悪役妹に転生したのですが、小説に登場すらしない皇子様の存在感が強すぎる
その日。皇宮では爵位の授与式がおこなわれた。
爵位を授与されたのは、第二皇子セドリックとその部下たち。
先立って皇太子が皇帝へと即位したので、その弟である第二皇子には大公の爵位が与えられ。第二皇子を支えてきた部下たちにも、爵位と大公領の一部の土地が分け与えられることに。
「フレデリカ・ルブランに、男爵位とフルール領を与える」
授与式に参列していた貴族たちは、ひそひそと囁き合った。
この国では親から爵位を継承する以外で、新たに爵位を得る女性は少ない。
皇宮で長く働いていれば爵位を与えられる機会はあるが、貴族女性の多くは結婚して夫人としての務めを果たす義務がある。侍女や乳母でなければ長く務める者は少ない。
しかもフレデリカは、第二皇子の補佐官として叙爵した。
「ルブラン嬢は確か、二十六歳よね」
「姉のアイラ嬢は十六歳で結婚なさったというのに、公爵家の恥ね」
この国は十六歳で成人を迎える。二十六歳の女性ともなれば立派な行き遅れ。
いつまでもルブラン公爵家に居座っているフレデリカは、貴族婦人たちの格好のネタだった。
「公爵閣下のお孫様もとっくに成人なさったというのに、いつまで子供部屋でご生活をなさるつもりなのかしら」
『子供部屋に住んでいる』と揶揄されるにも理由がある。
二十六歳にもなって実家に居座っているというのもあるが、フレデリカは同年代の女性よりも幼く見える。
華奢な身体つきに、可愛らしいピンクの髪。エメラルド色の瞳は、少女のようにぱっちりとしている。
その容姿のせいで、心身ともに幼いと思われているのだ。
(私も好きで、こんな容姿に生まれたわけじゃないわ)
これは『設定』なのだから仕方ない。
なにせフレデリカは、七歳も年下の甥をたぶらかす『悪女』なのだから。
どうにか大人びて見せようと努力しているが、原作の設定からは抜け出せない。どれだけ成長しても、甥の年齢と釣り合う容姿になってしまう。
どうせ悪女に生まれるなら、夜の蝶のような美人になりたかった。
辺りから嘲笑う声はフレデリカの耳にも届いているが、彼女はそれでも達成感で胸がいっぱいだった。
(やっと……。やっと、あの公爵家から独立できるわ)
「フレデリカ。これからもセドリックをよろしく頼むよ」
皇帝陛下が証書と記念品を渡しながら、小さく声をかけてきた。
公爵家という立場上、幼いころから皇族とは交流がある。現皇帝は、実の兄よりも兄らしく、フレデリカを気にかけてくれる。
セドリックの幼馴染というだけで、ありがたい話だ。
「これからは、領主としてセドリック殿下をお支えしたく存じます」
「……本当に補佐官を辞めてしまうのか?」
「はい。そういうお約束でしたから。変な噂もありますし、これ以上はセドリック殿下にご迷惑をおかけできません」
女性が補佐官を務めることも非常にまれで、これまで貴族たちの好奇の目に晒されてきた。
いつまでも結婚しないセドリックとフレデリカを、秘密の関係だとか、セドリックは男色であり、カモフラージュとして幼馴染のフレデリカをそばに置いているなど。
どれもこれも、根も葉もない噂だ。
セドリックとフレデリカは幼馴染であり、上司と部下。その関係以外のなにものでもない。
セドリックにもちゃんと女性との結婚願望がある。
ただ、いまだに好きな相手に出会えないだけ。
「セドリックは変な噂とは思っていないはずだが」
「はい?」
「いや……。とにかくおめでとう。今日から君は、女領主だ」
若き皇帝は歯切れ悪く話を終了させた。
今のはどういう意味か。
いつもなら気になるだろうが、爵位を得て嬉しいフレデリカは気にも止めていなかった。
フレデリカには前世の記憶がある。
その記憶を思い出したのは、四歳の頃。母親が異なる姉に階段から突き落とされた時だった。
前世のフレデリカは日本人。
小説――ライトノベルが特に好きで、商業作品からネット小説までさまざまな小説を読みふけっていた。
その中で、ネット小説として読んでいたのがこの世界。
『私を虐げた公爵家を乗っ取ります』だ。
貴族の私生児として生まれたヒロインが、不幸な死を遂げたあとで時間が巻き戻り、人生をやり直すストーリー。
ヒロインはある日、お金に困った母に売られるようにして、公爵家へと引き取られた。
実父であるルブラン公爵には子どもがほかに二人おり、一人は同い年の兄、もう一人は十歳下の妹。
公爵夫人は、自分が長男を身籠ったすぐあとに夫が不倫したと知り、ヒロインを虐めるようになる。
けれど病弱だったために、夫人は間もなく他界。
ヒロインがストレスを与えたせいだと、兄と妹から恨まれるようになる。
