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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

【緋緋色金】2 災厄令嬢の事件簿 ~導火線つき火薬庫と冷血従者~【純白の美は命を奪う石】

作者: ワクさん
掲載日:2026/10/31

本作品で扱っている「医学知識」及び「鉱物学」については、謝りが含まれている可能性があります。


あくまでも作品を楽しむためのエッセンスであること、ご了承下さい。



―――――王国、公爵家。

王領を任される「騎士団」には絶対的な人物がいた。


尊称「赤獅子」。

ガレス・レオナート・シュタイナー。


堂々たる体躯。

燃えるように赤い髪。


豊かな髭と毛髪は、それこそ「獅子」を思わせた。


彼にはふたりの子供がいた。


長男の「クレイ」。

母親似の灰色の髪と、虚弱な体質。

内気な性格で、学問や読書を好む。


長女の「フェルム」。

父親似の赤い髪と、強健な体質。

快活な性格で、武術や乗馬を好む。


彼は家族へ不満がない。

だが、頭を悩ませることはある。


「娘」のフェルムのことだ。

元気が良すぎる。

血の気が多すぎる。


自分に似て「曲がったこと」が大嫌いな性格。


「捨て置け」と言っても、有象無象を放置できない。

それどころか「鉄拳制裁」することもしばしば。


おかげで、「厄介ごと」に首を突っ込み、「面倒ごと」ばかり引き起こす。



ガレスは深々とため息をついた。


またひとつ、「フェルム」が首を突っ込んだ「事件」を思い出したからだ。



――――これは「導火線つき」と言われた「災厄令嬢」の物語。


【災厄(カラミティ)】フェルムの事件簿。



◇



私の名前はフェルム。

フェルム・ルミア・シュタイナー。


「王領騎士団団長」ガレス・シュタイナーの娘。

そして、「公爵令嬢」。


父譲りの「赤い髪」。母譲りの「アメジストのような瞳」。


病弱なクレイお兄様と違って、私は「超健康体」。

だからというか、裁縫とか作法とかそういったものよりも遠駆けみたいな活動的なのが好き。


そして「喧嘩っ早い」。

挑発とわかっていても、無礼を働く者にはつい手が出てしまう。

お父さま譲りの「頑健さ」だから、相手を「こてんぱん」に、のしてしまう。


その結果、「導火線つき」とか「火薬庫」とか物騒なあだ名がついてしまう。


問題ばかり起こしてきたので、【災厄令嬢】とまで囁かれるようになってしまった。



「くすくすくす……」

「ふふふふふふ……」


少し離れたところで笑い合う声が聞こえる。


私がそちらを向くと、その「ふたり」はさっと顔を背け、また何事かを囁いては笑っている。

口元を隠した「扇」の隙間から、人を小ばかにしたような「ニヤついた口」が見えた。


……クッ!


あからさまな態度。


周りを見ると、遠巻きにこちらを見ては囁き合って笑う奴らが見え隠れする。


「……ホラホラ、また『導火線つき』に火がつきますわよ」

「怖い怖いっ、『火薬庫』に引火したら、大惨事」

「ヒェェェェ」


腹立つぅぅぅぅぅ!


