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草壁和也

高校生活、最初の週末が終わった。

 夢の底から浮かぶように、目が覚めた。

 無意識に枕元へ伸ばした手。左右を探ってもスマホはなくて、仕方なく枕の下をまさぐる。

……あった。

 ひんやりと冷たい、平たい長方形。

 それを額の上にかざして、サイドボタンを押す。瞼ごしに光が突き刺さって、思わず目を細めた。

 その隙間から覗き見た時刻は...4:50。


 指で目を擦って、寝返りを打つ。

 窓の外は、まだ黒だった。


 起きよう。

 布団を抜け出して、音を殺しながら身支度を始める。

 家族はまだ夢の中。この静けさを壊さないように、蛇口は三分の一だけ捻る。水が洗面台にぶつかる音すら、抑え込むように。

 溜まった水で顔を濡らして、息を止めて——全部、沈める。

——10秒。

 顔を上げて、タオルで頬を拭く。

 指先で排水口の蓋を押しのけると、小さな渦ができて、吸い込まれるように消えた。

 それを、ただ眺めてた。


 ブッ、ブッ……

 ポケットでスマホが震える。5:00のアラーム。

……そろそろ行こう。


 庭に出ると、夜明け前の風が濡れた頬を撫でた。

 少し、冷たい。

 街は、まるで世界に私ひとりだけが残されたみたいに、静まり返っていた。


 門の前で、左右を見渡す。

 人影、ゼロ。

 よし。

 軽く助走をつけて、家の前の塀に向かってダッシュ。

 ぶつかる寸前、跳び上がる。両手で縁を掴んで、体を丸めて——

 ひらり。


 通学時間、10秒。


 塀の向こうは、グラウンドの片隅。

 先週の観察結果によれば、この時間帯なら運動部すらまだ動き出さない。通りすがりの人間もいない。

 つまり、誰にも迷惑をかけない完璧なルート、ってわけ。


……こんな回りくどい真似をする理由?

 別に、大それた目標なんかじゃない。

 ただ、笑えるくらい単純で——どうしようもなく幼稚な、たったひとつの理由。


「遅刻が、嫌だから」


 いつからか、遅刻だけは許せなくなった。

 理由を辿れば、たぶん、あの日に行き着く。


 あの頃の私は、知り合ったばかりの相手を、簡単に“友達”だと思えた。

 今思えば、ただの思い上がりだったけど。

 相手と約束した誕生日パーティー。

 30分も前に待ち合わせ場所に着いて、私はわくわくしながら待ってた。

 時間が過ぎる。

……来ない。

 楽しみは焦りに変わり、やがて不安になり——

 そして。

 怒りに、変わった。


 1時間後。

 相手は、現れた。

 そして、軽い口調でこう言ったんだ。


「ごめんごめん、プレゼント選んでたら遅れちゃった」


……。

 何も、言い返せなかった。

 ただ、心の奥でこの感覚を刻みつけた。

 忘れないように。


 それから時々、夢を見るようになった。

 どこかに急いで向かう夢だ。

 でも、途中でいつも何かが起きる。

 ゾンビが溢れかえり、電車が止まり、道路が崩れ落ちる。

 映画や小説で見た障害のオンパレード。

 そして、決まって——遅刻する。

 目が覚めると、悪夢から逃れたみたいに安堵する。

……間に合ってよかった、って。


 緻密な計画ほど、どこかに綻びが生まれる。

 だから私は、シンプルに考えた。

 遅刻しないための、たった一つの方法を。

 たかが学校までのほんの数分の道のりでも、何が起きるか分からない。

 ならば——

 誰とも関わらず、物理的に最短の距離を進めばいい。


 よし。

 埃をはたいて、ポケットのスマホと財布の感触を確かめる。

 ライトを点けて、グラウンドのトラックを伝い、校舎へ向かう。


 トラックを抜けた、その瞬間——

 バンッ。


……!