ことあるごとに兄と妹に嫌がらせを受け、父は無関心。
使用人も味方になってくれず、辛い思いをしながら成長したヒロインは、成人してすぐにろくでもない夫に嫁がされ、夫の暴力によって亡くなった。
不幸な経験を経て死に戻ったヒロインは、同じ人生を歩まないために公爵家を乗っ取ると決意する。
そのためには、自分の代わりに虐められる人間が必要と考える。
ヒロインは公爵家に引き取られて早々に、使用人を買収し、父と兄に媚びを売って懐柔する。
公爵と公爵夫人の不仲を利用して、公爵夫人と幼い妹を孤立させたのだ。
そして公爵夫人が亡くなると、妹を生んだせいで亡くなったのだと印象付けることで、虐められ役を妹へとすり替える。
妹が、兄や使用人たちから虐められる様子を見ることでヒロインは、妹への復讐を果たした。
次に、兄への復讐計画へと入るヒロイン。
十六歳で成人して早々にヒロインは、兄よりも優秀なイケメンを探し出し、デキ婚をする。
夫は貧乏男爵家の次男。
当然、ヒロインの生活を心配をした父と兄により、ヒロインは結婚後も公爵家へと転がり込み、息子を産む。
優秀な夫とともに、優秀な息子を育てることで、兄から後継者の座を乗っ取る計画だった。
――けれど、まさかの問題が発生。
復讐を果たし空気も同然だった妹のことを、息子が慕い始めたのだ。
新たな敵の出現とばかりに、意気揚々とまた妹に仕返しをする様があまりにひどくて、前世のフレデリカはそっと読書アプリを閉じた。
ヒロインの初めの人生には同情するが、二度目の人生での振る舞いには、たびたび疑問を感じていた。
たとえ前世の恨みがあったとしても、ヒロインに対して負の感情を抱く前の妹を孤立させ、虐めたのだから。
同じくヒロインを虐げた兄や父は懐柔され、二人の公認を得つつ公爵家を乗っ取るつもりだった。
妹だけが、直接的に不幸な目に遭わされたのだ。
妹への同情心を抱えつつ読んでいたというのに、まさかその妹に転生していたとは夢にも思わなかった。
前世を思い出した時はすでに、公爵夫人は亡くなったあと。四歳のフレデリカはわけもわからず、肩身の狭い思いをしていた最中だった。
ヒロインが公爵家へ引き取られたのは十歳のころで、フレデリカは生まれたばかり。
ヒロインの先制攻撃のおかげで、フレデリカには兄や父に優しくされた経験がない。
ひたすら厄介者扱いされて、辛い思いをしながら育った。
けれどフレデリカにも、悪いことばかりではなかった。
その中でも一番の幸運は、セドリックとの出会い。
五歳の時にセドリックの遊び相手として選ばれたおかげで、公爵家もフレデリカに対して最低限の施しはするようになった。
食事も三食与えられるようになったし、ドレスもセドリックに会いに行く時だけは綺麗なものを着られた。
身体にあざもできなくなったし、良いこと尽くめ。
このまま波風立てずに大人しく生きていれば、いつか公爵家から出られる。
その希望だけを持ち、今まで頑張ってきた。
この男爵位は、これまでの努力の結晶のようなものだ。
その後におこなわれた祝賀パーティーでは、フレデリカがセドリックのパートナーとして参加した。
婚約者はおろか、気になる相手すら見つからないセドリックは、常に補佐官であるフレデリカをパートナーにしてきた。
「はあ……。フリィとパーティーに参加できるのが今日で最後かと思うと、気が重い……」
彼は、ストレートの艶やかな黒髪に、澄んだ水色の瞳。細身の長身のせいか、落ち着いた雰囲気がある素敵な人だ。
ただ少し、というかかなり。モチベーションを幼馴染に依存しすぎており、フレデリカがいるかいないかで、やる気に天と地ほど差がある。らしい。
「十年も準備期間があったのですよ? 往生際が悪すぎます」
十年前。フレデリカは成人と同時に、セドリックのたっての願いを受けて補佐官見習いとして入宮した。
どちらかといえば内向的なセドリックは、慣れ親しんだ者がそばで仕えることを望んだのだ。
「公爵令嬢が男性の仕事をするなんてはしたない」と姉には猛反対されたが、フレデリカは自立して公爵家から抜け出すチャンスだと思った。
家族の反対を押し切って仕えるので、交換条件がほしい。とセドリックと交渉し、『いずれ大公になったら、爵位と小さな領地を分け与える』と彼は約束してくれた。
セドリックは幼馴染がいなくても仕事ができるように。フレデリカは公爵家から独立できるように。
お互いに自立した未来を目指して、ともに頑張ったはず。なのに――
「フリィが悪い。フリィが僕の世話を焼きすぎるから……。責任を取ってほしい」
フレデリカは苦笑いする。モチベーションがどれだけ低くとも、彼は完璧に仕事をこなせる。責務を放棄したりはしない人だ。すでに目標は達成されている。
