はこの次である。


ドアが開き、一時乗り降りする人間で車内はごった返す。


私の前にも人が立った。


再び電車が発車してしばらく経った頃、周囲がなんだか騒がしいことに気付いた。


電車内というものは大概騒がしいものだが、これはなんだかそれとは違う。


聞こえてくる興奮した声は、なぜか女性のものばかりで、しかも、多くの視線がこちらに向いているのを感じる。


無論、彼女たちが注目しているのは私ではない。


一体どうしたというのか、私は窓から視線を外してたまたま、自分の前を見た。


瞬間、私は目が釘付けになった。


私と同じようにドアに寄り掛かって立つ彼は、なるほどこれだけの人の視線を集めるのも納得するほど、整った容姿をしていた。


180は優に超えているだろうすらりとした長身に、今時珍しい染めていない黒髪で、スーツを着ていることから社会人なのだろうが、年齢ははっきりとせず、目は一重で、涼やかな目元が印象的なその男性は、和風美人とでも言ったところか。


周囲の様子など全く気にならないのか、あるいは気づいていないのか、目を伏せて手元の文庫本を静かに読んでいる。


以外にも男性らしい大きな手がページをめくるのは、ある有名人気作家の新しいシリーズ本だった。


この人もこんな本を読むのか、てっきり文学作品でも読んでいそうな雰囲気なのにと考え、そこに至ってようやく、私は自分が周りと同様に無遠慮にじろじろと彼を見ていることに気が付いてはっとした。


自分のしている事に恥ずかしくなった私は、すぐにその人から目をそらした。


全く持って私らしくない。


もう一度、今度は意識して窓の外に目を向ければ、見慣れた景色が現れ、もうすぐ次の駅に到着するのがわかった。


突然、甲高い女性の声が響き渡る。


「こ、この人痴漢です!!」


見ると、私と同じ年くらいの私服姿の女の子が、一人の中年サラリーマンの手を取って高々と上げさせていた。


サラリーマンのおじさんは、一瞬何が起こったのかわからないというように呆気にとられた様子を見せたが、すぐに事態を理解したのか、顔を真っ赤にして怒り始めた。


「い、いきなり何をいいだすんだ!?言っていい嘘と悪い嘘くらいわかるだろう!!」


「う、嘘じゃありません!私確かにあなたに触られました」


「いい加減なことを―――」


「俺見たぜ。おっさん、あんたこの子のこと触ってただろ」


おじさんの言葉を遮り、近くにいた若い男性が女の子を守るようにおじさんの前に立った。


女の子の格好は清楚なもので、決して派手ではない。


こんな子がいたづらに嘘をつくだろうか。


周囲はそう感じたに違いない。


今にも泣きそうな女の子、加えて目撃者までいる。


周りを見れば冷たい視線が返ってくる。


孤立無援なその状況に、おじさんの方が泣きそうに見えた。


いつの間にか、あの人に向いていた視線はその三人に移っている。


ちらりと彼を見れば、さすがのこの騒ぎに、本から目を離して事の成り行きを見守っていた。


車内にアナウンスが流れ、駅に到着したことを知らせる。


その時、視界に片隅でひらりと何かが舞い落ちていくのに気が付いた。


目が自然とそれを追って、やがて自分の足元で止まる。


しおりだった。


持ち主は明確で、自分の足元に落ちたそれを無視するわけにもいかず、私はしおりを拾うと黙って彼に差し出した。


そこで初めて、彼と目が合ったが、彼がしおりを受け取ると同時に、ドアが開いたので私は電車を降りた。


あの三人も駅に降りたのだが、駅員を呼ぼうともせずに、なにやらもめている。


同じ電車に乗っていた人々はちらちらと三人を見て気にしていたが、所詮は他人事。


大勢の人々の流れに従い、私は改札に向かうために階段を下りた。


その時、階段の上の方から悲鳴が聞こえ、誰もがそちらを振り返った。


そして、私の目の前を誰かが転げ落ちて行った。


小さな事件ではあるけれど、いよいよ物語の始まり。ちょっとだけ伏線があります。

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