囁き合っている中心にいるのは「亜麻色の髪」の女性。

頬がこけ、険のある顔立ち。

確か……最近婚約した「クリスティーナ・シャノワール」様。

いつも遠くからこうやって人にケンカを売ってくる。


ホント、明らかな「挑発」。

アイツらは「煽り」とか言って人の反応を楽しんでいるのだ。


すっとぼけられるように離れたところからチマチマと……


そう思いながらも、私は堪えた。


だって、今日は宮廷での「晩餐会」。

王国の貴族が一堂に会する場だ。


こんなところで暴れでもしたら、「お父様たち」に迷惑をかけてしまう。


病弱なお兄様は、今日はお留守番。

お母様はお父様といっしょに別室で他の貴族の方々とご歓談の最中。


今は私と―――――――


「お嬢」


スッと影が差した。


目の前には「白銀の髪」をした王子様かっていうくらい甘いマスクのイケメンが立つ。


「ハティ」

私は彼の名前を呼んだ。


「はい。『ハティ』ですよ?」

この「王子様系イケメン」はわかりきっていることを言った。


常に無表情。

大口を開けて笑ったことなどない。

人生楽しいのかって聞きたいくらい。

そのくらい「無感情」なヤツ。


でも、コイツは「ワザと」私の傍に立ったのだということはわかった。

だって、不愉快な声がぴたりと止んだから。


この目の前にいる「イケメン」は、ハティ・マクスウェル。


私の父、「ガレス」の従者をしている。


「公爵家」の「マクスウェル家の長男」。

けれど、異国人との混血であることから家督を継ぐことができず、こうして「シュタイナー家」……お父様の従者として仕えている。


いずれは、お父様の副官かお兄様の副官に納まるのだと思う。



「ぐぬぬぬぬぬぬ」


どこからともなく発せられる「怨嗟の声」。


そう、ハティはこの見た目から貴族の子女に人気がある。

しかも、「貴族殺し」の「番犬」なんて異名を持っているから、そういった「ヤバい奴」との火遊びが好きな類には「好物」なのだ。

そして、男どもにとってはいつ「噛みつかれる」かわからない「危険人物」。



―――――形勢逆転。ここは反撃してやるか。


だって、私、やられっぱなしでメソメソと引き下がりたくないもの。


私はワザとらしく、ハティに身を寄せた。


「どうしました?」

ハティはいつもの無表情で首を傾げる。


「ちょっと私と『仲良く』しているところ、みんなに見せつけようと思って」

私は正直に目論見を伝えた。


「はあ……?」

意図が伝わっていないハティはさらに首を傾げる。


「……オイ」


いきなり背後で声がした。


私は振り返り……固まった。


背の高い、美女がいる。


高い位置で結んだ金色の髪。エメラルドのような瞳。

そして、引き締まった体つきで、すらっと長い手足。


「公爵家令嬢」ティア・シュトゥーテ・フラインさま。


「公衆の面前でイチャつくのはいかがなものかと私は思うぞ」

不愉快そうに眉根を寄せて私を睨む。


ティアさまは私よりも年上で、ハティより一つだけ年下。

私たちって歳はそう離れていない。


「ああ、ティア。この間はありがとう」

ハティは私たちの間にある「バチバチ」とした空気など感じていないようにティアさまに声をかける。


「う、うむ」

なんとも形容しがたいような感じでティアさまは頷いた。


……耳、赤くなっている。


「また『勉強』教えてね」

「あ、ああ。構わないぞ」


そういえば、ハティって「数学」苦手でティアさまに教えてもらっているんだっけ……


なに、この「甘酸っぱい」空気感。


――――にこっ


ハティが―――――――笑ったぁぁぁぁあ!?


ちょぉぉっと待て!

普段の「無表情」どこいったっ?


なんで「ティアさま」には笑いかけてんのよッ!

ああん?私にだけ「無」ってことなのか?おおん?


私は、ハティの足でも踏んづけてやろうかと思った。

その矢先だった。

会場がざわめく。


いや、別に「ハティ」が笑ったからではない。


新たに「会場」に現れた一団に皆が注目したからだ。


「―――――――フッ」


不敵な笑みを浮かべる「白銀の髪の美女」。

理知的なアイスブルーの瞳。

とんでもなく大きな胸。

背が低く、小柄なのに、その存在感は圧倒的。


いうなれば、そこにだけ「日が差した」かのようだった。


そう、彼女も「公爵令嬢」。

エリーゼ・カナン・マクスウェルさま。


……ハティの「実の姉」だ。


後ろには、顔の右側に「痣」のあるイケメンと髪を後ろに束ねた大柄なイケメンを引き連れている。


この国には「公爵家」は四つある。


我が「シュタイナー家」。

ティアさまの「フライン家」。

エリーゼさまの「マクスウェル家」。

残るは、この場にいないウォルターさまの「ウォーロック家」。


この「四公」の中でも、圧倒的な武力を有する「シュタイナー」と「マクスウェル」が国の双璧を成していた。


エリーゼさまがこちらを見る。


そして、ツカツカとヒールの音を立てて足早に寄ってきた。


……怖い。


とにかく、この年上の女性が、私には怖かった。

クールな見た目に反した、ヒリヒリと肌を差すような熱量。

それは、まるで真夏の太陽のような苛烈さ。


戦場では多くの敵将を屠ってきた「戦乙女」。

いや、「白銀の虎」と呼んだ方がいいのか。


私たちの目の前まで来ると、立ち止まった。


私より背が低いのに、とんでもない圧迫感。


きゃる~~~~ん☆


突然、エリーゼさまは目を輝かせた。

そして「ビスッ、ビスッ」と鼻息を荒くする。


「はぁてぃ~~。久しぶりの『お姉ちゃん』ですよぉぉぉ」


そう言ってぎゅっとハティにハグをする。

私を押しのけて。


「お久しぶりです。ご壮健そうでなによりです」


「んもぅ、ぜんっぜん帰ってこないんですからぁ。お姉ちゃん寂しかったぞ」


お化粧がハティの服につくのも構わずグリグリと頬をこすりつける。


周囲の者も「またか」というような感じで手が出せないでいる。

だって、下手に手を出すと「噛みつかれる」どころか「頭からバリバリと噛み砕かれる」から。(もちろん『25%だけ』比喩)


「ご心配をおかけしました。不徳の致すところです」

ハティはこれまた優しく微笑んでエリーゼさまの肩に手を置く。


―――――って、またぁぁぁぁ!


なんでっ、なんで私には「にこり」ともしないのにぃぃ!


「いいんですよぅ、ハティは悪くないんです。『真面目』なだけですから」

それから、私を見るエリーゼさま。


――――チィッ!


めっちゃ舌打ちされた。


「小娘が。私の弟を独り占めしやがって」


なんかメチャクチャ「嫉妬」されているんですけれど。

でも、言うほど独り占めしていないですよ?



――――――そんなこんなしているうちに、「国王様」夫妻が登場。


そして、随伴する「エルフの美少女」。

「宮廷魔術師」アンジェ・フラン・スカーレットさま。


黄金の髪。紅玉の瞳。

十代前半のような姿だけれど、1,000年を生きる「ハイエルフ」にしてこの国の「守護者」。


―――――チィッ!


なんか、コッチ見て舌打ちした。

なんとも忌々し気な顔で私見てたし!


私、なんにもしてないよ!


