大黒の姫はB4で走る。――亡き父の意志を継いだ琴葉氏とレガシィB4 RSKの話。
「父の車だったんです。これ」
琴葉氏は言って、紺色のボンネットに手を置いた。
大黒パーキングエリア、夜11時。銀色のストレートロングヘアが夜風にかかる。ヒッポスリークのフロントバンパーが光を受けて、そのシルエットを主張している。ここ大黒で「紺のB4に乗る姫がいる」と聞き、編集部は足を運んだ。
取材班が想像していた「姫」の姿は、やはり現物とは少し違った。立ち姿は静かで、笑顔は柔らかい。でも、このB4の横に立つ彼女の瞳には、どこか遠くを見ている光があった。
「父が走っていた車なので。手放せなくて」
父のこと。
詳しくは聞かなかった。本人が話してくれた範囲でだけ、書く。
琴葉氏の父は、かつてこの大黒で、そして首都高C1で名前を知られた走り屋だったという。ガンで数年前に亡くなった。このレガシィB4は、父が最後まで乗っていた車だ。
「最初は乗るつもりなかったんですよ。免許も持ってなかったし。でも父が亡くなって、この車が月極に残って。なんか、乗らなきゃいけない気がして」
免許を取り、この車に乗り始めた。最初は怖かった、という。
「ターボって、踏んだとき急に来るじゃないですか。父はどんな気持ちでこれを踏んでたんだろうって、走るたびに思うんです」
レガシィB4 RSK BE5、この車のこと。
まず車の話をしよう。
スバル レガシィB4 RSK、BE5型。2リッター水平対向4気筒DOHCツインターボを搭載し、RSK 5MT車は最高出力280馬力、最大トルク35.0kgmを発生するスポーツセダンだ。
このエンジンが搭載するのはシーケンシャル・ツインターボ、通称「2ステージツインターボ」。低回転域からはプライマリーターボが作動してスムーズなトルクを確保し、4000rpm前後でセカンダリーターボが合流して一気に最大出力を解放するシステムだ。この切り替わりの瞬間に、一瞬「ターボの谷」を越えて別の加速が始まる独特のフィーリングがある。乗り手によっては「急に来る」と感じるし、慣れた人間には病みつきになる。
駆動方式は5MT車がビスカスLSD付きセンターデフ式のフルタイム4WD、前後50対50の固定配分。足回りのチューニングにはポルシェが関わったとも言われ、ハンドリングはヘタなスポーツカーを凌ぐと評されるほどだった。
「地味に見えて最速」という言葉がよく使われるB4だが、それはこの車の本質を突いている。セダンの顔をして、走ると別物になる。父がこれを選んだ理由は、琴葉氏には今になってわかってきた、という。
「父らしい車だなって。目立たないけど速い。そういう人だったから」
エンジン周り、まず信頼できる状態に。
BE5に限らず、2ステージツインターボのレガシィは経年劣化によってホースやバルブ類が傷み、セカンダリーターボが作動しなくなるトラブルが出やすいという弱点を抱えている。父の車を受け継いだとき、琴葉氏がまず行ったのはその徹底的なリフレッシュだった。
AUTOBAHN88のシリコンラジエターホースセットでホース類を一掃し、CUSCOのラジエタークーリングプレートで冷却効率を補強。BLITZのレーシングラジエターキャップで圧力管理もきっちり行う。YuHaru製のアーシングキットで電装系の接地を改善し、SARDのオイルフィラーキャップと厚木オート部品のオイルクーラーキット7段を組み合わせて油温管理も整えた。
「ショップの人に『この車、ちゃんとメンテされてる』って言われて。父が大事にしてたんだな、と思って……少し泣きました。取材中にすみません(苦笑)」
父が遺した整備の痕跡を辿りながら、琴葉氏は少しずつこの車のことを知っていった。
( ・∀・)つ PHANTOM's EYE
BE5のシーケンシャルツインターボは、真空ホースとソレノイドバルブが複雑に絡み合ったシステムで構成されており、部品の劣化が積み重なるとターボの切り替えが正常に行われなくなる Fujisan。中古で購入した場合や長期保管後に乗り始める場合は、まずバキュームホース類の全点検が大前提だ。「ターボが効いていない気がする」と感じたら、まずホース類とソレノイドバルブを疑おう。修理工賃は高めだが、ここを後回しにするとエンジンそのものへのダメージに繋がりかねない。(゜Д゜)
ターボ周り、HKS SQV4の仕事。
ブローオフバルブはHKS スーパーSQV4に換装済みだ。アクセルオフの際にタービンへの逆圧を逃がし、サージングを防ぐ定番パーツ。「父が付けたのかな、と思ってたら、ショップの人に確認したら私が買ってから付けたんだとわかって(笑)。なんか自分でも覚えてなかった」。少しずつ、自分の手が入っていく。それがこの車との対話なのだろう。
給排気、B4の声を引き出す。
