30 大団円
「覚悟はあるのですね」
と、ウェンロウ国公女カランはおごそかに確かめた。
処刑をされてもいい。
殺されてもいいということだろうか。
リアナは考えた。
いい、わけじゃないけれど、覚悟はある。
それも仕方が無い。
守りたいものを、この手で守るのだ。
「はい」
はっきりとリアナが答えた。
その声には覚悟がにじんでいた。
さっきまで喋っていた貴族連中も、息をひそめている。
騎士団は男泣きに泣いている。
「お手紙でも申しあげましたが、私は嘘をついておりました。本当に申し訳ございませんでした」
カイル――王太子フリードリヒが言った。
「リアナを殺すというなら、俺も殺してください」
「何を言うの!」
リアナは怒った。
「自分の立場を考えて!」
思わず素の口調になってしまったリアナを、まぶしいもののようにフリードリヒは見る。
「この子がいない世界は無価値だ」
「いったいなんのために私が影武者になったと思うのです! 生きなければいけない。あなたには、生きる義務がある」
間近で見つめ合う、リアナとフリードリヒ。
公女カランはふるふると震え、涙をこぼしていた。
きっと大いなるショックを受けているのだろう。
恋をした相手が性別を偽っていたのだ。
さらには別の男と恋をしていたなんて、馬鹿にされているにもほどがある。
ウェンロウ側がどう出るのか。
貴族たち全員がかたずを飲んで見守っていた。
そして、大国ウェンロウの公女カランは涙を流したまま、美しいかんばせを上げた。
「ここに、ウェンロウ国の名にかけて宣言する!」
凛とした声が、玉座の間に響く。
「私、ウェンロウ国第二公女カランは、リュミエール王国、王太子フリードリヒとの婚約を、破棄する!」
シィン、と会場が静まりかえった。
なにが起こったのか、公女以外は誰も分かっていなかった。
当のリアナは呆然としてカランを見た。
「えっ? 婚約破棄?」
「ええ。やむを得ぬご事情、しかと見届けました。これでは婚約はできませんわね。ですが、私もウェンロウの貴族。何も持ち帰らぬわけには参りません」
緩みそうな空気がピリッとまた張り詰めた。
何を持ち帰る気だろう?
フリードリヒが頭を下げた。
「どうかリアナの首以外なら、何だって差し上げよう。どうか助けてくれ」
「フリードリヒ様! いけません!」
「リアナの命が助かるなら、俺は……俺の持つ全てを渡して良い」
カランはふらりと顔を赤らめ、鼻に手をあてた。
護衛のツァンリンがあきれ顔で、金糸の刺繍の入った絹のハンカチを渡す。
「うっ……尊いわ……二人ともなんて強い顔面なの……間近で見ると、威力が半端ないわね……後光が差しているわ……推しに推しをかけると推しになるのね……ふう……」
リアナは首を傾げた。
小声だったし、早口過ぎて聞き取れなかった。
外国の呪文だろうか?
「すみません、何とおっしゃいましたか?」
と、リアナが尋ねると、カランは咳払いをした。
「んんっ、いいえ、いいのです。さあ、私の見つけたリュミエールの宝物をご披露いたしますわ。さあ、お入りになって」
そのとき、静かに会場に入ってきた影があった。
影の正体はカランの後ろから、ぴょこ、と顔を出した。
「やあ」
緑の長髪の青年だった。
フリードリヒがあんぐりと口を開ける。
「アシュレイ……? な、なぜ」
「いやあ、観劇で偶然お隣になってさ。びっくりだよね」
「びっくりって、お前」
「カイル、いや、フリードリヒが心配でね。僕の弟みたいなものだったじゃないか? 兄の愛ってやつだよね。リアナ嬢はリアナ嬢で、僕のところに突然やって来て爆弾発言ばっかりして自爆、って面白すぎたし。実は君たちの恋の模様がおもしろ……気になってしまってね。わざわざこっそり劇場で隣の席に座ったんだよ」
「そんな、尾行のような真似を」
「ごめんねー。気になってさ。それで、そうしたら、たまたまカランと同じシートになって」
「ッカラン様! だ! 様をつけろ! 公女だぞ!? ウェンロウの……!」
「あ、大丈夫。本人から、カランでいいって言われたんだよね。そりゃあもちろん、公式な場所ではちゃんとするよ。僕だって一応貴族だからね~」
これは公式な場所ではないのか、とか、ウェンロウの公女とどうやってお近付きになったのか、とか、色々と言いたいことはあったが、リアナは口をつぐんだ。
この人もただものではない。
カランはハンカチの下、にやにやが止まらず呟いていた。
「劇場帰りにうっかりぶつかって、めがねが落ちたら、めがねっ子は美青年でした。なんて最高過ぎますわ……! はぁ、心華やぐシチュエーションはどれだけあっても困りませんわあ」
ツァンリンが釘を刺す。
「カラン様、つつしんで下さい」
「私はいつも淑女のつつしみを忘れてはいなくてよ、ツァンリン。さあ、リュミエール国の皆様の前で宣言いたします! 私、ウェンロウ国が公女カランは、リュミエール国アーデン公爵家の長子、アシュレイ。彼を婿として頂きます」