「フンッ」ってアンジェさまはおもしろくなさそうに顔を背ける。


「アヴェルテ・マルム(災いを遠ざけ)、プルガ・ソルデース(穢れを祓え)、エト・ベネファク(そして、幸いたまえ)」

「スン」って取り直して、アンジェさまが呪文を詠唱する。


杖をひと振り。


爽やかな風が吹き、ほのあたたかい光が会場を包む。


これは、「呪い」の類や「毒」といったものを祓い清める言葉。

この会場を外部から守る「結界」を同時に張ったのだ。


――――ぴくり


「アンジェさま」は片眉を動かす。


そして、ある「一角」。

「亜麻色の髪」をした女性を一瞥した。



◇


国王様からのお言葉をいただき、「乾杯」の発声。

そして「歓談」の時間となった。


立食形式のこの「晩餐会」は食事がメインではない。

社交の場であり、交流という名前の腹の探り合いの「政治の場」でもある。


「はぁい、ハティ~。あ~~~ん」


エリーゼ様がハティに「餌付け」を敢行している。


「姉上、人前ですよ。自重しましょう」


ハティは至極真っ当なことを言う。


「んまっ!お姉ちゃんの『あ~ん』を断るなんてっ、遅めの反抗期なのっ!?」


「時と場所と場合を考えて申し上げているだけです」


「お姉ちゃんのこと嫌いになった?」


「いえ、好きですよ」


「やだぁぁん、ハティに告白されちゃった~」


キャピキャピと喜ぶエリーゼさま。


なんなの、この「姉バカ」は……


私が頭を抱えた時だ。



ガチャン――――――


食器をとり落とす音がする。


音のした方を見ると、ひとりの女性が、ぶらりと左腕を下ろしている。


誰かにぶつかったというわけでもない。


腕に力が入っていないようだ。


「……『下垂手』?」

エリーゼさまが呟いた。


エリーゼさまは「従騎士」時代に「軍医」について習ったことで「医学」の知識がある。

それどころか下手な医者よりも優秀だ。


給仕の者がすぐに現れ、「貴族の女性」が落したものを片付ける。


「大丈夫でございますか」


給仕の一人が声をかけた。


「さわらないでっ!」


貴族の女性が声を荒げる。

自分の「粗相」を恥じているのか、興奮している。


「クリスティーナさま……また?」


誰かが囁いた。


「このところ、いつもイラついているな」


「せっかく、婚約して間もないというのに。うまくいっていないのか?」


なんとも下世話な囁き合い。


それが、彼女の耳に届かないわけがない。


「なによ!言いたいことがあるんなら、直接言いなさいよ!」


クリスティーナさまが大きな声で言った。


「お姉さまっ」

叫ぶ彼女へ駆け寄る女性。


「うるさい!」

クリスティーナさまは、その女性を突き飛ばす。


「おいおい、実の妹に」

「また、カテリーナさまにあたっているの?」


ああ、「シャノワール家」のご息女たちか。


「だいじょうぶかい?クリスティーナ」

なんというか、頬のこけた病的な男性がクリスティーナさまに歩み寄る。


「サイモンっ」

クリスティーナさまは彼の名を呼んだ。


「あれ、入り婿の『サイモン・ハーカー』じゃないか」

「いくら『嫁』とはいえ、突き飛ばされた『義理の妹』の方を心配しろよ」


囁き合う貴族たち。


コイツら、「腹が立つ」。

だって、私にしてみればどっともどっち。


この狂態を、遠巻きに見てぐちぐちと文句を言っているだけだから。

誰か助けてあげたらいいでしょうが。


私、行こうかな?

「クリスティーナさま」には嫌われてるみたいだけれど。


「そこまでだ」


凛とした女性の声。


「王の御前だぞ。少しは場をわきまえよ」

いつの間にか、ティアさまがそこに立っている。


さすが、「最速の女」。


「な―――――」

クリスティーナさまが血相を変え、何かを言いかけた。


けれど、「サイモン」は相手が誰であるかを察し、素早くクリスティーナさまを連れ出した。


「ふむ」

その後ろ姿を見送ったティアさまは、膝をついて床にうずくまる「カテリーナ」さまへ手を差し伸べた。


「ケガはないか?」


うわぁ……なんという「イケメン」感。

女性なのに!

同性の私でもドキドキしちゃうくらい。


普段「男装」しているから、よけい今の「ドレス姿」のギャップが効いているなぁ。



「あ……はい」

カテリーナさまは、案の定というか、頬を赤らめて差し出された手をとる。


まあ、そうなりますよね。


支えられて立ち上がるカテリーナさま。


「いたっ」

彼女は顔をしかめる。


「ふむ。どうやら、足でも捻ったかな」

そう言ってティアさまは膝をつき、足へと手をかざす。


「神の慈悲よ……この者を癒したまえ【癒しの御手(ヒール)】」

神聖魔術(法術)を使ってケガを治す。

ティアさま、そういえば「神聖騎士(パラディン)」のクラスだった。


「これで、もう良いだろう」

ティアさまは、パチンと指を鳴らす。


給仕を呼んだのだ。


給仕はそそくさとトレーにシャンパングラスを載せて運んでくる。


「ごくろう」

ティアさまは給仕に礼を言って、シャンパングラスを手にする。

ひとつは、カテリーナさまに。

もうひとつは、ご自身で。


「気晴らしに、すこし『おしゃべり』でもしないか」


ティアさまに見詰められ、カテリーナさまは「ぽぉ」っと夢半ばのような顔で頷く。


「ふむ。では、貴公の『推しカプ』は―――――」


って、おおおおおおおおい!

