目標設定
5年後
この世界について幾つか分かった事がある。
一つ、この世界には魔法が存在する事。
二つ、この世界には魔物やモンスターと呼ばれる化物が存在する事。
三つ、この世界の文明は現代社会には遠く及ばないと言う事。
四つ、この国の歴史は俺の知る世界の歴史とは大きく異なっていると言う事と、俺の知る言語体系ではないと言う事。
この国で使われている言語は日本語でも英語でもない。
もしかしたら南米だとかな言語なのかもしれないが、生憎俺は日本語しか話せない、英語も中学で止まっているので、あまり変わりはない。
ただ神様からのギフトなのか、全くしらないはずの言葉が何故か意味だけはわかる。
それ故覚えるのは読み書きと発音だけなので割と楽に覚えられた。
以上がこの5年で知り得た知識。
この世界は前の世界とは何もかもが違う。
…つまり、やり直せる。
ここでなら俺は、俺の事を誰も知らないこの場所でなら俺は、一から上手くやり直せるんじゃないだろうか。
「シオンー飯だぞー」
「はーい!」
ちなみに俺…僕の新たな名前はシオン。
シオン・ノースト
ノースト家の長男として生まれた。
「今日は飯食ったら剣を触ってみるか?」
これは父。
名前はダンク、職業は元冒険者で今は街の護衛騎士団に所属しているらしい。
「ちょっとあなた、まだ5歳よ、流石に早すぎない?」
こっちは母。
名前はマイラ。とても可愛い。
血縁が無ければ惚れていたやもしれん。
「触りたい!」
「ほら、シオンもこう言ってるし、なぁシオン。それに男の子は剣が大好きなもんさ」
「もー…怪我しない程度にね」
「はーい!」
今世の目標は父と母に親孝行をする事、そして…人生を楽しみ尽くす事。
その為に魔法も剣も勉学も全てやる。
全てで1番になるつもりでやる。
「お父様、僕、強くなる!」
「お!流石俺の息子!そうだよな、男は強くなきゃな!」
…と意気込むはいいものの、結局俺は俺でしかなかったようで。
「はは、どうだシオン。木刀でも重いだろ」
「う…うぐ…なんの…これしき…あでっ!」
「シオン!大丈夫か!?」
「うん…平気」
まさかこけるとは…どうやら今は木刀を持ち上げるので手一杯のようだ。
体を鍛えるのは最優先事項かもしれない。
とは言ってもなにからやっていくべきか…
体力に筋力、柔軟に戦闘知識…武道だけでもやるべきことは山積みと来た。
素人の僕には何をどうするのかさっぱりだ。
こう言う時に先生でもいれば…あ…そう言えば
「お父さん、僕が強くなるにはどうすればいいですか?」
そうだ、俺にはこの人がいた。
実力がどれくらいかはよくは知らんが、元冒険者で護衛騎士団なら強くはあるはずだ。
ならこの人から教わらない手はない。
「何から…そうだな、まずはやっぱり走りこみと筋トレからだな」
「なるほど…お父様、頼みがあります。僕の…師匠になってくれませんか?」
「…シオン、父さんは厳しいぞ?」
「望むところです」
むしろそうでなくては困る。
最強を目指すのだ。
スパルタくらいで丁度いい。
「それじゃ、外周を…そうだな、初めてだから10周でいいぞ」
「じゅっ!?」
「大丈夫、父さんも一緒に走ってやるから!ほら、いくぞ」
この家はでかいので、外周は目測60メートル程、10周なら600メートル。
5歳には鬼畜もいいところだろうが…まぁ常識の範囲内だろう。特に最強を目指すなら。
「筋トレは軽めに腕立てとスクワットと腹筋100ずつな。」
…果たして明日の俺は生きて朝日を見る事ができるだろうか…
「…し、しぬ…」
父さんから課されたノルマをなんとかこなし、庭の木陰に倒れ込む。