これは単に、幼馴染に甘えているだけ。
「あまりぐずると、セディって呼んじゃいますよ。この歳ではずかしいでしょう? 私も恥ずかしいのでフリィって呼ばないでください」
幼い頃に決めた愛称。未だに使い続けているのはセドリックだけだ。
「フリィにそう呼ばれるの好き」
陽だまりみたいな優しい笑み。彼の得意技みたいな表情だ。
この顔を向けられると、つい魅入ってしまい言い返せなくなる。
(なんでこの人、イケメンがすぎるのに脇役ですらないのよ……)
フレデリカは『悪役』としてこの世に生まれ変わったが、彼はその悪役の幼馴染だというのに、小説に一度も出てこないのだ。
無気力系キャラだが、ヒーローより素敵でかっこいい。
フレデリカの義兄より、よほどヒーロー気質だ。
「フレデリカ!」
後ろから誰かに呼ばれたフレデリカは、紅潮した頬が一気に冷める。
気が重くなりながら振り返ると、ヒロイン一家の姿が。
この小説のヒロインである姉アイラと、ヒーローである義兄ジェイド、そしてヒロインの息子ヴェルナ。
「お姉様……」
「いつまで大公殿下を独占してご迷惑をかけているの。皆様も、大公殿下とご挨拶なさりたいのよ」
姉のアイラは、フレデリカよりも十歳年上。その歳の差のせいでいつも、フレデリカの保護者のような振る舞いだ。
(補佐官として同行しているだけなのに……)
しかし傍から見れば、そうなのだろう。周りの婦人方もくすくすと笑いながらこちらを見ている。
これでまた『子供』のイメージが植えつけられる。
いつまで経っても大人になれず、わがまま放題に皇子を振り回す公爵家の問題児。
フレデリカが常にセドリックのそばにいるのは、補佐官だから。ただそれだけなのに、姉が公然と叱るせいで、いつも周りから嘲笑われる。
セドリックの影響で、物理的にフレデリカを虐げられないアイラは、いつも言葉で虐げてきた。
フレデリカは、ぎゅっと手を握り合わせる。
姉に対しては少しだけ恐怖心が残っている。幼い頃に植えつけられた恐怖心が。
この世界が小説の中だと思い出してからは、ものごとを客観的に見られるようになったが。
それでも威圧的な姉は、未だに苦手だ。
嵐が過ぎるのを待つようにじっとしていると、セドリックがフレデリカの前へと出る。
「僕に、補佐官を同行させずに行動しろと?」
(あ……。庇わなくていいのに……)
アイラは、フレデリカが笑いものにされれば満足する。それで終われるのに。
「姉として、妹を躾けたまででございます。ご不快に思われたのでしたら謝罪申し上げますわ」
「あなたはもう、公爵家の者ではないでしょう。フレデリカ嬢に対して失礼では? アイラさん」
どこからともなく吹き出して笑う声が聞こえてきて、辺りは微妙な空気に包まれる。
(お姉様が気にしていることを……)
アイラは貴族家門に属しているので社交界には出入りできるが、 爵位を持たない男爵家の次男と結婚したので、現在の立場は平民。この国での平民を呼ぶ際の敬称は『さん』だ。
元公爵令嬢の姉をそう呼ぶ度胸がある者は、今までいなかったので皆、「アイラ夫人」や「アイラ嬢」と曖昧に呼んでいたが。
ついにセドリックがやってしまった……。
姉の怒りに震えている姿が見る絶えない。
「……フレデリカ。明日の朝、話があります」
アイラはそう言い残すと、夫と息子を連れてその場を去る。
ヴェルナは申し訳なさそうに後ろを振り返りながら「ごめんなさい」と、口パクでフレデリカに謝った。
夫に支えられながらフレデリカから去ったアイラは、悔しさを滲ませながら爪を噛んでいた。
「なんなのよあいつ。私には手を差し伸べなかったくせに……」
アイラの初めの人生では、アイラの味方はいないに等しかった。家族に虐げられ、社交界でも私生児だからと馬鹿にされてきた。
皇族も例外ではない。
公爵令嬢が馬鹿にされているというのに、序列を正すこともなく見て見ぬふりをしていた。
しかも地位でいえば、アイラが最も皇太子妃に相応しいはずなのに、アイラのほうが年上だからという理由で婚約者候補にすら挙げられなかったのだ。
ただ、第二皇子だけはアイラにいつも注目していた。アイラの様子をじっと観察する子だった。
アイラを不憫に思ってはいるが、まだ幼いから権力を振るえないだけ。彼が大人になればきっと、アイラを助けるはず。
そう淡い期待を抱いていたアイラだったが、セドリックがアイラをかばうことは最後までなかった。
それなのに、二度目の人生で妹に復讐した途端に、彼は現れた。
一度目の人生では接点がなかった妹を遊び相手に任命し、妹が虐待されないよう目を光らせ始めたのだ。