公の場でなんちゅう「話題」ふっとるんじゃ!


「ちなみに、私はそこの『ヒゲ子爵×ハゲ男爵』が良いと――――」


しかも!内容「BL」だしぃぃぃっ!!!



◇



なんとも騒がしかった「晩餐会」から一週間。


ハティは相変わらず黙々と仕事をしている。


ときどき私に「餌付け」をするかのようにお菓子を買ってくる。

自分で作ったものは、「味見」と称して私の口に放り込む。


私がお稽古ごとから脱走を試みるとすぐに捕まえにくるし。

小言も言ってくる。


まあ、主人の娘だからね。


「飴と鞭」を使い分けてるんでしょう。


まあ、6っつも年下の女の子なんて、「ガキンチョ」ってことか。


それにしても、ハティは結構外出する。


噂では「孤児院」の支援をしているらしい。

そのために「ティア」さまに勉強を教えてもらっているんだっけ。


「貴族殺し」の「番犬」と揶揄されても根はいい奴なんだろう。



でも、時々「土だらけ」で夜帰って来るのはなんでだろう。

「泥遊び」でも子供たちとしているのかな?



この頃、あの「クリスティーナ」さまの噂話が王城内で聞こえるようになった。


「私」を目の敵にして陰口をたたくあの女がどうなろうと知ったこっちゃないと思っていたけれど、それでも耳に入ってくるものは私の胸をざわめかせた。


「イライラしたり、ふさぎこんだりする」


そんな話だけならば、「あの癇癪もち」なら別に不思議なことではない。


「不眠と倦怠感が酷い」

「お通じも悪いので、食欲もない」


「運動不足じゃない?」って思った。

だって、人の悪口ばかり言う「陰険な性悪女」。

着飾るだけで運動なんかしてないでしょう。


でも、噂が聞こえ始めて二週間経った「お茶会」の時、事件が起きた。



◇



この日、王妃様の招きで「公爵家」以外にも多くの貴族の子女が招かれた。


その場で、「クリスティーナ・シャノワール」が倒れたのだ。


すぐに駆け寄ったのは「エリーゼ」さま。

荒い息をついて苦しむ「クリスティーナ」に応急処置を施す。


ティアさまは「医者と神官を呼べ」と指示を出しつつも、自分の方が速いと察したのか、駆け出して行った。


「お腹が……」

荒い息をつきながらクリスティーナがうめく。


エリーゼさまは、瞼の充血や、舌、を診はじめる。


「っ!?」


口を開けた時、エリーゼ様が固まった。

私もソレに目を見張った。


『歯と歯茎の間に青黒いリボンのような線』


(鉛線……)


それが何を意味するかを知っているのは医学の知識がある「エリーゼ」さまと鉱物学の知識がある「私」だ。


「この者を侵す『穢れ』を除きたまえ【解毒(アンチトード)】!」


エリーゼさまは「解毒」を試みた。


私は急いでテーブルにあった「ティーセット」の中、「ミルクピッチャー」を手に、駆け寄る。


「これを!」


私はエリーゼさまにそれを差し出す。


差し出した「ミルクピッチャー」を見てエリーゼ様は微笑んだ。


「やるじゃないですか」


そう言って受け取ると、クリスティーナの顎を開き、少しずつ流し込む。


「無理をしてでも、飲み込みなさい。これ以上『毒』を取り込まないようにするのです!」


エリーゼさまは「ミルクの膜」を胃につくり、「摂取」を遅らせようとする。

クリスティーナは嘔吐を繰り返しつつも、「ミルク」を飲む。


「良い子ね。もう少し……頑張って」

優しく励ましながら処置をするエリーゼさま。


「神の御恵みよ。かの者を癒し給え【癒しの御手(ヒール)】」

私も、法術を使い、体力の消耗を抑えるよう努めた。


「フェルム?」


エリーゼさまがこちらを見る。


エリーゼさまの美しい「アイスブルーの瞳」と私の「アメジストの瞳」の目が合う。


私は無言でうなずいた。


「ありがとう」

そう言ってエリーゼさまは微笑んだ。



◇



あの後、医師が到着し、クリスティーナは「病院」へと救急搬送された。

神官による「法術」の治療も施された。


エリーゼさまは付き添い、症状や施した処置を医師に説明をしていた。


いろいろ、凄い人なんだよね。



で、今はというと――――――



「ありが……とう、ございま、す」


とんでもなく言い辛そうに「クリスティーナ」が呟く。

今の彼女は、自身の邸宅の寝室。

つまり、「シャノワール邸」のベッドの上だ。


その言葉を聞いて、エリーゼ様はティーカップを静かにテーブルへと置いた。


「あら?聞こえないわ。もう一度、言ってくださらない?」

エリーゼさまはワザとらしく耳に手をあてて聞き返す。


まったく、この人は―――――――


私は出された「お茶」をいただきながら、内心であきれ果てた。


「『私』ではなく、『フェルム』にも聞こえるように言ってください」


――――――え?