日はすでに落ちかけ、綺麗なオレンジ色の光が眩く光っている。
「はは、大袈裟だな、父さんはこの10倍は最低でも鍛えてるぞ!」
化物だろ…
「ばけものだ…」
「心の声が漏れてるぞ…だが強くなるならいずれは父さんと同じだけは鍛えないとな!」
「…精進します」
正直言えばもう辞めてしまいたい。
…けど、やると決めた以上はやり切る、前世の二の舞なんてごめんだ。
「シオン!ダンク!ご飯よー!」
母さんが家の戸を開けて大声で俺たちを呼ぶ。
「今日の飯はなにかな〜」
「シチューと言っていた気がします」
「おっ!マイラのシチューは絶品だからな」
「それ、全ての料理に言ってません?」
「事実だからな」
全くバカップルな親だ。
子供の前なのだからもう少し節度と恥じらいを持ってもらいたいものだ。
仲が悪いよりはいいが…と言うものだ。
「ほら、帰るぞ…っと」
父さんは疲れて動けない僕を軽々と持ち上げて背中におぶる。
「お、お父様!?」
「初めての特訓で疲れただろ?こう言う時くらい甘えておけ」
「…はい」
そう言ってみせるお父様の背中は、とてもゴツゴツとしていて、暖かくて、いつもより大きく見えた。
…俺もいつかはこんな男になりたい
素直にそう思わされる程、その背中はかっこよかった。
「ただいまー!」
「おかえり…ってあら、珍しいわね、シオンをおぶってるなんて」
「父様ぁ…疲れて動けないよーおぶってーって言って甘えてきたからな」
「あら、本当かしらシオン?…ふふ、疲れて寝てるわね」
「本当だ…お疲れ様、シオン」
久しぶりに夢を見た。
そこに居たのはデブでブスで脂ぎり不潔に伸び切った髪をベタつかせている俺。
周りには何もない。
その夢では虚無とも呼べるその空間で、ただ虚空を見つめているだけだったが、不思議と寂しさや不安はなく、漠然と安心した。
「…夢…」
目を覚ます。
前世では夢と言うものは起きると忘れる物だった。
どんなに苦しかろうと幸せだろうと醒めればもやがかり次第に忘れていく。
これは啓示なのだろうか。
俺の今生きているこの世界はただの夢で、いつか向こうに居た俺が目覚めてこの世界から醒めると言う、そう言う類の神様からの忠告だろうか。
…なら努力なんてしても意味は無いのだろう。
いつか醒めてしまうなら、夢の中でまで苦しむ必要なんて無いじゃないか。
「…なんて、前世なら考えてたな」
もし俺が前世のままの俺なら、きっとこれは夢だと早々に結論付けて諦めてしまっていただろう。
けど、今は違う。
父と母の…前世では気が付かなかった努力。
それを俺は知ってしまった。
シオン・イーストとして生まれ落ちたその日から俺は、両親のことを尊敬しっぱなしだ。
…それは前世と今世含めた両方。
だからこそ前世には後悔が沢山ある。
もっとあぁしていれば、こうしていれば…きっとそれは言い出せばキリがない、でもその中で大きな一つは親孝行。
俺は前世では一度もそれに似た行為をした事がなかった。
迷惑を掛けるだけかけて死んだ。
だからこそ、今世は
「夢でもなんでもいい、俺はやり切る…そして」
前世で出来なかった親孝行をする。
これはリベンジだ、不甲斐ない俺への。
不意に拳に力が入る。
「いっ…」
父と鍛えた体がキリキリと痛む。
この痛みが、これは現実だと教えてくれているようで、俺の努力は無駄なんかじゃないと、世界が肯定してくれてるみたいで少し嬉しくなる。
夢を経て目標が更に明確になった。
ならあとはそれに向かって進むだけ、簡単な道のりではないかも知れない。
苦しいことばかりかもしれない、けどそれでも
「そっちのほうが面白い」
俺は呟いて再び布団に潜って眠りに着くのだった。