皇子は幼くとも行動を起こせる人間だと知り、悔しかった。一度目の人生で淡い期待を抱いていた相手は、その気が無かっただけなのだから。
フレデリカは今、大公妃に一番近い位置にいる。公爵家で愛されずに育ったせいか、本人にその自覚はないようだが。
「私より幸せになるなんて、絶対に許さない……!」
そう呟く母の後ろ姿を、ヴェルナは複雑な気持ちで見つめていた。
姉と別れたフレデリカは、セドリックに連れられてバルコニーへと出ていた。二人で会場から消えるとまた噂になりそうだが、あの場に残っていたとしても見せ物になっていただけ。
こういう時のセドリックの行動力にはいつも助けられる。
「ごめん。フリィを困らせてしまったね……。最後だと思ったらつい」
彼は自分の行動を悔いているのか、懺悔するようにフレデリカの肩に額を載せてきた。
「気にしないでください。殿下は序列を正してくださっただけですし」
序列の乱れを野放しにしていると、社交界自体が腐敗する。彼がたびたび姉をけん制するおかげで、この程度で済んでいる。
「敬語……。二人きりのときは?」
セドリックはそのままの状態で顔だけをフレデリカに向けてくる。
(顔が近いんですけど……)
近すぎて表情が見えないけれど、声色で不満なのが理解できる。フレデリカはため息をつく。
「幼馴染に戻る」
「正解」
彼はフレデリカから離れながら嬉しそうに笑みを浮かべる。
何がそんなにうれしいのだか。補佐官として一日中、一緒にいるなら、プライベートは距離を開けたいと思わないのだろうか。
未だに幼馴染に依存しているせいで、彼は結婚相手に目を向ける気がないのだ。
ほら。子どもでもないのに、手を組み合わせてくるし。
「ところで、アレは書いてくれた?」
話題を変えると、セドリックは「空気を呼んで」と不服そうな表情を浮かべながら、懐から紙を取り出す。
読む空気などあっただろうか。
「一応は書いたけれど、この程度で納得するとは思えないな。僕が一緒に――」
「大丈夫。こんなことまでセドリックの手を借りなきゃいけないなら、この先も一人でやっていけないもの」
「…………フリィが僕を、捨てたがってる」
落ち着きがある態度のせいで、本当に捨てられて悲しんでいる子犬にすら見えてくるから怖い。
「セドリックは大切な幼馴染だもの、捨てたりしないわ。けれどこれまでのお礼は言わせて。あなたが友人になってくれたおかげで、私はこれまで救われてばかりだわ。本当にありがとう」
小説のフレデリカは、アイラに忘れられるほど息を殺して生きなければいけなかった。
それがなぜか、小説には登場しないセドリックのおかげでフレデリカは、公爵家では得られなかった人生の喜びをたくさん与えてもらえた。
彼は紛れもなく大切な人であり、恩人だ。
これからはセドリックから分け与えられた領地を発展させることで、この恩を返していくつもりだ。
翌日の朝。朝食を食べ終えたフレデリカは、宣言どおりに姉に呼び出された。
部屋へと入るとそこには、アイラのほかに父と兄の姿も。
アイラが何を不満に思っているかは、聞くまでもない。どうせフレデリカの爵位が気に入らず、返上しろとでも詰め寄ってくるつもりなのだろう。
(その手には乗らないわ)
フレデリカはお守りにでも触れるように、ポケットに手を当てる。
「お父様、お兄様、お姉様。おはようございます」
この家では、フレデリカだけ家族の食事に呼ばれないので、いつも自室で済ませている。そのため今朝は家族に初めて会うので挨拶をすると、兄のイクシオンが腕を組んだまま、あごでフレデリカが座る席を示した。
(相変わらずの態度ね)
アイラの意見が無ければ何も決断できないほど、今のイクシオンはアイラに懐柔されている。
一度目の人生では、次期当主に相応しい威厳と頭脳を兼ね備えているように描写されていたが、今世で残っているのはその偉そうな態度だけだ。
父も父で、アイラのいいなり。もともと家族に対する愛着があまりない父は、家門さえ維持できれば後継者は誰でもよいと考えている雰囲気。
今ではすっかりイクシオンへの期待は消え、アイラに言われるままに孫のヴェルナに投資している。
ちなみにイクシオンは以前に結婚したが、アイラが兄嫁をいじめたせいで離婚している。
そのため名実ともにアイラが、女主人として公爵家を牛耳っている状態だ。
「フレデリカ。昨夜は帰りが遅かったようね。未婚女性が深夜までパーティーに居座るなんてはしたないわ。もう少し公爵令嬢としての自覚を持ってちょうだいね」
早速、昨夜の行動をけなされて、フレデリカはドレスをぎゅっと掴む。
昨夜は叱られるほど遅くはなかった。日付が変わる前には邸宅へ戻っているし、昨夜はフレデリカたちの爵位授与を祝う会だった。主役たちが早々に引き上げるわけにはいかなかった。