「フェルムの判断がなければ、『毒物』の摂取を遅らせられませんでしたの」


自慢げにエリーゼさまが言う。


「フェ・ル・ム、への感謝の言葉はないんですの?」


ニヤニヤして言うエリーゼさま。


「くぅぅっ」

歯噛みするクリスティーナ。

けれど、急に眼の焦点が合わなくなる。


「わっ」と声を上げて泣き出した。


「意地悪っ、なんで私にそんな意地悪ばかりするのっ!」


――――ちょ、いきなりギャンギャン泣き出さないでよ……こっちが悪いみたいじゃない。


「オマエが悪いんじゃないっ!私の悪口吹き込んで、みんなとバカにして!」


手足をバタつかせて暴れはじめる。

それは「狂人」のようであった。


けれど、手足には力がなく奇妙な動きをする。


そして「フェルムのせいで」と私を責める。


「私は何も――――――」


「うるさいうるさいうるさい!嘘つきっ!【災厄令嬢】!」


なおも私を「罵倒」するクリスティーナ。


……これは明らかに「毒」に侵されたために起こる「せん妄」。


やはり、おかしい。

だってあの時、病院で「治療」を受けて「解毒」もしたはず。

それなのに、まだ「症状」が続いている。


まだアレを「摂取」しているんだ。


一体、どうやって……?


そもそも、なんでコイツは「あの『毒』の鉱物」を摂取し続けているの?



「お姉さまっ」

カテリーナが駆け寄る。


「どうか気を確かにっ、みなさんはお姉さまのためにっ」

そう言ってなだめようとする。


バシッ――――――


力なく振られた手が、「カテリーナ」の頬を叩く。


「あ……」


我に返ったのか「クリスティーナ」が目を見開き、そして動きを止める。


カテリーナは叩かれた頬を押さえながらも、優しく微笑んだ。


「大丈夫。大丈夫よ……お姉さま」

微笑むカテリーナ。


「う、うううううう」

呻き、うつむく「クリスティーナ」。


ブツブツと何かを呟き始める。


……これも、その「『毒』の鉱物」が頭にまで回った症状だ。

しかも、かなり重篤。



「すみません。お姉さまはここのところ感情の起伏が激しくて……」

カテリーナが私たちに謝罪する。


エリーゼさまはその様子を「苦い」顔で見ていた。


「原因がわからないんです。何かの【呪い】なんじゃないかって……」


それは違う。

明らかに、「毒殺」を計画している証拠がそろっている。


でも、「犯人」の「決定的な証拠」と、そして繰り返されないようにする予防策が……


「やはり顔色が悪い……いつもの貧血かな?」

先ほどまで黙って様子を見ていた「サイモン」が言う。



「すみません。『妻』の容体が思わしくないので、今日はおひきとりを」


そう言ってこの下級貴族出の男は私たちに退室を促した。


居座る理由がなくなってしまった私とエリーゼさまは、促されるままに部屋を出ようとした。


(ん……?)


私は違和感を覚えた。


それは、彼女の部屋の一角。

ベッドサイドのナイトテーブルとは別の、壁際にあるコンソールテーブル。


その上に、不似合いな「壺(ポッド)」。


シュガーポットみたいだけれど……


それに、なんか「赤い」キャンドルもある。


趣味悪っ、……変な趣味じゃないよね?


私は、そっとそのコンソールテーブルまで歩み寄った。


「どうかされましたか?」

サイモンが首を傾げる。


私はその器を手にする。


―――――ずっしりとした重い感覚。


蓋を取ってみると「白い粉」が入っている。


私は息を飲んだ。


これって……白い「鉱物」じゃないの……


「ああ、それは『真珠の粉』です。安眠とか精神が安らぐとかに効果があると聞いたもので」


サイモンはなんのためらいもなく言った。


「では、あの『赤いキャンドル』は……」

私の問いに、サイモンが慌てた。


「あ、ああ。それは『カテリーナ』さまが、妻のために『アロマキャンドル』を」


「そうですか……」


私がジロジロとその「アロマキャンドル」を眺めると、サイモンが話を「白い粉」について戻した。


「妻の肌の調子も悪いみたいですし、『真珠の粉』はお肌にも良いと」


確かに、本物の「真珠の粉」ならば、そうだ。


「えっと、『サイモン』さん?それはどなたから聞いたのですか?それに、どこから手に入れたものなのでしょうか」


私はサイモンへ尋ねた。


「え?どうしてですか」


「この場で不謹慎ですけれど、私も『美容』には少し……」


私が目を泳がせながら言うと、サイモンは小さく「笑った」。


私とエリーゼさまはそれを見逃さなかった。


自分の妻の、この容体で「笑える」ものか。


サイモンは、それはもう「スラスラ」と淀みなく答えた。

はじめから用意されてたかのような「シナリオ」。


「――――ということです」


サイモンは説明を終えると「お引き取りを」と退室を再度促す。


「もしよろしければ、少し『分けていただく』ことはできませんか?」

私は言った。


すると、「サイモン」は顔色を変えた。


「な、なんてことを!私が病の『妻』のために用意したものをよこせだなんてっ!恥知らずなっ」

そう彼は声を荒げた。


まあ、常識的な反応なんだけれど、でも、怪しさも拭いきれない。



「―――――失礼します。『ハティ』さまが奥様のお見舞いに参られました」


シャノワール邸の執事が声をかける。


(やっと来たか。アイツは遅いんだから)


私はほっと胸をなでおろした。

そして、エリーゼさまは目を輝かせる。


これに反して、「サイモン」はぎょっとした顔をした。


この表情は噂の「貴族殺し」の来襲ととったか、それとも――――――


「お、お通ししなさい」

カテリーナさまの声もわずかに震えている。


普通の女性ならアイツの来訪は喜びそうなものだけれど。

もしかしたら、もしかするかも。


私はハティの入室に気を取られている連中を無視して、テーブルの上にある「壺(ポッド)」を手にした。


やっぱり―――――これって「真珠」じゃなくて、「金属」じゃないの?


