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19/29

19.

「その先輩との関係の前に、もう足の怪我は平気なんですか? 入って来られる際も特に引き摺ったりされてなかったようですし」

「はい。週明けから部活にも出ていいみたいです。……て、なんで?!」


 包帯は取れて、今はテーピングだけだと聞いていたが、今日の文香はくるぶしも隠れる丈のストレートパンツを履いていて、足首を捻挫していることは見た目では分からないはずだ。なのに当たり前のように聞いてきたマリーに、一同はきょとんとする。何のヒントもない状態で言い当てられて、彼女の力への疑いが一気に消え去ったように見えた。文香は「この人、本物だー」とでも言いたげに、目をキラキラさせている。


「身体の不調はすぐオーラに現れますからね。治られたのなら良かったです」


 驚きを隠せない表情の文香へ、マリーは穏やかに笑って返す。まだ自分が占ってもらう番でもないのに、陽菜まで感動して占い師のことを心酔しきった眼で眺めている。これから何を言われても、二人は完全に信じ切ってしまいそうだ。


 けれど、ただ一人、美琴だけはマリーの力を素直に信じることができないでいた。この占い師には、どうも胡散臭さを感じずにはいられない。裏があるというか、何というか……


 ――霊感っていうのは、嘘だ。だって、この人……


「今見ている感じでは、悪いオーラは出ていないですね。結果がどうであれ、マイナスにはならないはずなので、気持ちを伝えるのは良いと思いますよ」

「振られてもダメージは少ないってこと?」

「ええ。露骨な断り方をする方ではないでしょうし、その辺りの心配はないでしょうね」


 待合スペースの時点ですでに告白はする気でいた文香は、占い師から背を押されて完全に決心したみたいだ。大きく頷いて「頑張ってみる!」と答える文香のことを、マリーはニコニコと微笑みかけている。その笑顔には悪意は感じない。


「私は進路のことで相談したくって。まだ行きたい学校もなりたい職業もないから、どうやって決めていけばいいのか……」


 悩みがなくなり満足気な文香の隣で、陽菜が気弱に口を開く。それに対し、マリーは陽菜のことを観察するような視線を向ける。占いのためにオーラを見ているというのだろうか。

 しばらくの間、じっと陽菜の周辺を見つめていた占い師が、静かな口調で話し始める。


「あなたも特に悪いオーラは出ていませんし、どんな選択をしても大きな失敗にはならないでしょう。焦らず、ご両親や先生に相談しながら決めていけば問題ありません。時期がくれば、それなりの進路に絞れてくるはずです」


 ごもっともな回答に、陽菜も大きく頷き返していた。受験まではまだあと一年もあるしゆっくり決めていけばいいと言われたら、焦っていた心がすっと軽くなる。

 部屋に入った時の緊張の面持ちもどこかへ消えて、やけにすっきりした表情になった相談者の二人。マリーは横に置いている棚の引き出しを開けると、中から二つの石を取り出した。楕円形で光沢のある白色の石をテーブルの上に置き、その一つを両手で包み込むように握り、そっと目を閉じる。


「私のオーラの力を込めた、御守りです」


 そう言って文香へ握っていた石を渡し、もう一つをまた両手で握りしめて祈る。「あ、お姉ちゃんが持ってたのと同じだー」と文香は大切そうに両手で受け取っていた。


「何かを決断しなければいけない時に、力を貸してくれるでしょう」


 新たに差し出された白色の石を、陽菜は「ありがとうございます!」と嬉しそうに礼を言っていた。晴れやかな表情の友達二人の横で、美琴だけは心の中にモヤモヤしたものを感じていた。

 そんな時、頭の中で朝に聞いた真知子の言葉を思い出す。


「信じるやつさえいれば商売として成り立つ」


 占いとはそういうものだという祖母の台詞に、一人で大きく納得する。明らかに陽菜達はマリーの占いのおかげで気持ちが軽くなっている。信じているから相談料を払うことに疑いは持たないだろう。なら、本人達が満足しているんだから、それでいいはずなのだ。占いというのはきっとそういうもの。


「ありがとうございましたー」


 ご機嫌の笑顔で礼を言って小部屋を出ていく二人の後ろについて、美琴も椅子から立ち上がる。そして、そっと振り返ってから陽菜達には聞こえないよう、マリーへと囁きかけた。


「タヌキさん、尻尾がずっと出たままですよ」


 マリーのスカートの裾からチラチラ見え隠れする、モフモフした毛の塊。それが時折揺れているのがテーブル越しに視界に入り、美琴は気になって仕方なかった。

 ハッと驚き顔で美琴のことを見上げ返した占い師は、笑いながら出て行く少女のことをアワアワと言葉にならない声を発して、顔を赤くしたり青くしたりして見送っていた。


 ――絶対あれ、ホームセンターでも売ってる玉砂利だよね……


 友達二人が互いに見せ合いっこしている白色の石。あれに似たものが八神の屋敷の庭先には大量に敷き詰められている。きっと、そのことも黙っていた方がいいのだろう。言わぬが花。知らぬが仏、だ。

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