それでもフレデリカは女性なのでと、セドリックが気を遣って早めに帰してくれたというのに。
「申し訳ございません。皇帝陛下が爵位授与者のために開いてくださったパーティーでしたので――」
「おだまりなさい!!」
状況を説明しようとしただけなのに、アイラは急に逆鱗にでも触れられたかのような剣幕で怒鳴るので、フレデリカは恐怖に駆られる。
おとなしく謝罪だけしていれば、こんな恐怖を浴びる必要もなかった。けれど昨日はフレデリカにとっては、今までの苦労が報われた大切な日だった。
それを少しは理解してほしい。そう思ったこと自体がいけなかったのか。
「あなたは本来、爵位を授けられるような実力のある人間ではないの! 大公殿下の恩情によって恩恵を受けているだけなのよ!」
(そんなこと、言われなくてわかっているわ……)
幼い頃からセドリックが、フレデリカの境遇を憐れみ、そばに置いてくれていたことにはとっくに気がついている。
補佐官に起用されたのも、フレデリカの心配をしてそばに置きたかったのだと察している。
それでもほかの補佐官たちと遜色ないだけの仕事は、してきたつもりだ。
「フレデリカに男爵位なんて贅沢すぎるのよ! すぐにでも返上――」
(やっぱり……)
アイラならそう言い出すと思った。夫が爵位を持っていないので、貴族に対して劣等感を持っている。
その対策としてフレデリカが、アレセドリックにお願いして書いてもらった。
それを取り出そうとしたところで、アイラはにやりと嫌な笑みを浮かべる。
「けれど、せっかくいただいた男爵位を返上するのは、もったいないわよね。――フレデリカ。男爵位を、私の夫に譲りなさい」
(え……。何を言っているの……)
「嫌よ……」
「女性が爵位を持っていたら生意気だと思われて、ますます婚期を逃すでしょう? あの方だってそう思っているはずよ」
姉が言う「あの方」とは、アイラが一度目の人生で結婚した相手だ。アイラはその相手とフレデリカを結婚させたがっている。
前世のフレデリカは、甥と親密になる辺りで小説を読むのを止めたが、その先にはその結婚が待っていたのだろうか。
一度目の人生のアイラのような死を遂げることが、フレデリカに望む本当の復讐の形だとしたら。
「私は結婚したくないです……」
「は? あなた一生、公爵家に居座るつもり? 公爵家はいずれ……っ」
アイラはそこで口を噤む。今はまだ息子のヴェルナが爵位を受け継ぐ段階に来ていないから。
いずれは息子に与えるつもりでいる公爵家に、フレデリカをいさせたくないのだろう。
「爵位と領地を授かりましたので、速やかに領地へ移住します。二度と、公爵家にはご迷惑をおかけしませんので……」
三人に向けてフレデリカは深々と頭を下げる。
フレデリカがアイラの目の前から消えることで、もう許してほしい。
アイラは一度目の人生で辛い目に遭ったが、フレデリカにはその記憶がない。それどころか、今のフレデリカは異世界からの転生者だ。
今世でアイラを虐げてはいないのに、なぜいつまでも復讐されなければいけないのか。
「大公殿下から、領地運営に励むようにとの命令も下りております。ですから……」
フレデリカはポケットから命令書を取り出して、父へと差し出す。
これは昨夜、セドリックから受け取ったフレデリカにとっての切り札。こうなることを見越して、セドリックに命令書を作成してもらったのだ。
皇族からの命令ともなれば、アイラもうかつに反対できない。
そう思ったのに。
父から回された命令書を読み終えたアイラは、それをビリビリと破いてしまう。
「お姉様、なんてことを……!」
「何が命令書よ。村が一つあるだけの小さな領地のくせに。それくらいなら貴族が住む必要などないでしょう。管理人をおけば、私の夫でも楽に領主を務められるわ。――だから、寄こしなさい。その男爵位」
信じられない思いでフレデリカは、父に視線を向ける。公爵ならばアイラの行動が度を超えていると理解しているはず。
にも関わらず父は、興味がなさそうにフレデリカから視線をそらす。
兄も、つまらなそうにあくびをした。
(皆、おかしいわ……。この公爵家にまともな人間はいないの?)
公爵である父は、複数の領地を所有しており、爵位も複数所持している。アイラがあれほど夫に爵位を持たせたがっているなら、一つくらい譲ればよいものを。
なぜ、それをすることもなく、フレデリカから奪う様子を傍観しているのか。
唯一の対抗手段を無残に破り捨てられたフレデリカにはもう、対抗手段がない。
(爵位を得るために十年も頑張ってきたのに、お姉様の一言で奪われなければいけないの?)