◇


「急な来訪、失礼いたしました。奥方様の体調が悪いとうかがいまして」


ハティが慇懃に挨拶をする。


「さらに申しますと、何やらウチのお嬢様と奥方様は浅からぬ『因縁』があるとか」


なんとも厭味ったらしくハティは言う。


「平素の諍いは置いておきまして、やはり病床にあられる方を見舞うのは――――」

ハティはいつにもなくペラペラと口上を述べる。


「お仕事モード」の時のハティは口が回る。

普段は口数が少ない方だから、このギャップには今でも慣れない。


「ああ、サイモンさまとは、私もここのところよくお会いしましたね」


……ん?


「そうでしたか?」

サイモンが眉をしかめる。


「ええ、『街のアトリエ』ですよ。あの下町の画家のところで」

ハティがいつもの「無表情」でしれっと言う。


「え?いや、人違いでは?」


「そうですか?」

サイモンの言葉にハティは首を傾げる。


「私はてっきり、病床にあられる奥方様のために、絵を学ばれて共に楽しまれていると思っていたのですが……」

ワザとらしくハティは部屋の様子を眺める。


「思い違いでしたでしょうか?『絵画』はこちらには無いようですから」


そう言って、ハティは私に目配せをした。


なるほど、「そういう方法」か。


私は、確証を得た。


―――――パチン!


私は指を鳴らした。


その場にいる全員がこちらを見る。


「謎が解けました。やはりこれは【呪い】などではありません」


そう言って、私は「白い粉の入った器」を持ち、ティーセットが置いてある「テーブル」へと向かう。


そこには、グラスが置いてあった。


私は、水差しからグラスへと水を注いだ。


そして、ティースプーンでひとさじ掬い、グラスの水へ、振るうように入れる。


―――――スッ


その「白い粉」はグラスの底へ一気に落ちた。


(やっぱり……)


「みなさん、よくご覧ください」


さらに私は、お茶会用に置いてあった「レモン」を手にする。


「ふんっ!」


私は「レモン」を握り潰して、その「果汁」をグラスへと入れた。


ティースプーンでかき混ぜると「泡」が弾ける。


そして―――――――


グラスの水は濁り、「澱」のような白い塊ができはじめる。


(これは、明らかに、真珠なんかじゃない!)



