1.解散
「今日で俺たちはコンビを解散する。」
相方である茂木 勇也と組んでいた漫才コンビ、『撃鉄ドカンボカン』の解散を急に告げられ、食べていた弁当と箸を落としそうになる。
「な、何言ってんだよ。俺たちまだ8年目だしまだまだこれからだろ。漫才-1グランプリだって、5年目で準決勝まで行ったし。お陰様でテレビだってちょこちょこ出させてもらってやっと軌道に乗ってきたところじゃないか。なんで解散なんて話になるんだよ。」
動揺して早口でまくし立ててしまう。芸人の性でドッキリを疑ってしまうところだが、表情からそのような様子は窺えない。
「確かにな。だが、それもこれも全部俺のおかげだろ?ネタを書いているのも俺。テレビで先輩芸人に噛み付いて果敢にウケをかっさらってるのも俺。その間にお前は何をした?舞台では俺の言う通りに動いてるだけ。テレビでは置物のように座ってるだけじゃねえか!お前とじゃ見えねえんだよ!漫才-1グランプリ優勝の未来がよォ!!」
茂木が終始苛立たしそうな様子で貧乏揺すりをしながら怒号をあげる。
「いや、でも……ネタのボケなら俺も足してるし、テレビでは茂木がツッコめるような流れを作るボケをするようにしてるし……」
そう反論をするが茂木は聞く耳を持たずスマホをいじっている。かと思えばいじっていたスマホをこちらに掲げてニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「ほらみろよ。これが世間の声だ。『ドカボカの坂出 キラリは面白くない。なんでテレビ出れてるの?』『ドカボカのボケのやついらねー。茂木はもっとパワーのあるボケと組んだら大成しそう。』『茂木ってピン芸人かと思ってたわ。相方誰?』だってよ。まだまだあるぞ。これでもまだ文句あるのか?」
ご丁寧に俺をバカにしたXのポストを読み上げてこちらに非があるように責め立てる。
「そうか。それが茂木の考えなんだな?どうしても考えが変わらないんだな?」
俺がコンビとしての将来を見据えてあえて茂木を立たせてテレビに出ていたことにも感謝をせず強引に自分勝手な都合で解散をするなら修復は無理かもしれない。そう考えると何だか馬鹿らしくなってきたので念を押して確認する。
「だからそう言ってるだろ。鬱陶しいやつだなマジで。」
茂木と8年間過ごしてきた俺には分かるが、こいつは一度決めたことを曲げることは無いし、傲慢で不遜な態度を改めるつもりもない。顔を見ると分かる。茂木の中で解散は既に確定事項となっているのだ。そう考えるとここで押し問答をしていてもしょうがない気がしてくる。不幸中の幸いにして俺には彼女などもいないし、浪費家でもない俺は解散して収入が多少減っても大きく困ることは無い。それより…
「解散することは分かった。受け入れよう。ただ、今スケジュールが入ってる劇場の出番とか収録とかが終わってからにしないとお世話になってる先輩とかスタッフさんに迷惑かかるだろ。」
そう言うと茂木は頭をガシガシと掻きむしり心底鬱陶しそうに舌打ちをする。
「チッ。分かったよ。1ヶ月半だ。その後に解散だ!!諸々の手配はやっておけ!お前全部聞いてたんだろ!!」
と、イライラがピークに達したのか、語気を荒らげて俺の背後で空気になって直立していたマネジャーに指示と言う名の命令を出す。
「で、ですが…本当にいいんですか?解散なんかして…」
おっかなびっくり控えめに提案をするマネジャー。しかし、その態度かイライラが募ったのか茂木は更に激昂していく。
「うるせえ!!いいからやれっつってんだろ!!」
椅子から立ち上がりテーブルにあった台本を投げ付ける。茂木はいつもマネジャーに当たりが強く、何度窘めても一向に止めやしない。基本的に演者以外を見下している節があるのだ。こいつの悪癖により芸歴8年で何度もマネジャーが変わっている。今付いてる靴原マネジャーは新人の頃からついてもう2年経つが、何故かいまだに辞めてない。恐らく最長記録だ。
「わ、分かりました。」
身体を竦めたマネジャーが落ちた台本を拾い上げ、なんとか返事をする。
「グズが。先輩とかの挨拶は坂出!!お前がやっとけよ!!ったく。こっちは忙しいってのにクソが。マネジャーも有能な奴に変えてもらう!お前がマネジャーのままだと俺は“上”に行けねえからな!」
そう言い残すと荒々しい音を立て椅子を引き出ていってしまった。
会議室に取り残された二人は顔を見合わせる。
「えっ……と…今後のことはどうしましょう…か?」
時刻は22時。この話し合いは深夜まで続きそうだ。