結局は、ヒロインであるアイラの思うとおりにしかならないのか。悪役は、死ぬまで復讐される運命なのか。
虚しさを感じていると、急に廊下が騒がしくなる。
「――困ります! どうか、応接室でお待ちくださいませ!」
(執事長の声だわ。どうしたのかしら)
この場にいる全員がドアへと視線を向けると、すぐにドアが開き、なぜかセドリックが入室してきた。
「久しぶりに幼馴染の家を訪問したというのに、出迎えがなくてさみしかったよ」
「大公殿下……」
ぽかんとしながらフレデリカが椅子から立ち上がると、セドリックはにこにこしながら歩み寄ってくる。そしてフレデリカの手を取ると、手の甲に口づけして挨拶した。
これは、地位が下の者が忠誠や尊敬を表したり、または恋人や想い人への愛情表現。
どちらにせよ、皇族が気軽にするような挨拶ではないが、セドリック曰く、幼馴染の親密さアピールにも使うらしい。あくまでセドリックの解釈だが。
「幼馴染としてきた。と言ったはずだけど?」
にこりと微笑むセドリックを見ると、さきほどまでの恐怖心が一気に和らぐ。どのような場面でもマイペースな彼には、困ることもあるが、救われることも多い。
フレデリカも釣られて笑みを浮かべる。
「いらっしゃい、セドリック。急にどうしたの?」
「フリィとはしばらく会えなくなるから。別れを惜しみに来たんだけど――」
セドリックはテーブルへと視線を向けると、破られた命令書を目にして表情が急に冷たくなる。
「大公としての役目も果たさなければならないようだ。ルブラン公爵家は、僕を大公だと認めたくないのか? 公爵、説明しろ」
「そのような意図はございません。姉妹喧嘩が行き過ぎたようです。家庭内のことゆえ、どうかお許しくださいませ」
父は慌てる様子もなく、淡々と頭を下げる。これまでアイラの横暴を見過ごしてきた父だが、だからといって過剰にアイラを保護するわけでもない。
そんな父のあとに続いて、アイラが声を上げる。
「恐れながら大公殿下に申し上げますわ。公爵令嬢を田舎領地に赴かせるなんて、妹が可哀そうです。それでなくても婚期が遅れて、社交界では噂の的ですのに。左遷のような扱いまで受けるだなんて、妹が不憫で……」
随分と聞こえの良い言い訳だ。先ほどまでは、女性の爵位は生意気だから、夫に寄こせと詰め寄っていたのに。
けれどアイラの言葉も一理ある。世間的にはそう見えてもおかしくない。フレデリカはそれでも公爵家から出たいと願っていたが、セドリックが考えを変えてしまったらどうしよう。
不安に駆られながらセドリックを見ると、彼は優しく笑みを浮かべる。
「フリィ心配しないで。僕は大公領の中で、これから発展させたいと思っている土地をフリィに預けたんだ。フリィならきっと素敵な村にしてくれる。左遷だとは思わせないから安心して」
「セドリック……」
公爵家から独立できるならどのような場所でも構わない。セドリックにはそう伝えてあったがあ、そこまで考えて選んでくれたとは思いもしていなかった。
補佐官を辞めることに対して随分と渋ってはいたが、セドリックはフレデリカに期待してくれている。それがとても嬉しい。
「ありがとう。セドリックが託してくれた土地を必ず――」
フレデリカがそう言いかけると、アイラが急にテーブルを叩いた。
「家族の心配を無視するつもりなら、今日中に出て行きなさい! 二度と公爵家には戻さないわよ!」
まるで当主のような態度それだけ言い放つと、アイラは怒りながら部屋を出て行こうとする。
(皇族の前なのに、なんて態度なの……)
普段はフレデリカを子ども扱いしておきながら、自分の意見が通らないだけで怒鳴り散らすとは。見ているこちらが恥ずかしい。
そんなアイラを、「待って」とセドリックが呼び止める。
「僕の命令書を破るのは立派な犯罪だから。牢屋に入れられたくなければ、罰金を支払ってね」
「いくらにしようかなー」と楽しそうにセドリックが考え出すものだから、アイラはますます怒りが湧いた様子で、部屋を出て行った。
(セドリックって、お姉様に対してだけ妙に、敵意がむき出しなのよね)
二人の間には何かあるのだろうか。
「家族の理解も得られたようだし、荷造りでも手伝うよ」
旅行にでも出かけるように楽しそうな笑みを浮かべるセドリックに連れられて、フレデリカは自室へと戻った。
部屋へと戻ると専属メイドのリリと、ほか数名のメイド。そしてメイド長までもが悲しそうな表情で待ち構えていた。
「フレデリカお嬢様。ついに独立されるのですね」
その中でもメイド長は、娘を送り出したくない母親のような表情を浮かべている。
彼女はフレデリカの母の専属メイドだった。小説の一度目の人生では、フレデリカと一緒になってアイラを虐める悪役。そして二度目の人生では、アイラと一緒になってフレデリカを虐める役だった。
その小説どおり、母が亡くなったあとのメイド長は、アイラにそそのかされてフレデリカを虐め始めた。
けれどフレデリカが反抗的ではなかったことと、アイラが年々、目に余る行動を取るようになったこと。二人の対比が色濃くわかるようになるにつれて、メイド長の気持ちはフレデリカへと戻ってきたようだった。
それはほかの使用人たちも同じだ。フレデリカが成長するにつれて、皆はフレデリカへの態度を改めるようになり、女主人としてフレデリカを頼り信頼するようになった。
表向きはアイラが女主人としての役割を果たしているが、彼女が管理しきれていない部分は、フレデリカによって補われている。