貴族たちが騒然とした。
「えっ、あの由緒正しい公爵家の!?」
「ひきこもっていたアシュレイ殿」
「王家の親戚筋だ」
「綺麗過ぎないか? 女かと思った」
「昔、平民と駆け落ちしようとして失敗した子よ」
「ほら、それで塔に引きこもっていた」
「人質になられるのかしら」
「あのアーデン公爵家の末裔ならば、価値はあるだろうが」
当人たちはいたって仲よさそうにしている。
アシュレイの腕にカランがきゅっと寄り添っている。
しかし、しなだれかかるというよりは、お気に入りの大型獣を侍らせているといったほうが近い。
「うふうふ……このリアナ嬢にも負けずとも劣らない白さ、そしてこの翡翠のような瞳。長いまつげ! ああ、なんという芸術でしょう! 国宝。いいえ、世界遺産だわ。そして、細そうなのにしっかりついた胸筋! はぁ、三次元でこんなに性癖に合う人間がいたなんて! 生きてて良かった」
「カラン様。頼みますからもうお黙りください」
「あら? どうしたのツァンリン泣いているの? うれし涙? 良かったわね、あなたの大事なお嬢様の婚約がスムーズに決定して」
「くそ、主従の壁さえ無ければ、平手打ちしてやるのに……!」
「私に手をあげたらまた割きにしてウェンロウ市中引き回しの刑よ、ツァンリン。ああ、そうだわ。ですので、こちらのアシュレイが私に嫁ぐので、アーデン公爵家は跡継ぎがいなくなってしまうわね。それなら、ツァンリン」
「嫌な予感しかしないんだが……」
「このツァンリンで良ければ、置いていきますので、公爵家に引き取ってやってください。一応はウェンロウの貴族でもありますわ。ずっと私の護衛をしておりましたので、そこそこ使えるかと」
「まじかよ……」
「今後もウェンロウとリュミエールの発展を図りたいと、父が申しておりました」
にっこりと公女は微笑んだ。
欲しいものを全て手に入れてきた者の風格があった。
フリードリヒは声を潜めて、アシュレイに尋ねた。
「お前、昔の恋人を失ったとき、一生恋などしないと言っていたじゃないか。大丈夫なのか?」
「ああ」
アシュレイは自信をもっていた。
「カランは僕のすべてを受け入れてくれたんだ。『あなたの古傷ごと慈しみましょう』と。負けたよ。婿にでも、猫にでも、何にでもなるさ」
「大丈夫か、あの人少し変わっているんじゃないか」
「時々よく分からない呪文を唱えるときがあるけど、可愛いものじゃないかな」
公女カランは美青年たちの絡みを眺めつつ、満足げに呟いた。
「うふふっ……過去あり訳ありのきれいなお兄さんなんて! 保護しなくてどうしますか! 今からわくわくが止まりませんわぁ!」
「どうかその性癖をお隠しになってください。ウェンロウ国の恥です」
「お黙りなさいツァンリン」
「さっきだってもっと早く入室されたらいいじゃないですか! シッ静かに、じゃないんですよ。激重運命にあらがう二人エモォ……じゃないんですよ!」
のほほんとアシュレイがとりなす。
「まあまあ、ツァンリンさん。悪気は無いんだから」
「だからたちが悪いんです! アシュレイ殿も本当に、耳に穴とか開けられそうになったら逃げてください! うちの公女様はちょっと自由が過ぎるんです!」
「耳に穴!? どこの文化なの!? ちょっとツァンリン、それについてもっと詳しくお聞かせになって!」
「何を嬉しそうに反応しているんですか! くそ、やぶ蛇だった……! 申し訳ありませんアシュレイ殿……」
「こうしてはおれませんわ! ああ、結婚式の日取りが決まったら教えてくださいませね! なにがいいかしら、ベビー服かしら」
「カラン様ッ! 結婚式で子どもは産まれません! 順序ってものがあります!」
「ツァンリンは先史時代からタイムスリップしてきたかのようねぇ、今時古くさい。いいじゃないの、子どもは世の宝。では、皆様ご機嫌よう」
ドタバタと退出していくカラン一行の後ろ姿を、フリードリヒたちは、呆然と見送った。
そこに入れ替わるかのように、アルバートが戻ってきた。
フリードリヒが驚いて声をあげた。
「アルバート! お前、体は!? 毒入りのケーキをまるごと食べていただろう!?」
「いやあ、丸呑みしたら喉に引っかかっていたようで! お騒がせしました! あれ? フリードリヒ様、カイル様とずいぶん仲がよろしいんですね! あとさっきの美男美女、すんごい風格でしたね。劇団員とかですかね?」
カイル――いや、王太子フリードリヒは、黙ってリアナを引き寄せた。
「結婚してくれるな」
「もちろん」
アルバートが叫ぶ。
「えっ? えっ!? えええええええええ!? えっ!? フリードリヒ様とカイル様が!? いつのまに!? えええ、どういうこと!?」
約一名を除いて、晩餐会会場には盛大な拍手と歓声があがったのだった。
END