 グラウンドの隅。

 改修工事中の校舎の方から、鈍い音。

 振り返る。

 闇に溶ける古びた校舎。輪郭さえも曖昧で、周囲には立ち入り禁止のテープが揺れている。


……頭の中を、似たような光景がフラッシュバックした。

 ホラー映画の始まりは、いつもこんな些細な物音だ。

 好奇心に駆られた人間が一人、闇へ消える。

 そして二度と戻らない。


 耳を澄ます。

……静寂だけが、返ってくる。


……いいや。

 こんな時間に、こんな場所で、深入りする必要はない。

 それに、私の目的地は教室だ。

 他のルートは、存在しない。


 背後の物音を忘れるように、一歩を踏み出した。

 四月的朝。

 太陽はまだ顔を出さず、ひっそりとした校庭に、時おり鳥の声が響く。

 私は教室の一番隅っこの席に座っていた。

 窓から差し込む光はまだ弱々しく、文字を読むには足りない。

 机の横にかけた鞄を膝の上に持ち上げ、図書室で借りたライトノベルを取り出した。

 机の上に置いて、窓の外を眺める。

 開いた窓から入り込む風を肌で感じながら、ただ静かに時を待っていた。

 

 気づけば、また眠りに落ちていた。

 夢の中は、小学生の頃だった。ある同級生のことを思い出している。

 かつてすごく仲の良かった奴だ。でも、別の友達ができてから、いつの間にか疎遠になった。

 小学最後のあの頃、あいつがいじめられているのを目撃した。

 でも、何もしなかった。ただ、立ちすくんで、すべてを見届けただけだ。

 その後、違う中学に進んでからは、一度も会っていない。

 今、夢の中であいつと話している。

 謝ろうと口を開きかけた、その時

 ふわり。

 どこからか香りが漂ってきた。嗅いだことのない花の香りだった。

 その香りの正体を考えようとした瞬間、頭の中が徐々にはっきりしてくる。目の前の光景が崩れ始める。

 ああ、夢か。

 そう気づいて、私は目を覚ました。

 目を開けると、そこには木目調の緑色の模様。

 机に突っ伏して、組んだ腕に頭を預けていたらしい。

 目を閉じて、ため息をついた。

「……やっぱり、言えなかったな」

 思わず、そんな言葉が漏れる。

 姿勢が悪かったのか、背中が少し痛い。

 伸びをすると、体中からバキバキと音がして、思わず声が出た。

 