その事実をアイラは知らない。知ればフレデリカを攻撃すると、使用人たちも理解している。
フレデリカを守るために使用人たちは表向き、フレデリカに冷たい態度を取り続けている。
そんなみんなが、こうして集まってきてくれるのが嬉しいと同時に、これからの公爵家を任せることには申し訳なくも感じる。
「みんな。今まで陰から支えてくれてありがとう」
「お嬢様。お別れの挨拶などおやめください。私どもは、決意を固めております。どうか一緒にお連れください」
「みんな……」
できればこんな公爵家からは連れ出してあげたいけれど、現状ではフレデリカが雇うよりも公爵家で働いていたほうが高待遇を受けられる。
それに使用人たちを引き抜いたら、アイラの怒りを買いそうだ。アイラなら彼女らの家族にまで仕返ししそうで怖い。
「ごめんなさい……。今の私にはまだ、皆を守るだけの力がないわ。どうかこれからも、公爵家をお願いね」
その後。ルブラン公爵家は平穏が崩れ始めた。
まず初めに異変が起きたのは、使用人。今まで統率が取れていた使用人の仕事が、うまく回らなくなったのだ。
アイラはメイド長や執事長をしかりつけたが、それは女主人からの指示がないのが原因で、今まではフレデリカがサポートしていたのだと知らされる。
フレデリカを冷遇していたはずの使用人たちが実は、裏ではフレデリカを頼っていたことに激怒したアイラ。メイド長や執事長をはじめ、フレデリカの世話をしていた者たちをまとめて解雇した。
使用人たちのまとめ役であるメイド長と執事長を解雇したせいで、さらに状況が悪化すると、それを補うためにアイラは、執事長の仕事を夫に任せることにした。
夫は優秀であり、今までも公爵家の事務仕事の一部を任されてきた。当然、そつなくこなすと考えていたが、状況はさらに悪化した。
聞けば、夫はそもそも公爵家を運営するためのノウハウがない。そういった知識を学ぶのは長男の役目で、彼は次男だったからだ。
これまでもわからないことは、こっそりと執事長やフレデリカに聞いていたのだと知らされ、またもアイラは激怒。
夫のほうも、公爵家の使用人になるために結婚したわけではないと怒り、公爵家を出て行った。
そんな両親にあきれた息子のヴェルナも、こっそりと公爵家を抜け出し、フレデリカのもとへと身を寄せることに。
アイラは息子の行方を捜す過程で、解雇した使用人たちもフレデリカに引き取られたと知ることに。
しかし、使用人たちに仕返しすることは叶わなかった。なぜなら、使用人たちの雇い主はフレデリカではなく、セドリックだったからだ。あの大公と張り合っても勝ち目がないことは目に見えている。なすすべがなかった。
けれど、アイラにはまだ兄と父が残っている。公爵と表向きの後継者さえそばにいれば、いくらでもやり直せる。
そう思っていた矢先、兄のイクシオンが、後継者になることを正式に辞退したのだ。
「俺の元妻が言ってたんだよ。『私とフレデリカちゃんは同じ犠牲者』だって。あの時は意味がわからなかったがアイラ、お前のせいだよな。お前が辛く当たるから俺の妻もフレデリカも、使用人も、お前の夫や息子も皆、出て行ったんだ。だから俺も出て行ってやるよ。俺から後継者の座を奪いたかったんだろ? こんな公爵家いくらでもくれてやるさ」
イクシオンの後継者辞退を受け入れた父も「ここでは仕事にならない」と、すぐに公爵家の領地へと移住してしまった。
結局父は、最後まで子供たちに無関心な親のままだった。
そんなある日。一人残されたアイラのもとへ、訪ねてくる者がいた。いつも余裕な態度でアイラの邪魔をしてくる、今回の人生で一番の敵。
「アイラさんお元気でしたか。おっと、離婚したからアイラ嬢と呼ぶべきかな」
「大公殿下……。嫌味を言うためにわざわざいらしたのですか」
「それもあるけれど、そろそろ身に染みて感じたころかなと思って。一度目の人生の復讐をしても、自分が加害者になるだけだと」
「まさか……」
アイラは驚いた表情でセドリックを見る。まさか、前世の記憶を持つものが他にもいるとは思いもしていなかった。それも、自分の不幸とはまったく関係のない部外者が。
「そう。僕も記憶が残っているんだよ。アイラ嬢が虐げられた挙句に、不幸な死を遂げたあの人生をね」
「……それなのになぜ、フレデリカをかばって、私の邪魔ばかりするんですか」
「それは、あなたが前回と異なる人生を選んだからだよ。今回の人生で、僕が初めて公爵家を訪れた日。本当は、アイラ嬢の様子を見に来たんだ」
「え……」
「あなたは知らないだろうけれど、前回の人生であなたが亡くなったあと、ルブラン公爵家はひどく非難を浴びたんだよ。特に平民からの非難がすごくてね。心優しい公爵令嬢様が、私生児という理由で公爵家から虐げられた挙句に、暴力をふるう夫に嫁がされて亡くなったんだから。ほら、前回のアイラ嬢は慈善活動に熱心な子だったから。――その影響で国が一時期大変でね。僕はその未来を回避したくてあの日、公爵家を訪れたんだ。けれど、驚いたよ。いじめられているはずのアイラ嬢が、フレデリカをいじめていたんだから」
「そんな……」
自分が殺されたことに対して、悲しみ怒ってくれる者がいるとは、アイラは思いもしていなかった。
この世には誰一人として味方がいなくて、一人で立ち向かうしかない。だからこそ今世では、先制攻撃が最善策だと思っていたのに。
復讐にかまけていたせいで今世では、アイラの味方になった者たちへの支援を一度もしていない。