「ご覧ください。この気味の悪い白い塊」


私は「グラス」を持ち、周りの人に見せた。


「本物の真珠ならレモンの酸にも優しく溶け、馴染みます。ですが、これは泡を吹いたあとに『塊』となりました」


「つまり、これは『真珠の粉』などではありません」


私は断言した。


「で、ではいったい何だというのです!」


サイモンが叫んだ。



ふっふっふっ……馬脚を現し始めたな、「サイモン」くんよ。



「これは、『毒』にもなる重金属です」



そして、私はビシッ!とサイモンを指さした。


「この金属の名前は『白鉛鉱(セルサイト)』!」


この言葉に、サイモンはワザとらしく叫んだ。


「『鉛』……毒ではないかっ!」


まだまだ認めないようですね。


「確かに、『真珠の粉』ならお肌も整いますし、心穏やかにお休みになることもできるでしょう。本物の『真珠の粉』でしたらね」


「さて――――――」


私は「クリスティーナ」へと歩み寄る。


「この『粉』、飲ませてくださるのはどなたですか?」


彼女は、壁際にいる男、サイモンを見た。


「この『粉』、他の人が口にすることは?」


彼女は首を横に振った。


「この『粉』、触れることができるは?」


クリスティーナは、「サイモン」を見た。



「ち、違う!本当だ!私ははめられたんだ。『真珠の粉』だって……」

サイモンが見苦しくも言い逃れようとする。


「おやおやおや~、ちょっと待ってください。サイモンさま、アナタこの『白鉛鉱(セルサイト)』購入していますよね?それも、たくさん」

ハティがワザとらしい声を上げる。


「どおりで、画家が首を傾げるわけです。絵の具の『材料』だけ大量に買う男がいると」


そう、白鉛鉱(セルサイト)は「白い絵の具」の材料として用いられることがある。


「おかしいと思ったんですよ。サイモンさまは『絵の具の材料』を購入されている。にもかかわらず、一幅の『絵』すらない。さらに言うと、描いているご様子もないですね」


「そ、それは――――――」


「何度もすれ違っていますよね?アトリエで。なのに、知らぬふりとは、そういうことでしたか」


「ぐ、ぬぬぬぬぬ」


ハティに詰め寄られサイモンが呻く。


「嘘よ!」

カテリーナが叫ぶ。


「サイモンはそんなことをする人じゃない!」

声高に言う「カテリーナ」。


「きっと、その『画家』が嘘をついて――――」


「いえいえ、ちゃんと『心づけ』をしてまで聞きましたよ?他にも裏もとっています」

ハティが言う。


「そ、そんな……」

カテリーナは、がっくりと膝をついた。


涙をこぼす。


「サイモンが……お姉さまを殺すとするだなんて――――」


「あなたもですよ」

ハティは冷たい声で言った。


「サイモンさまが購入した『絵の具の材料』は、何も白の『白鉛鉱』だけではない」


そして、一際目をひく、「赤いアロマキャンドル」を見た。


私は、ハティに頷いて、そのアロマキャンドルを手にする。


「この、『赤いアロマキャンドル』。ここにも『毒物』を混ぜているでしょう?」

私はハティの言葉を継いで言った。


「何を証拠に―――――」

震える声でカテリーナが言う。


「彼は赤い絵の具の材料も購入していました。『辰砂(シナバー)』を、です」

ハティが私に捕捉した。


「あなたはこのキャンドルをお姉さまに贈りましたね。しかも『アロマキャンドル』として」

私はカテリーナに詰め寄った。


「『辰砂(シナバー)』の水銀は、加熱して蒸気を吸わせないと取り込まれない。だから、これを用意した。そして、『心が安らぐ』と言い、火を点し、部屋でお姉さまに吸わせる。もちろん、『頭痛』と『精神異常』をきたし、アナタへのあたりを強くさせて同情を買うとともに『真珠』と偽った『白鉛鉱』をさらに飲ませるために」


私は「火」の生活魔術で「アロマキャンドル」に火を点した。


本当なら、ここまですることではない。

でも、でも……


私は「頭」に血が上っていた。


私の「導火線」に「火」がついて……今にも感情が爆発しそうだった。


「心安らぐ、良い香りなのでしょう?どうぞ、ご堪能あそばしたら?」


私はカテリーナへと「アロマキャンドル」を差し向けた。


キャンドルが解け始めると、中から銀色の液体がじわじわと溶け出す。



「い、いや……」

震えながら後ずさる、カテリーナ。


「どうしたの?あなたが大切な『家族』のために用意したものでしょう?」


さらに追い詰める私。


その時だった。



「や、やめてぇぇっ!」


叫び声がする。

クリスティーナの声だった。


「いも、妹を苛めないでっ」

そう言うと、よろよろとベッドから起き上がり、立ち上がろうとした。


「白鉛鉱」のせいで、神経がやられているのか、満足に歩くこともできず、すぐに倒れてしまう。


それでも這ってこちらに向かってくる。


「この、【災厄女】!【火薬庫】!!!なんでも騒ぎ立てて火をつければ良いってもんじゃないっ」

クリスティーナは私を睨みつけながらにじり寄って来る。



「私の……『家族』を奪うなっ!」

クリスティーナが叫んだ。



その時だった。


静観していたエリーゼさまが、いつの間にかクリスティーナに寄り添っていた。


「あなたも、『お姉ちゃん』なんですね」

優しく微笑む。


そして、スッと首元に手をあてた。


わずかな動作。

それだけで、クリスティーナは眠るように意識を失った。


「お嬢。もうやめましょう」

ハティが私から「キャンドル」を取り上げる。


「お嬢まで、手を汚すことはない」


ハティはキャンドルの火を消す。


「なによりも、貴女の『やさしさ』はコイツらには伝わらない」


ハティは寂しそうに笑った。


私は、手から力が抜けた。


そして――――――目から、涙がとめどなくこぼれ落ちた。



◇



あの後、「サイモン」は捕縛……というか、エリーゼさまに滅多打ちにされて引きずられて行った。


騎士団が派遣され、「カテリーナ」は連行された。


「クリスティーナ」については、また入院。

今度こそ彼女を侵す「毒」を取り除くためだ。


やられてしまった身体機能はどれほど戻るだろう。

彼女が早く日常生活に戻るれることを望んで止まない。


……ムカつくヤツだけれど、それでもちょっとは同情するくらい、いいでしょ?