インテークはHKS レーシングサクション。エアの通り道を整えてB4の呼吸を楽にする。
マフラーは柿本改 Hyper Fullmega N1+ Rev。このマフラーは前号の取材車両にも登場したが、B4のEJ20ツインターボとの相性で特に評価が高い。水平対向エンジンとツインターボの組み合わせが生み出す排気音に、低くて重みのある柿本のノートが加わると、セダンとは思えない音になる。
「大黒に来ると、この音で気づいてくれる人がいるんですよ。『あの紺のB4か』って。少し誇らしいです」
足回りと剛性、B4を現代で走らせる。
車高調はTEIN FLEX Z。RSKは純正からビルシュタイン製ダンパーを奢られたスポーツセダンだが、経年劣化したダンパーをTEINで刷新することで、本来のハンドリング性能を取り戻す。「車高調を入れてから、コーナーでの動きが全然違う。父はどんな足で走ってたんだろう」と琴葉氏は言う。
剛性補強はCUSCOのストラットバー タイプOS、BCS付き。BCSは車体の空洞部に封入して剛性を高める追加工法で、フロント周りの締まり方が変わる。「ショップの人に勧められて入れました。意味がわからないまま付けたけど、あとから効果を感じた(笑)」
ブレーキ、父の選択に追いつく。
フロントブレーキはスバル純正の4ポットキャリパーに流用換装している。一部RSKやブリッツェンモデルには純正オプションとして設定されていたフロント4ポットキャリパーで、ヤフオクで入手した中古品を使用。「止まれる車にしたかった。大黒のランプを降りるとき、ちゃんと止まれるかどうか怖かったので」
父がC1を走った、というなら、止まることへの敬意はこの車への礼儀でもある。
ホイールとタイヤ、白で纏める。
ホイールはFINALIST FZ-S5 WHT、17インチ。タイヤはNANKANG NS-2、215/45R17。純正の215/45ZR17というタイヤサイズをそのまま踏襲しており、B4の足の設計を崩さない選択だ。白いホイールと紺のボディの組み合わせは、夜の大黒の照明の下で静かに映える。「白と紺にしたのは、父が好きだった色の組み合わせだから」とのこと。(´∀`)
外装、ヒッポスリークで纏める。
エアロはヒッポスリーク製のフロントバンパー、サイドスポイラー、リアアンダースポイラーの3点セット。ヒッポスリークはB4専用設計のカスタムパーツを手掛けるブランドで、セダンのシルエットをスポーティに引き締めるデザインが特徴だ。リアにはD-MAX製の汎用GTウィング A140が加わっている。
そして、フロントグリルにはAliExpressで700円で買ったSTIエンブレムが貼られている。
「STIじゃないですけど……なんかかっこよくて(笑)。あと父がSTIのことが好きで。ちょっとだけ、父の好みを足した感じです」
700円のエンブレムに込められた、娘の気持ちだ。
内装、この車に乗るための準備。
シートはナニワヤのSP-Gタイプ フルバケットシート、RAY-BOLT製のシートレール。「最初は純正シートのままだったんですけど、大黒のランプをコーナリングするときに横Gで体が流れて怖くて。フルバケを入れたら全然違いました。止まってくれる(笑)」
オートゲージ548シリーズの油圧・油温・水温3点セットとブースト計。「メーターは父が付けてたのと同じシリーズにしました。なんとなく」。
インタビュー:琴葉氏、静かに語る。
――大黒に来るようになったのはいつ頃ですか?
「乗り始めてしばらくしてから、ここに来てみたくなって。父が走っていたって聞いていたから。来たら、なんか、ああここだって思って。それからよく来るようになりました」
――「大黒の姫」と呼ばれていることは知っていますか?
「知ってます(笑)。恥ずかしい。ただ停めてるだけなのに」
――走るのは好きですか?
「好きです。最初は怖かったけど、今は好きです。大黒のランプを降りてフルブーストになる瞬間が、一番好き。……父もここで同じことを感じてたのかな、って思いながら走ってます」
――この車をどんな状態にしたいですか?
「父が乗っていたときの状態に、できるだけ近づけたいです。でも父の仕様がわからないから、自分なりに想像しながら仕上げてる感じです。父だったらこうするかな、って考えながら」
――最後に、父に一言伝えるとしたら?
「……ちゃんと走れてますよ、って言いたいです」
しばらく沈黙が続いた。取材班は何も言わなかった。
大黒の夜風が、紺のB4の上を通り過ぎた。
フロントのボンネットに腰を掛け、銀色の髪を夜の光にさらした琴葉氏の瞳に、確かに何かが宿っていた。かつてC1を制した父とは、髪も違う、顔も違う。でも、その目に宿るものだけは、きっと同じだ。
大黒の姫は、今夜も紺のB4でランプを降りる。父が見ていた景色を、探しながら。