飢えに苦しむ者も、病に苦しむ者も、アイラが支援活動をするたびに感謝してくれた人たちのことを、すっかりと忘れてしまっていた。
「アイラ嬢は目にすることができなかったけれど、最初の人生であなたを虐げた人たちは全員、報いを受けている。もちろんフレデリカも……。だから、前回の人生の事情を、今回に引きずるべきではなかったんだ」
「そんなの知らないわ! 私は何も報われないまま殺されたのよ! 恨んで当たり前でしょう!」
「そうだね。けれど、あなたの直接の死因は夫の暴力。復讐の相手は夫のはずじゃないの? それなのにフレデリカを虐げ、フレデリカと前回の夫を結婚させたがっていた。アイラ嬢は本当は、家族を恨みたかったんじゃなくて、家族に愛されたかったのでしょう? だから、公爵と公爵令息には気を許した。結局は、家族に愛されていたフレデリカを妬んでいただけだよね」
そう。アイラはフレデリカを心の底から妬んでいた。同じ公爵令嬢として生まれたにも関わらず、フレデリカだけ愛されて、アイラは虐げられたのだから。同じ苦しみを味わわせたかった。それが復讐というものだから。
アイラが睨むと、セドリックは悲しそうにうつむいた。
「……フレデリカは、あなたよりもひどい亡くなり方をしたんだ。あの頃は自業自得だと思っていたけれど、今はフレデリカを愛しているから、思い出すだけでつらいよ」
まさか、自分以外にも前世のことで、心に傷を負っている者がいるとは。アイラは一瞬、セドリックのことが同士に思える。
「……復讐。しないのですか?」
「しないよ。それは今世とは関係のない出来事だし、同じ過ちは繰り返させない。それはアイラ嬢に対しても同じだよ。公爵家で虐げらる者が出れば、かならず僕の庇護下に置くから。――だからもう、終わらせようよ」
「…………」
それから二年後。
大公領の大聖堂にて、セドリックとフレデリカの結婚式がおこなわれた。
フレデリカはそんなつもりではなかったのだが、フルール領にて精力的に領地運営をしていたところ、フルール領民だけではなく大公領民にまで、人気が出てしまったのだ。
フレデリカはただ、領民に不便がないよう学校や託児所などの施設を整えていただけなのだが、しまいには「大公妃にふさわしいのはフルール男爵しかいない」とまで言われて、今日に至る。
「私なんかが、本当に大公妃になっても大丈夫なのかしら……」
「フリィなんかじゃなくて、フリィでなきゃ僕が困るんだ」
人助けだと思って。みたいな顔をしているセドリックだが、フレデリカは何となく理解している。急にアイラから謝罪文が届いたり、社交界でのフレデリカのイメージが良くなったりと、結婚へ向けてセドリックが暗躍していたに違いない。
無気力系に見えるこの幼馴染だが、常に何かを考えて行動している気がしてならないのだ。
「まあ、行き遅れ同士で、ちょうどよいわよね」
フレデリカ自身も、セドリックへの気持ちがまったく無かったわけではない。むしろフレデリカにとって彼は、幼い頃から常にヒーローで、そんな彼に恋心を抱くのはごく自然なことだった。
けれど、フレデリカは悪役。大切な幼馴染を危険な未来には巻き込みたくなくて、これまで気持ちに気づかないふりをしてきた。
セドリックを支える人生で満足しよう。そう思っていたのに、なぜか脇役ですらなかったセドリックが、見事にフレデリカの運命を変えてくれたのだ。
なぜこうなったのかは、いまだによくわからない。
「それにしても、アイラ嬢を式に招待するとは思わなかったよ」
「お姉様とは仲直りしたのだから、当然でしょう?」
むしろそれを促したのはセドリックだと予想しているが、彼はあくまで姉妹で問題を解決したスタンスでいたいようだ。
「フリィが無理していないか心配だったんだ」
「無理はしていないわ。聖歌隊が楽しみだもの」
アイラはフレデリカに謝罪したあと、慈善活動に力を入れるようになり。今日は孤児院で結成した聖歌隊を連れてきている。
その活動を聞いた際は、復讐に燃える前のアイラが戻ってきたようでうれしくなり、フレデリカ自ら、式で披露してほしいとお願いしたのだ。
アイラとの間には正直、埋められないほどの溝ができてしまっているが、アイラはこれまでのおこないを心から悔いている様子だし、フレデリカも許すと決めた。
今はお互いにはれ物に触れるような態度で接しているが、いつか仲良し姉妹になれたら良いと思っている。
フレデリカが転生者でなければ、このような感情は湧かなかったかもしれない。復讐に燃える前の純粋だったアイラも知っているので、一度目の人生のような心優しいアイラとして生きていくことを願うばかりだ。
「僕は、今の世界のフリィが大好きだよ」
まるで、前世を知っているかのような口ぶり。フレデリカは、まさかと思いながら首をかしげる。
「もしかして、この世界は小説の中だった……とか?」
「そうなら、どんなに良かっただろうね。残念ながらすべて現実さ。だからこそ僕はいつも、フリィに対して真剣なんだよ」
いつものおおげさな表現なのかと思ったが、彼の表情が思いのほか切なげで。
セドリックが真剣な分だけ、フレデリカも彼を大切にしていきたい。そう思い続けている限りは、二人で幸せでいられる気がするから。
式を前にしてフレデリカは、そんな決意を胸に秘めるのだった。
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