事の真相はこうだった。


下級貴族の「サイモン」と、中級貴族の「カテリーナ」はある日、晩餐会で知り合う。


何度か逢瀬を重ねているうちに、仲は深まる。


下級貴族の「サイモン」は、「カテリーナ」と一緒になりたい。そして、「玉の輿」にものりたい。


「カテリーナ」は次女だから、どこかの有力な貴族の元へ「政略的な結婚」をさせられることは明白。


そこで、サイモンは考えた。


「カテリーナ」と「シャノワール家」のどちらも手に入れる方法。


それが、今回の最低な方法だ。



「クリスティーナ」に気に入られる。


そして、「クリスティーナ」をたらしこんで、「入り婿」として、家を継ぐ。


婚姻関係を解消されないように気をつけつつ、「クリスティーナ」を亡き者にする。


唯一の「血を継ぐ者」であるカテリーナを後妻として迎える。


こうして「カテリーナ」と「シャノワール家」をものにしようとしのだ。



なんとも、胸糞悪い話。


カテリーナの「善人面」「被害者面」したやり方が気にいならない。

サイモンのクズっぷりは言うまでもない。


そして、その手のひらの上で転がされ、「人を好きになる」という気持ちを弄ばれ、命まで狙われた「クリスティーナ」のことを思うと、許すことができない。



仏頂面で窓の外を眺めている私に、ハティが声をかけてきた。


「しかし、よく『サイモン』が犯人とわかりましたね」


「ん~?」

私は気のない返事をする。


だって、そんなの簡単じゃない。


晩餐会のとき、いくら嫁とはいえ「クリスティーナ」のことを庇いすぎた。

そして、「カテリーナ」はそのことに表情を変えるどころか平然としていた。


どう考えたって「示し合わせている」としか思えない。


そして、決定的だったのは「お茶会」。


いくら砂糖のように見間違う「白鉛鉱」といったって、誰が口にするかわからない状況下で投薬するのは「リスク」がある。

これが無差別だったのなら別だけれど。


でも、「確実に」クリスティーナにのみ症状が出た。


しかも、「中度」の中毒症状。

下垂手まで起きていたなら、長期的に、少しずつ盛られていたと考えるのが自然。


そして、倒れた時にエリーゼさまが処置したことで分かった「鉛中毒」の症状。


これらから推論したまで。



とはいえ――――――


「ハティはなんで、『絵の具の材料』にたどりついたの?」


そう、ハティには「証拠集め」を命じていた。

そして、すぐに「絵の具が怪しい」とコイツは推論した。


「ああ、偶然ですよ。私も『絵』を描いて欲しかったので」

ハティが言う。


は~、そういうこともあるの。

「芸術」に興味ないと思っていた。


「画家を探すのも苦労しました。なんでも、私が行くとみんななんでか逃げ出してしまうんです」


そりゃぁね。「貴族殺し」の「番犬」が来ればみんなビビるでしょ。


「ようやく描いてくれる画家を見つけたと思ったら『絵の具の材料だけ』買い占める輩がいるっていうものですから、本当に困り果てました」


「そうしたらですね。『絵の具の素材』を取ってきてくれたら描いてくれるというのです」


……ん?


ここのところ、土まみれで帰ってきたのって……


「お金のない私ですが、せめてお嬢の髪色に見合う『赤』だけでもと思って、それはもう探しまくりましたよ」


半分聞き流していた私は、ハティの「私」がどうとか言うところで注目した。


「何とか見つけたのが『西洋茜』でして。まさか、『西洋茜(マダー)』というのは、あんなにも地面の深いところに根を張るとは思いもしませんでした」


ハッハッハッと無表情のまま笑う。


なんで、自分で土掘り返してまでそんなことを……



「ということで――――――」


ハティは紙に包まれた大きな四角い板のようなものを出した。


私の前でその包みを外す。


……え?これって―――――――



そこに描かれているのは「燃えるように赤い髪」をした少女。

凛々しくも、美しく描かれている。


「どうです、そっくりですよ。あの『画家』、なかなかの腕ですね。こんなにもお嬢のイメージを再現してくれるなんて、今度当家のお抱えとして推薦してみましょう」


いや、ちょっとまって。

私、「画家」を呼んでな―――――――まさか?


「え?ちょっと、これ……『私』?だって一度も」


そこでハティはしれっと答えた。


「もちろん、私がつぶさにお嬢の特徴を語って聞かせたのです。頭のてっぺんからつま先までの」


は、はあああああああああ!?

何してくれとンじゃ、このトウヘンボク。


「もう少しでお誕生日ですよね?何が良いかと考えたのですが、せっかくなら形になるものがよろしいかと」


コイツ、私の誕生日憶えて……いや、いつも誕生パーティとかしてるからか。

でも、「誕プレ」がこれって……


しかも、え?何?

ハティには、私がこう「見えて」いるの?


……その美しく描かれた「私」らしき女性とハティを見比べる。


「お気に召しませんでしたか?」


ハティが首を傾げる。


そして、「ぽん」と手を打った。


「ああ、もしかして『危険なもの』が含まれていないかご心配に?」


そして、そっと「絵」の私に触れた。

愛おしそうに。


「大丈夫ですよ。お嬢に贈るものに、そんなもの使うわけないじゃないですか」


さらに、私へ近づく。


ちょ……近い―――――――


「『美しい赤』は、『口』にしても問題のないものですよ?」


ハティの指が私の頤に触れ、そっと上を向かせる。


自然と私は「ハティ」の顔を見詰める格好になる。



長い睫毛、白い肌、そして白銀の美しい髪。


「王子様」というイメージを象ったようなハティの顔……


それが―――――――――



「うぉぉッほぉぉぉぉんん!!!」


大きな咳払い。


その音がした方を見ると、これまた「白銀の髪」をした「美女」が立っている。


コメカミに青筋を立てて。


「ああ~、ん、んんっ!」

さらに咳払い。


ハティの姉。エリーゼ・カナン・マクスウェルさまだ。


「あ~、『お姉ちゃん』はぁ、なんだか喉が渇きましたぁ。ここのお家はぁ、お客様にぃお茶も出ないところなのかしらぁ」


とんでもなくワザとらしく言うエリーゼさま。


「ああ、姉上。よくいらしてくださいました」


ハティはすっと体を放す。

そして、「はい」となんの感慨も浮かばないかのように私に「絵」を押しつけた。


スタスタと部屋の出口へと歩いて行く。


「今、お茶のご用意をいたしますね」


ハティはそんなことを言いながら出ていこうとする。


そして、ふと思いついたように振り返って言った。



「もし、要らなければ、その『絵』私にお返しください」


そう、いつもの無表情で言う。



「私の部屋に飾って、『愛で』ますので」


――――――にこり


ハティは微笑んだ。


『な、ななななななんですってぇぇぇぇぇ!』


その冗談にしても笑えない発言に、私とエリーゼさまは絶叫した。



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