 目を開けると、教室内に自分だけじゃないことに気づく。

 正面 あれ、入学してからずっと空席だったはずの席に、少女が座っていた。

 目に飛び込んできたのは、滝のように流れる美しい黒髪。頭のてっぺんから腰まで続いている。

 今の角度からは顔は見えない。でも、背中と、そのまとう空気だけで、その少女がとてつもなく美しいのだと分かった。

 少し気まずくなって、軽く咳払いをする。

 片手で頬杖をついて、窓の外を眺めるふりをした。

 空は白み始めていた。窓から差し込む光が、柔らかくて心地いい。

 少女は、私の立てた物音には一切反応しなかった。ただ、カバーのかかった文庫本を静かにめくっている。

 よかった、気づかれてない。

 心の中で安堵して、正面に視線を戻す。

 黒板の上の時計は 六時十二分を指していた。

 夢の中ではずいぶん長い時間が経った気がしたけど、現実では一時間も経っていないらしい。

 そして、さっき私を夢から引き戻したあの香りは、どうやらこの少女のものだったようだ。

 少女の正体は、だいたい想像がつく。

 噂ではもう転校したと言われているあの新入生代表。毎日、先生が点呼の時に何度も繰り返す名前。

 紫都真希

 入学式で新入生代表として挨拶したきり、姿を見せなくなった少女。

 なのに、たった一度の登場で生徒たちの間でかなりの人気を集めた。

 うちのクラスの前の廊下を通る必要すらない上級生たちも、わざわざ遠回りして、クラスの中を覗いていった。

 それが先週の終わり頃、突然、生徒たちの間で噂が流れ始めた。

 紫都、もう転校したらしい。

 普段あまりクラスメイトと話さない私の耳にまで届くんだから、相当広まっていたんだろう。

 机の横にかけた鞄を膝の上に持ち上げる。

 図書室で借りたライトノベルを取り出して、私も読み始めた。

『陰キャ妹は最高の彼女』

 今読んでいる二巻も図書室で借りたものだ。

 ストーリーが進むにつれて、妹の定義がどんどん拡張されている。

 実妹、義妹、学妹はもちろん、幼なじみも家族同然ということで妹扱い。

 でも、肝心の「陰キャ」設定は、いつの間にか作者がどこかに置き忘れてしまったらしい。

 でも、面白いからいいか。

 今日中に二巻を読み終えて、続きを借りに行こう。

 教室内には、まだ私とこの少女の二人だけ。


 静かすぎる空間が、お互いの存在をやけに意識させる。


 本を読みながら、少女も完全に無言というわけではないことに気づいた。


 時々ため息をついたり、我慢できずに笑い声を漏らしたりしている。



 七時になった頃、私も少女も手にしていた本を置き、教科書を開いて予習を始めた。


 少しずつ、教室内の人数が増えていく。


 でも、いつもの朝と違って、なんだか静かだ。


 みんな、久しぶりに現れた紫都を気遣っているのか、わざと声をひそめて話している。


 でも、ところどころから聞こえてくる単語は、どれも紫都のことばかり。


「……めっちゃ可愛い……」


「……話しかけてみようかな……」



 やがて、紫都が登校したという知らせが生徒たちの間に広まったらしい。


 教室の外には、他のクラスの生徒が群がっている。上級生の姿も見える。


 中でも特に目立っていたのは、プロ仕様のカメラを構えた先輩だ。


 覚えがある 写真部の部長だ。確か、新入生説明会で部活紹介をしていた時、完璧な土下座を披露していた。


 パシャリ。


 パシャリ。


 あちこちでシャッター音が響く。教室内でも、外でも、携帯を掲げて紫都の方に向けている奴らがいる。


 私は教科書を壁際のほうにずらして、右手で顔を隠すように頬杖をついた。




 この嵐の中心にいる紫都本人は、まるで何も聞こえていないかのように、ただ静かに座っていた。


「おい、押すなって!」


 突然、教室の外の人混みから、誰かが中に押し出されてきた。


 よろめいて、危なく転びそうになる。その瞬間、全員の視線が彼に集中した。


 爽やかで、いかにもイケメンって感じの男だ。体格からして、スポーツ系だろう。


「頑張れ!」


 さっき彼を押し出した二人が、拳を握って声援を送っている。


 彼は服装を整え、ゆっくりと紫都の隣に移動した。


「紫都さんだよね? 二年四組の葉山日輝です。よろしく」


「きゃあああ!」 女子たちの悲鳴が上がる。


「何々? まさか告白!?」


 


 教室の中も外も、大騒ぎだ。


 うーん、この名前、聞いたことある気がする。


 クラスの女子たちが時々窓辺に集まって、ずっと「かっこいい」「すごく素敵」って騒いでいた。


 サッカー部の新しいキャプテンだって言ってたっけ。へえ、こんな顔なのか。


 さっき彼を押してきたあの二人は、サッカー部員ってわけか。


「葉山先輩。何か用?」


 紫都が、動かしていたペンを止めた。


 顔を上げて葉山を見る。そして、今日初めて口を開いた。


 その声は、驚くほど淡々としていた。感情らしい感情は一切感じられない。


 葉山は完璧な九十度のお辞儀をして、右手を差し出した。そして、小さな声で言う。


「あの、突然なんだけど、紫都さんにサッカー部のマネージャーをお願いできないかなって思って」


 声の音量はかなり小さく、紫都とごく近くの生徒くらいにしか聞こえていないだろう。


「え、なんて言った? 聞こえなかった」


「絶対、告白だって!」


 教室の内外で、相変わらずの騒ぎが続いている。


「ごめんなさい。お断りします」


 紫都の声は、相変わらず淡々としていた。


 その瞬間、葉山先輩の体がビクッと震えたのを見た。


 顔全体は見えなかったけど、私の位置からでも、先輩の顔がピクッと引きつったのが分かった。


「もう一度だけ、考え直してもらえないかな?」


 今度は、葉山の声がやけに大きい。


 会話の内容が分からない連中が、またざわつき始める。


「葉山先輩、フラれたって」


「バカ、声がデカい!」


 


 紫都は答えない。


 ただ、視線を葉山から外し、机の上の教科書に戻す。横でお辞儀を続けている葉山を、完全に無視している。


 返事がないまま、葉山も顔を上げない。


 気まずい沈黙が流れた。



外国人によって書かれて、AIで翻訳されたものです。もし不自然な表現や時制の間違いなどに気づかれたら、教えていただけると助かります。よろしくお願いします。

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